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ゼロα④
雪弥が目を開けると天陽の腕に抱えられていた。
「あ……、あ………」
天陽と目があった雪弥の顔が強張る。
天陽は笑みを浮かべて、満足げにその腕に抱えた雪弥を見下ろしている。
唇が降りてくるのを思わず避けた。
天陽は、それすらも愉しいといった様子で唇の端を吊り上げる。そして今度は頭を抑え込んで確実に唇を捉えてくる。
秀人の考察が浮かぶ。
―――Ω化の解除の鍵もゼロαにあるはずだ。
天陽がやったことなら天陽にしか元に戻せない。
雪弥は天陽の胸をどんと押し返した。声を絞り出す。
「てんよう、お、れを戻せ」
何を言ってるんだ、と、天陽は首を傾げた。
「俺を戻せ、αに戻せ」
天陽は喉の奥で笑い、やがて、声を立てて笑いはじめた。
「戻せ、戻せよ」
笑い続ける天陽の胸をもう一度ドンと叩く。虫に刺されたほども衝撃を受けていない天陽を本気で殴り始める。
「戻せ、お前っ、どうして! 戻せ、戻せよっ」
天陽は困ったような顔で、殴りつけてくる雪弥の両腕を抱き込んで動きを封じた。
次第に怒りが込み上げてきて、雪弥は大声を出し始める。
「お、まえ、戻せ、殺す、ぶっ殺してやる! 戻せ、今すぐ戻せ!」
「雪弥ァ、俺がどんだけ心血を注いだと思ってんの、戻すはずないでしょ?」
(あ、あ、やはり、お前なのか?)
その言葉がまだ天陽を信じたい雪弥に真実を突き付けてくる。
(やはり、やはり天陽が俺をΩに)
「お、まえ、このクソ野郎ッ」
喚く雪弥の声が大きくなりすぎる前に、天陽が唇を塞いでくる。
しばらくの間、雪弥は天陽の腕の中で暴れてもがいていた。
(クソ! クソクソクソ! ぶっ殺してやる、天陽、お前ぶっ殺してやる!)
もがく体を天陽に抑えつけられる。
(天陽、ぶっ殺す、ぶっ殺してやる!)
しばらく暴れ続けるうちに、怒りを哀しみが覆い始めた。
(どうして、どうしてなんだ天陽。どうして俺を)
ずっとそばで守ってくれた、その天陽がこんなにひどい裏切りをしていたなんて。
(どうして、どうしてなんだ、どうしてこんなひどいことを俺に………)
天陽は、だんだん静まってきた雪弥の拘束を緩めて、そのままベッドに押し倒す。
天陽は雪弥の服を脱がしにかかった。
「やっ、やめろっ」
雪弥が抵抗を見せると、天陽は困った顔で見下ろした。
「いい? 雪弥にはもう俺を拒否することなんかできないんだよ?」
今朝も聞いた台詞。同じ台詞が違って聞こえた。
甘かった囁きが、いまや雪弥を絡み取ってきた鎖のしなる音に聞こえる。
天陽は雪弥のアンダーをはぎ取った。
(今からしようというのか? 俺を何だと思ってるんだ?)
「いやだ、やめろ」
雪弥の体に天陽の指が入ってくる。雪弥は必死に抵抗する。
「いや、あ、てん、やめっ」
天陽は的確に雪弥のその場所をなぶってくる。
天陽に快楽を覚え込まされた体だ。それを扱うのは、天陽にとってたやすいこと。
雪弥はいとも簡単に天陽の思い通りになる。
「あっ、あっ、いやっ、いやだっ」
抵抗らしい抵抗も出来ずに雪弥は天陽になぶられる。
「てん、よう、あ、いや、あっ、あっ、やめろ、てんよっ」
体の中心をまさぐられて、抵抗する声が甘いものへと変わる。
「やめ……っ、あっ、いやっ」
雪弥は快楽の波の高みへと投げ出されていく。
「あっ……、やあっ……、ああっ、てん……っ」
ついに雪弥は抵抗を完全に失った。そして、天陽にすがりつきはじめる。
「てんよう、ああ……っ」
雪弥は天陽の揺さぶりに身を任せるしかなくなる。身を任せて背中をしならせる。そして、天陽を求めるように手を伸ばす。
(好きだ天陽………、俺の天陽………)
その期に及んでもなお、雪弥の思考はそれで埋め尽くされていた――――。
「あっ……、てん、よう、天陽…、ほしい……」
熱に浮かされたように囁きかける雪弥を、天陽はこの上なく満足げに見下ろした。
「雪弥、俺が欲しいか」
雪弥はうなづく。
「天陽が……、ほしい」
天陽は目を細めて笑うと、雪弥の奥で自分の熱を突きあげた。
そこにノックが鳴った。
天陽を熱っぽく見つめる雪弥が、夢から醒めたようにハッと顔をこわばらせた。
「いや……、てんよう、やめて……いやっ、あっ」
雪弥が天陽から再び逃れ始める。天陽は気にとめることなく雪弥を突き上げる。突き上げに応じて雪弥はビクビクと背を逸らせる。
「あっ……、あっ……、てん、やめ……っ、ああっ……」
しかし、もうαのものはΩからは抜けない形になっている。
もう一度ノックが鳴る。ドアの向こうから「俺です」と声がする。
秀人だった。雪弥は、ドアに向けて手を伸ばした。
「ひでと? たす……けて……、ひで……」
それを聞いた天陽は、ピタリと動くのを止めた。
「へえ」
その目がすっと細まった。
「雪弥、秀人に助けを求めるんだァ?」
その冷たい声に、雪弥は身震いする。
天陽は顔付きも口調もガラリと変わっている。
いつもの明朗な天陽はいない。支配者の顔をした天陽しかいない。
天陽は雪弥の膝裏に腕を入れて雪弥を抱いて立ち上がる。
雪弥は落ちそうになって慌てて天陽の肩に抱き着いた。天陽はそのまま部屋を横切りドアを開けた。
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