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第9話 もう二度とかき揚げうどんは作らない

……重い。 なんかもう、腰とかじゃなく、生命活動そのものに支障が出るレベルで重い。 「っ……ぐえっ、死ぬッッ!!」 息が詰まって、反射的に目が覚めた。 視界が暗い。というか、何かに包まれてる。でかい毛布か? いや、違う、これは……肉の壁? 恐る恐る顔を上げると―― 「……誰これ!?!?」 俺の上に乗っていたのは、明らかにクーじゃない。 いや、正確には“昨日までのクー”じゃない。 あのふわふわもちもちクマショタが……なんかこう、ガチムチ界の新星みたいな風貌に進化していた。 ふさふさの長い黒髪。褐色の肌。 バッキバキの肩に、ぶ厚い胸板。 そして、パツパツに張り裂けそうな白シャツ――見覚えがある。 それ、クーが着てたやつだよな!? 「……クー、なのか……?」 震える手でそいつの頭をそっと撫でた。 ……あった。クマ耳。 「んー、くすぐったい……」 低い。 声がやたらと低い。 ていうかそのバリトンボイスで甘えないでくれ、脳が処理を拒否してる……! 「……ん? ユーマ? おはよ……♡」 なんだその♡は!! ていうか喋り方までやたら滑らかになってる!? なにその色気ダダ漏れフェロモン!?!? 「って、おい!!!」 思わず叫んでた。 「その体と声で甘えるな!! 誰だお前は!? クーを返せぇ!!」 「あれ? ……なんかユーマ、ちっちゃくなってない?」 「お前がデカくなってんだよ!!」 お願いだ。 この悪夢みたいな朝に、ツッコミ役を俺以外にもくれ。 俺のSAN値がゴリゴリ削れてく……!! 「そうなんだ……? どうしてだろう?」 「俺が一番聞きてぇわ!!!」 笑顔は、確かにいつものクー。 でもその声は完全に新宿二丁目のバーテンダー。 腹筋は完全に板チョコ、胸板なんてダブルロックの金庫みたいに分厚い。 「ユーマ……かわいい♡ ギュ~ってしていい?」 「ま、待て、ま――ッ、肋骨がッ、ミシミシ言ってる!! ……死ぬッッ!!」 そのとき―― 右端のベッドが、ギシリと重々しい音を立てた。 「朝から騒々しいですね……」 低く、けれどクーよりやや落ち着いた響き。 右から聞こえてきたのは、アヴィの――いや、アヴィだった者の、バリトンボイスだった。 俺の首が、ゆっくりとギギギ……と音を立てる勢いで右を向く。 「ア、アヴィ……?」 そこにいたのは―― 身長が二回りは増しているアヴィだった。 布団からゆっくりと上体を起こし、その身体を包むはずの白シャツは完全に悲鳴を上げていた。 ボタンはもはや全滅、布地は限界を超えて引き攣れている。 しかも、そんな姿にも関わらず、アヴィは妙に落ち着いた手つきで、前髪をすっとかき上げた。 ――色気がすごい。なんだこの色気は。いつの間にそんな技身につけた!? 「……ご主人様、これは一体どういうことでしょうか?」 冷静な口調が返って怖い。 ていうかお前、その腹筋なに!? 彫刻? 削り出し? CG? 「いや、こっちが聞きたいよ!!! なんでそっちまでバキバキになってんの!?!?!」 部屋の中、どこを見ても筋肉、筋肉、筋肉。 俺はいつの間に、ギリシャ彫刻の展示室に転移してきたんだ? 「ふふ、ご主人様……なんだか小さくて可愛いですね?」 「いやだから俺が縮んだんじゃなくて!! 君たちが規格外にデカくなってるんだってば!!」 慌てて反論する俺の左耳に、聞き覚えのある抑揚が届く。 「んー……ユーマ、騒がしいぞ……」 その声の主――ガウル。 ……いや、かつてガウルだった存在が、むくりと上体を起こした。 片腕で俺を軽々と持ち上げそうな極太の上腕。 開いた胸元には、テッカテカの胸筋が鎮座している。 なのに金色の瞳はいつもどおり涼しげで、なぜか色っぽい。 「ま、まさか……お前まで……?」 「なんか体が軽いんだ。すっごく動けそう」 「動けそうじゃない!! なんでお前ら揃ってマッスル進化してんの!?」 俺はもはや逃げるように壁際へと避難し、天を仰いだ。 「誰かッ!! この筋肉地獄に、ツッコミ役を―― いや、俺以外の常識人をくれぇぇぇ!!!」 ……どう見ても、全員俺より背が高い。 っていうか、明らかに190cmは超えてる。 クーなんて、もうほぼ2メートル。壁か。お前は壁か。 見上げる角度で首が痛い。 なにこれ成長期? 一夜でくるタイプのやつ?? ……俺の可愛いショタたち、どこ行った。 ベッドの下か? 収納棚の奥か? それともダンジョンの壁の隙間にでも迷い込んだか……? 頼む、戻ってきてくれ。 もう二度と……腰が痛いだの、腕が痺れるだの、文句なんて言わないから……!! だからお願いだ、元の可愛いショタたちに戻ってくれぇぇぇ……!! ……ハッ! まさか――。 昨日の夜、俺が作った“あれ”。 かき揚げうどん……! もしかして、あれに獣人進化のトリガーでも仕込まれてたのか!?!? ヤバい、俺のうどんが…… とんでもないモンスター製造レシピだった可能性がある……!! 俺はとりあえず、全員を床に正座させた。 だけど……正座させても、デカい。 「いいか、まずは順番に説明しろ。昨夜から今朝にかけて、何があったのか――って、聞く姿勢だけで圧がすごいんだけど!?」 眼前に並ぶ三人のマッチョが、背筋を伸ばしてこちらを見つめてくる。 その視線に耐えられず、俺はひとり、佇んだまま、じりじりと後退していた。 「……いや、気がついたらこうなってた」 ガウルが困ったように首を傾げる。その首も、もう太い。 「僕もです。ずっと実験施設にいましたから……親も、こんな姿になった仲間も、見たことがなくて」 アヴィは冷静に答えるが、その声がもう冷静じゃない。 低音バリトンが、耳に残って仕方ない。 「じゃあ、クーは? お前の父親……オロも、ああなる前はそんなガチムチ獣人だったのか?」 「うん、そうだよ。オレの父さん、すごく大きかった」 ……遺伝か? 遺伝って怖いな!? 気づけばクーは、床に体育座りをしていた。 ――というか、正座しようとしたけど、太ももが太すぎて曲がらなかったらしい。 膝を抱えて、そこに顎をちょこんと乗せて。 見上げてくるその目がキラキラしてて―― 体格は完全に猛獣なのに、なんか子どもっぽくてズルい。 そして、クーがニコニコと頷くたびに、バッキバキの胸板がぷるぷる揺れる。 やめろ、こっちはどこ見ていいか分からなくなるんだよ……!! 「進化とか突然すぎるんだが!? せめて事前通知とか、変身予告とかしてくれよ! ずっと合法ショタ枠だと信じてた俺の純情返せ!!」 そのとき、不意に声のトーンが落ちた。 「……小さいままのほうが、良かったか?」 ガウルが、しょんぼりした声で、上目遣いに俺を見てきた。 ――いや、それ反則だろ!! デカくなっても、その目線はずるい。 バッキバキの腕と胸板でしょげられても、俺の情緒がぐちゃぐちゃになるんだわ!! 「いや、そうじゃなくて……ちが……そういう話じゃなくて……!!」 「……俺は、嬉しい」 低く落ち着いた声で、ガウルが言う。 「これでもっと……あんたを守りやすくなるから」 その言葉には、一切の迷いも、躊躇もなかった。 ただまっすぐに、俺を見つめて―― ほんの、ほんの少しだけ、胸がきゅっとなった。 ……は? ウソだろ? 俺、なんで今、トキめいてんの……? 違う、何かの間違いだ。 俺が好きなのは、あのふわふわの耳と無垢な笑顔で甘えてくる、可愛いショタのはずだろ? こんなバルク全開のイケメンなんて、完全に守備範囲外なはず。 ……なのに、なにこの乙女ゲームの攻略対象感。 声も低くて落ち着いてて、包容力?何それ。知らん。 「……ちょ、ちょっと待て、俺……落ち着け……これはトキめきじゃない、ただの筋肉ショック……!」 鼓動が妙にうるさい。 おい心臓、お前まで裏切るなッ!!! 「ご主人様」 アヴィが正座のまま、そっと俺の手を取った。 その手は大きくて骨ばってるのに、なぜか懐かしい温かさがあった。 ……そうだ、星影草を一緒に探したときも、こんなふうに手を取られた気がする。 ……間違いない。これ、アヴィの手だ。 「僕は……ご主人様と出会ってからずっと、自分の体と心にズレを感じて生きてきました。 でも今、この体になって……ようやく、ご主人様の隣に立てる気がするんです」 その声は落ち着いていて、低くて、でもどこか震えていた。 俺をまっすぐに見て言うその目に、迷いはなかった。 「だから……これからは、“保護対象”じゃなく――“あなたの隣にいる男”として、見てくれませんか」 ――ズルいだろそれは!!!! なんでお前まで恋愛ルートに本気で入ってきてんの!? その低音ボイスでキメ顔して、胸板までアピールしてきて、心臓が持たねえよ!!! 俺の“合法獣人ショタたち”どこ行った!?!? 返してくれよ!! 俺の平穏な日常をッ!! 後ずさろうとしたその瞬間、ナナメ向かいから――ぬっ、と褐色の手が伸びてきた。 気づけば俺の腕をガシッと掴み、そのまま強引に引き寄せられて―― 「ユーマ……♡」 「うわっ……!」 気づいたら、俺は分厚い胸板に顔を埋めていた。 ……ぬくい。柔らかくないのが余計ヤバい。 ていうかこの厚み、普通に壁だぞ!? 「オトナになったら、もっといっぱいギューしていいって、言ってたよね?」 「いや言ってない! それは言ってないから!!」 「じゃあ、今から言って?」 「契約更新みたいなテンションで迫るなーーー!!」 笑顔だけは、いつものクーだ。 あの無垢な目、あの悪意ゼロの純真さで、物理的愛情表現をぶちかましてくる系男子!! でもな!? その顔で、甘ったるい低音バリトンで囁かれたら、脳が処理追いつかねぇんだわッ!!! 腹筋は岩、胸板は壁、太ももは大砲――そして全身から滲み出るフェロモンの暴力!! 「ってか、お前ら全員――服も装備もサイズ合ってねぇだろ!? 全部買い替えじゃねぇか!!」 俺は頭を抱えた。パンッと弾けたビリビリのシャツ、つんつるてんなズボン、軋むベルト。どこから見てもアウト。半分ケツが出てる!! ……いや、そこからモフッと覗く尻尾だけは――ちょっとカワイイ。 ――って違うわッッ!!! 「どんだけ出費がかさむんだよッ!!」 思わず叫ぶ。財布が泣いてる。ていうか俺も泣いてる。 しかも全員が筋肉特化の超進化型。 服代だけで異世界経済が破綻するレベルなんですけど!?!? 「……なんだこれ、成長期の男子を三人抱えるお母さんの気持ち、めっちゃ分かるわ……!!」 俺が絶望のため息を吐いたそのとき、 クーが耳元にそっと顔を寄せ、囁くように甘く言った。 「ユーマ、また……かき揚げうどん、作って♡」 「もう二度と作らんわーーーーーッ!!」 ……これは、夢だ。きっと夢に違いない。 乙女ゲーと筋肉図鑑がバグって合体したような、悪夢。 頼む……誰か、俺をこの肉弾乙女ゲームから叩き起こしてくれ……ッ!! *** 俺は重い足取りで、筋肉モンスターども――いや、仲間三人を引き連れて、街の市場へ向かっていた。 ……仕方ねぇだろ? 全員、服がはち切れて着るものがないんだ。 裸で歩かせるわけにもいかず、とりあえずマントだけは羽織らせたけど―― なんか妙に様になってるのが、腹立つ。 おかしいだろ!? 前世の俺が「裸にマント」とかやったら秒で通報案件なのに、 こいつらがやると「異国の貴族ですか?」みたいな顔されてる。 なんでだよ!? 顔が良いってだけで、裸マントが正装扱いってどういうこと!? 視線を向けるたび、理不尽すぎて胃がキリキリする。 露店で、こいつらが着られるサイズの服を何着か買っただけで――手持ちの金が、文字通りすっからかんになった。 財布の軽さに戦慄しつつ、俺たちはギルドへ向かう。 ギルド直営の簡易銀行に預けた金を、いくらか引き出さないと、今夜の飯すら危うい。 ギルドの門をくぐった瞬間、中で談笑していた冒険者たちが、一斉にこちらを振り返った。 え、ちょっと待って、注目度えぐくない!? いや、そりゃそうだよな!? こっちは見た目ヒョロガリの俺が、 重戦車みたいなムキムキ獣人を三人も引き連れてんだぞ!? ギルドの中へ足を踏み入れた瞬間―― モーゼの十戒ばりに、冒険者たちがサーッと道を譲った。 左右にスッ……と避けていく光景は、まるで海が割れる奇跡のごとく。 違うのは、中央を歩くのが神でも救世主でもなく、筋肉の波に押し流される、ただの俺だってことだ。 完全に目立ってる。めっちゃ浮いてる。 「こ、こんにちは……」 引きつった笑顔のまま、ギルドの受付のお姉さんに声をかける。 「ゆ、ユーマさん!? それに、うしろの方々は、もしかして……!? ガウルさんに、クーさんとアヴィさんですかっ!?!?」 「はぁ……その、はい。朝起きたらこうなってまして……」 俺は困り果てた声で答えたあと、ふと首を傾げる。 「あの、つかぬことをお聞きしますが……この世界の獣人って、一晩でこう進化するんですか?」 返事がない。 不安になって受付のお姉さんをチラッと見やると―― 彼女は口元に手を当てたまま、完全にガウルたちに視線ロックオン。 しかも、ほんのり頬が染まってる。 ……いやいや、昨日までのお姉さん、近所のガキんちょを見るような目で俺たちを見てただろ!? なんで今、少女漫画のヒロインみたいな目してんの!? 「あっ、ご、ごめんなさいっ……!」 ハッと我に返ったお姉さんが、頬を押さえて慌てて言った。 「その……実は、獣人の生態って、私たちも詳しくは把握してなくて……。 いわゆる“成熟した”個体を見るの、私も初めてで……びっくり、しました……」 お姉さんの声が、なんかうっとりしてるんですが!? 頼むから、ギルドの公務員として理性に戻ってくれ!! 「そ、そうなんですね。あの……10万ギニー、引き出したいんですが……」 「はいっ、かしこまりましたっ。少々お待ちくださいっ!」 隣にいたアヴィがにこっと微笑んだその瞬間―― 「きゃっ♡」 ……という謎の悲鳴を残して、お姉さんはバタバタと奥へ駆けていった。 おい、ちょっと待て。 俺たち、いま普通に銀行業務を頼んだだけなんだが!?!? でも、そこでふと――引っかかっていた言葉が、頭の奥でリフレインする。 『生態がよく分かっていない』。 それって、つまり―― アヴィやクー、それにオロも、以前アヴィから聞いた“実験施設”みたいな場所にいたのは…… 進化や成長のメカニズムを調べるためだったんじゃないか? 進化のタイミングや条件が不明で、しかも進化後は全員、漏れなく腹筋バッキバキ。 パワーも跳ね上がるし、恐らく戦闘能力も人間の比じゃない。 そんな存在がもしいたら、軍がほっとくわけがないだろ。 ……まさか、“幼体”のうちに攫ってきて、管理下で育てて、成長したら戦力として使うつもりだったとか……? 育てて、飼い慣らして、兵器として運用する。 そして――そんな非人道的なことを平気でやってる人間に、獣人たちが良い感情を持っているとは、とても思えない。 ……たとえ、進化のトリガーを知っていたとしても――きっと、絶対に口を割らない。 その口を、閉ざしたまま――死んでも。 ぞわっと背筋が冷えた。 ヤバいヤバいヤバい。 「昨日の晩、俺が作ったかき揚げうどんを食べて、朝起きたらこうなってました」 ――なんて、軽々しく他人に話したらアカンやつだろコレ!? やばいやばいやばい、もう俺、どこかの研究機関に連行される未来しか見えない!! かき揚げうどんのレシピが国家機密になる日が来るとか、そんなの冗談じゃない!! やめろ、俺。落ち着け。 まずは深呼吸だ。 それから後で、ガウルとクーとアヴィにしっかり言っておこう。 「かき揚げうどんを食べたことは、絶対に誰にも言うな」――と……。 俺は冷や汗をかきながら、震える手で10万ギニーを受け取った。 そして―― いつもの三倍増しで手を振ってくる受付のお姉さんを、なるべく見ないようにしながら、防具屋へ向かった。 ……あのお姉さん、さっきからずっとガウルたちを見て目がキラッキラしてたな。 推しが爆誕した顔だった。完全に。 防具屋は下取りもしてくれる店で、サイズが合わなくなった装備一式を買い取ってもらった。 もちろん、値段は二束三文。 オロの右腕を――モンスター素材として納品した報酬で買った、クーの装備。 まさか、それをもう手放すことになるなんてな……。 オロ……すまん。 お前の腕、もうちょっと役に立ててやりたかったよ。 店主のおっちゃんは、なぜか異様にテンションが高かった。 興奮気味に「見てくれこの肩幅!」「この腕に合うのはコレやな!」と、勝手に張り切って色々と見繕ってくれる。 その横で、ガウルが無言で鋭い目を光らせ、細部の材質や価格交渉を一手に引き受けてくれたおかげで―― なんとか、予算内で三人分すべて揃った。 俺はただ、財布を握りしめて祈ってただけです。 神よ、筋肉の神よ……ありがとうございます。 一通り買い物を終えてホッとしたのも束の間―― 「ユーマ、お腹すいた♡」 背後でクーの腹が、ぐぅ〜〜〜と景気よく鳴った。 「……マジかよ。さっきまで装備の出費で瀕死だったのに、今度は飯代!?」 顔を引きつらせる俺の腕を、クーが嬉しそうに引っ張ってくる。 「ねえねえ、ごはん、たべよ♡」 「その目で見つめるな!負けるだろ!?俺の理性が即死するだろ!!」 というわけで、俺たちはいつもの食堂に寄ることになった。   ──そして今、俺は泣いている。 目の前のテーブルにズラリと並ぶ皿、皿、皿。まるで大食い選手権の決勝戦会場。 肉、スープ、パン、炒め物、サラダ、さらに肉。しかもそれを三人分×三倍。 「……あの、みんな。ちょっとだけでいいから、遠慮って概念、知ってる?」 「……うまい」 「美味しいですね」 「おいしー♡」 無視か!!!てかクー、フォーク使うの上手くなってるし!! アヴィは店のおばちゃんに「このソースは何から取りました?」とか真面目に聞いてるし!! ガウルは口いっぱいに頬張りながら、ひたすら無言で食べてるし!! いや、俺も嬉しいけど!! でも!でもな!!! 「……財布が……俺の財布が……悲鳴あげてる……っ!!!」 今日一日で、服と装備と食費だけで―― およそ20万ギニーが吹っ飛んだ。 もう決めた。俺は二度と、外食なんかしねえ!!!!! そして俺は、帰り道―― 寸胴鍋を買った。 デカいやつ。肉も野菜も全部一気にぶち込める、あの業務用サイズのやつだ。 これから毎日、自炊だ。 育ち盛り(※筋肉ドーピング済)の三人を満たすには、家庭用の鍋なんて役に立たない。 これはもう、戦争なんだよ。食との戦争なんだよ……!! ――こうして、筋肉獣人たちの暴食に怯えながら、俺の平和だった日常はどんどん遠ざかっていくのであった。

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