55 / 63

ゼロα④

雪弥が目を開けると天陽の腕に抱えられていた。 「あ……、あ………」 天陽と目があった雪弥の顔が強張る。 天陽は笑みを浮かべて、満足げにその腕に抱えた雪弥を見下ろしている。 唇が降りてくるのを思わず避けた。 天陽は、それすらも愉しいといった様子で唇の端を吊り上げる。そして今度は頭を抑え込んで確実に唇を捉えてくる。 秀人の考察が浮かぶ。 ―――Ω化の解除の鍵もゼロαにあるはずだ。 天陽がやったことなら天陽にしか元に戻せない。 雪弥は天陽の胸をどんと押し返した。声を絞り出す。 「てんよう、お、れを戻せ」 何を言ってるんだ、と、天陽は首を傾げた。 「俺を戻せ、αに戻せ」 天陽は喉の奥で笑い、やがて、声を立てて笑いはじめた。 「戻せ、戻せよ」 笑い続ける天陽の胸をもう一度ドンと叩く。虫に刺されたほども衝撃を受けていない天陽を本気で殴り始める。 「戻せ、お前っ、どうして! 戻せ、戻せよっ」 天陽は困ったような顔で、殴りつけてくる雪弥の両腕を抱き込んで動きを封じた。 次第に怒りが込み上げてきて、雪弥は大声を出し始める。 「お、まえ、戻せ、殺す、ぶっ殺してやる! 戻せ、今すぐ戻せ!」 「雪弥ァ、俺がどんだけ心血を注いだと思ってんの、戻すはずないでしょ?」 (あ、あ、やはり、お前なのか?) その言葉がまだ天陽を信じたい雪弥に真実を突き付けてくる。 (やはり、やはり天陽が俺をΩに) 「お、まえ、このクソ野郎ッ」 喚く雪弥の声が大きくなりすぎる前に、天陽が唇を塞いでくる。 しばらくの間、雪弥は天陽の腕の中で暴れてもがいていた。 (クソ! クソクソクソ! ぶっ殺してやる、天陽、お前ぶっ殺してやる!) もがく体を天陽に抑えつけられる。 (天陽、ぶっ殺す、ぶっ殺してやる!) しばらく暴れ続けるうちに、怒りを哀しみが覆い始めた。 (どうして、どうしてなんだ天陽。どうして俺を) ずっとそばで守ってくれた、その天陽がこんなにひどい裏切りをしていたなんて。 (どうして、どうしてなんだ、どうしてこんなひどいことを俺に………) 天陽は、だんだん静まってきた雪弥の拘束を緩めて、そのままベッドに押し倒す。 天陽は雪弥の服を脱がしにかかった。 「やっ、やめろっ」 雪弥が抵抗を見せると、天陽は困った顔で見下ろした。 「いい? 雪弥にはもう俺を拒否することなんかできないんだよ?」 今朝も聞いた台詞。同じ台詞が違って聞こえた。 甘かった囁きが、いまや雪弥を絡み取ってきた鎖のしなる音に聞こえる。 天陽は雪弥のアンダーをはぎ取った。 (今からしようというのか? 俺を何だと思ってるんだ?) 「いやだ、やめろ」 雪弥の体に天陽の指が入ってくる。雪弥は必死に抵抗する。 「いや、あ、てん、やめっ」 天陽は的確に雪弥のその場所をなぶってくる。 天陽に快楽を覚え込まされた体だ。それを扱うのは、天陽にとってたやすいこと。 雪弥はいとも簡単に天陽の思い通りになる。 「あっ、あっ、いやっ、いやだっ」 抵抗らしい抵抗も出来ずに雪弥は天陽になぶられる。 「てん、よう、あ、いや、あっ、あっ、やめろ、てんよっ」 体の中心をまさぐられて、抵抗する声が甘いものへと変わる。 「やめ……っ、あっ、いやっ」 雪弥は快楽の波の高みへと投げ出されていく。 「あっ……、やあっ……、ああっ、てん……っ」 ついに雪弥は抵抗を完全に失った。そして、天陽にすがりつきはじめる。 「てんよう、ああ……っ」 雪弥は天陽の揺さぶりに身を任せるしかなくなる。身を任せて背中をしならせる。そして、天陽を求めるように手を伸ばす。 (好きだ天陽………、俺の天陽………) その期に及んでもなお、雪弥の思考はそれで埋め尽くされていた――――。 「あっ……、てん、よう、天陽…、ほしい……」 熱に浮かされたように囁きかける雪弥を、天陽はこの上なく満足げに見下ろした。 「雪弥、俺が欲しいか」 雪弥はうなづく。 「天陽が……、ほしい」 天陽は目を細めて笑うと、雪弥の奥で自分の熱を突きあげた。 そこにノックが鳴った。 天陽を熱っぽく見つめる雪弥が、夢から醒めたようにハッと顔をこわばらせた。 「いや……、てんよう、やめて……いやっ、あっ」 雪弥が天陽から再び逃れ始める。天陽は気にとめることなく雪弥を突き上げる。突き上げに応じて雪弥はビクビクと背を逸らせる。 「あっ……、あっ……、てん、やめ……っ、ああっ……」 しかし、もうαのものはΩからは抜けない形になっている。 もう一度ノックが鳴る。ドアの向こうから「俺です」と声がする。 秀人だった。雪弥は、ドアに向けて手を伸ばした。 「ひでと? たす……けて……、ひで……」 それを聞いた天陽は、ピタリと動くのを止めた。 「へえ」 その目がすっと細まった。 「雪弥、秀人に助けを求めるんだァ?」 その冷たい声に、雪弥は身震いする。 天陽は顔付きも口調もガラリと変わっている。 いつもの明朗な天陽はいない。支配者の顔をした天陽しかいない。 天陽は雪弥の膝裏に腕を入れて雪弥を抱いて立ち上がる。 雪弥は落ちそうになって慌てて天陽の肩に抱き着いた。天陽はそのまま部屋を横切りドアを開けた。

ともだちにシェアしよう!