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ゼロα⑤
秀人はドア奥の光景に度肝を抜かれていた。
雪弥は天陽の肩にしがみ付き、天陽に抱えられている。
天陽に衣服の乱れは見えなかったが、雪弥はシャツ一枚だった。雪弥は顔を天陽の肩にうずめ、前身ごろははだけて、大腿を覗かせている。
秀人は何が起きているのか一目ではわからなかった。ただ異様なことが起きていることだけはわかった。
口元にゆったりと笑みを浮かべて秀人を見下ろす天陽が、クッと腰を突き立てて、雪弥が頭をのけぞらせたことで、二人の状態を理解した。一歩後ずさる。
挑戦的に笑んだ天陽は、ここぞとばかりに雄としての色気を身にまとっていた。
秀人が狼狽してドアを閉めようとしたのを「待て」と天陽が止めた。
「秀人、入れ。中で待ってろ」
雪弥が声を上げた。
「い、いやっ、てんよう、たのむっ、やめろ」
懇願する雪弥を無視して、天陽は言い放つ。
「終わるまで中で待ってろ」
天陽は雪弥から片腕を外して、秀人を引き入れてドアを閉める。雪弥はバランスが崩れそうになって天陽の腰に足を絡ませてしがみつく。
天陽はもう一度雪弥を抱え直すと、嫌がる雪弥をベッドに連れて行く。
「いやっ、やめろ、てんよっ」
再びベッドに沈まされた雪弥を天陽が抑え込んで突き上げる。
そのうち雪弥の声に甘さがにじむ。
「あっ、いやっ……やめて、あっ……、あっ、て、てん……」
αとΩはもうそういう状態になったら終わるまでは抜けないようにできている。
秀人もそのことは知っている。
天陽が、視界の端で出て行こうとする秀人に声をかけた。
「待ってろ、つっただろ!」
秀人は立ち止まり、室内にとどまった。このまま雪弥が天陽に何をされるかわからない。そんな心配もあった。
凌辱される雪弥を見ることもできず、秀人は背を向けた。
ベッドは軋み続けていた。
終わるなり雪弥は横になったまま天陽に背を向けた。
背を向けた雪弥を天陽は背後から抱くと、いつものように雪弥の腹に散らばった液体を拭いて、そしていつものように頭を撫でた。いつもの優しい手つきだ。
雪弥の息が整うのを見ると、アンダーを穿かせようとしてきた。その天陽の手を雪弥が蹴って、アンダーを天陽から奪い取る。背中を向けたままだ。
天陽はジッパーを上げると、それだけで何事もなかったような外見になった。
天陽は秀人に声をかけた。
「秀人、何の用だ?」
それを合図に秀人は振り返った。天陽に向けてひどく呆れ返った顔をしている。
その顔つきを天陽は愉快げに見つめた。
「どうだ、お前らの崇めてきた藤堂先輩が、俺に汚されるのを見た気分は」
背を向けたままの雪弥はそれを聞くと背中を縮めて目をぎゅっとつぶった。
天陽はそんな気持ちで自分を抱いていたのか。
(天陽は俺のことをそこまで……)
身も心も石のように重く固まっていく。神経が擦り切れてもう涙も出ない。
信じていた、何よりも天陽を信じていた。
雪弥の心はもうばらばらに砕けそうだった。かろうじて砕けないのは、まだ天陽を信じる雪弥がいるからだ。
だが、天陽が喋るたびに、信じる心を打ち壊されていく。
秀人が言った。
「藤堂先輩はあなたに汚すことはできません」
「へえ、随分こいつに御執心なんだな」
「執心しているのはあなたでしょう。どうしてこんなことを?」
「何のことだ」
「あなたが藤堂先輩に起きていることをやったんでしょう。すべて」
秀人の声は静かだったが憤りが込められていた。
天陽は秀人の前でクイと顎をあげた。
「何のことだ」
「とぼけないでください。藤堂先輩のΩ化ですよ。あなたがやったとしか考えられません。そうでしょう!」
「またその話か。お前ら、めんどくせえな」
背を向けたままの雪弥から、ぞわっと怒気が上がった。
(めんどくさいだとっ)
「面倒なのはあなたです。何年もアタックをかけ続けるなんて異常でしょう。違いますか」
「うるせえな。でも、それもこれもみんな雪弥のせいだ」
天陽は太々しく言い放った。
(俺が何をした?!)
雪弥がバッと振り向いた。
天陽は雪弥を見もせずに、うそぶいた。
「……雪弥のせいだ」
天陽はその目を、ゆっくりと伏せていった。
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