9 / 39
第9話 もう二度とかき揚げうどんは作らない
……重い。
なんかもう、腰とかじゃなく、生命活動そのものに支障が出るレベルで重い。
「っ……ぐえっ、死ぬッッ!!」
息が詰まって、反射的に目が覚めた。
視界が暗い。というか、何かに包まれてる。でかい毛布か? いや、違う、これは……肉の壁?
恐る恐る顔を上げると――
「……誰これ!?!?」
俺の上に乗っていたのは、明らかにクーじゃない。
いや、正確には“昨日までのクー”じゃない。
あのふわふわもちもちクマショタが……なんかこう、ガチムチ界の新星みたいな風貌に進化していた。
ふさふさの長い黒髪。褐色の肌。
バッキバキの肩に、ぶ厚い胸板。
そして、パツパツに張り裂けそうな白シャツ――見覚えがある。
それ、クーが着てたやつだよな!?
「……クー、なのか……?」
震える手でそいつの頭をそっと撫でた。
……あった。クマ耳。
「んー、くすぐったい……」
低い。
声がやたらと低い。
ていうかそのバリトンボイスで甘えないでくれ、脳が処理を拒否してる……!
「……ん? ユーマ? おはよ……♡」
なんだその♡は!!
ていうか喋り方までやたら滑らかになってる!?
なにその色気ダダ漏れフェロモン!?!?
「って、おい!!!」
思わず叫んでた。
「その体と声で甘えるな!! 誰だお前は!? クーを返せぇ!!」
「あれ? ……なんかユーマ、ちっちゃくなってない?」
「お前がデカくなってんだよ!!」
お願いだ。
この悪夢みたいな朝に、ツッコミ役を俺以外にもくれ。
俺のSAN値がゴリゴリ削れてく……!!
「そうなんだ……? どうしてだろう?」
「俺が一番聞きてぇわ!!!」
笑顔は、確かにいつものクー。
でもその声は完全に新宿二丁目のバーテンダー。
腹筋は完全に板チョコ、胸板なんてダブルロックの金庫みたいに分厚い。
「ユーマ……かわいい♡ ギュ~ってしていい?」
「ま、待て、ま――ッ、肋骨がッ、ミシミシ言ってる!!
……死ぬッッ!!」
そのとき――
右端のベッドが、ギシリと重々しい音を立てた。
「朝から騒々しいですね……」
低く、けれどクーよりやや落ち着いた響き。
右から聞こえてきたのは、アヴィの――いや、アヴィだった者の、バリトンボイスだった。
俺の首が、ゆっくりとギギギ……と音を立てる勢いで右を向く。
「ア、アヴィ……?」
そこにいたのは――
身長が二回りは増しているアヴィだった。
布団からゆっくりと上体を起こし、その身体を包むはずの白シャツは完全に悲鳴を上げていた。
ボタンはもはや全滅、布地は限界を超えて引き攣れている。
しかも、そんな姿にも関わらず、アヴィは妙に落ち着いた手つきで、前髪をすっとかき上げた。
――色気がすごい。なんだこの色気は。いつの間にそんな技身につけた!?
「……ご主人様、これは一体どういうことでしょうか?」
冷静な口調が返って怖い。
ていうかお前、その腹筋なに!? 彫刻? 削り出し? CG?
「いや、こっちが聞きたいよ!!!
なんでそっちまでバキバキになってんの!?!?!」
部屋の中、どこを見ても筋肉、筋肉、筋肉。
俺はいつの間に、ギリシャ彫刻の展示室に転移してきたんだ?
「ふふ、ご主人様……なんだか小さくて可愛いですね?」
「いやだから俺が縮んだんじゃなくて!!
君たちが規格外にデカくなってるんだってば!!」
慌てて反論する俺の左耳に、聞き覚えのある抑揚が届く。
「んー……ユーマ、騒がしいぞ……」
その声の主――ガウル。
……いや、かつてガウルだった存在が、むくりと上体を起こした。
片腕で俺を軽々と持ち上げそうな極太の上腕。
開いた胸元には、テッカテカの胸筋が鎮座している。
なのに金色の瞳はいつもどおり涼しげで、なぜか色っぽい。
「ま、まさか……お前まで……?」
「なんか体が軽いんだ。すっごく動けそう」
「動けそうじゃない!!
なんでお前ら揃ってマッスル進化してんの!?」
俺はもはや逃げるように壁際へと避難し、天を仰いだ。
「誰かッ!!
この筋肉地獄に、ツッコミ役を――
いや、俺以外の常識人をくれぇぇぇ!!!」
……どう見ても、全員俺より背が高い。
っていうか、明らかに190cmは超えてる。
クーなんて、もうほぼ2メートル。壁か。お前は壁か。
見上げる角度で首が痛い。
なにこれ成長期? 一夜でくるタイプのやつ??
……俺の可愛いショタたち、どこ行った。
ベッドの下か?
収納棚の奥か?
それともダンジョンの壁の隙間にでも迷い込んだか……?
頼む、戻ってきてくれ。
もう二度と……腰が痛いだの、腕が痺れるだの、文句なんて言わないから……!!
だからお願いだ、元の可愛いショタたちに戻ってくれぇぇぇ……!!
……ハッ! まさか――。
昨日の夜、俺が作った“あれ”。
かき揚げうどん……!
もしかして、あれに獣人進化のトリガーでも仕込まれてたのか!?!?
ヤバい、俺のうどんが……
とんでもないモンスター製造レシピだった可能性がある……!!
俺はとりあえず、全員を床に正座させた。
だけど……正座させても、デカい。
「いいか、まずは順番に説明しろ。昨夜から今朝にかけて、何があったのか――って、聞く姿勢だけで圧がすごいんだけど!?」
眼前に並ぶ三人のマッチョが、背筋を伸ばしてこちらを見つめてくる。
その視線に耐えられず、俺はひとり、佇んだまま、じりじりと後退していた。
「……いや、気がついたらこうなってた」
ガウルが困ったように首を傾げる。その首も、もう太い。
「僕もです。ずっと実験施設にいましたから……親も、こんな姿になった仲間も、見たことがなくて」
アヴィは冷静に答えるが、その声がもう冷静じゃない。
低音バリトンが、耳に残って仕方ない。
「じゃあ、クーは? お前の父親……オロも、ああなる前はそんなガチムチ獣人だったのか?」
「うん、そうだよ。オレの父さん、すごく大きかった」
……遺伝か? 遺伝って怖いな!?
気づけばクーは、床に体育座りをしていた。
――というか、正座しようとしたけど、太ももが太すぎて曲がらなかったらしい。
膝を抱えて、そこに顎をちょこんと乗せて。
見上げてくるその目がキラキラしてて――
体格は完全に猛獣なのに、なんか子どもっぽくてズルい。
そして、クーがニコニコと頷くたびに、バッキバキの胸板がぷるぷる揺れる。
やめろ、こっちはどこ見ていいか分からなくなるんだよ……!!
「進化とか突然すぎるんだが!? せめて事前通知とか、変身予告とかしてくれよ!
ずっと合法ショタ枠だと信じてた俺の純情返せ!!」
そのとき、不意に声のトーンが落ちた。
「……小さいままのほうが、良かったか?」
ガウルが、しょんぼりした声で、上目遣いに俺を見てきた。
――いや、それ反則だろ!!
デカくなっても、その目線はずるい。
バッキバキの腕と胸板でしょげられても、俺の情緒がぐちゃぐちゃになるんだわ!!
「いや、そうじゃなくて……ちが……そういう話じゃなくて……!!」
「……俺は、嬉しい」
低く落ち着いた声で、ガウルが言う。
「これでもっと……あんたを守りやすくなるから」
その言葉には、一切の迷いも、躊躇もなかった。
ただまっすぐに、俺を見つめて――
ほんの、ほんの少しだけ、胸がきゅっとなった。
……は?
ウソだろ?
俺、なんで今、トキめいてんの……?
違う、何かの間違いだ。
俺が好きなのは、あのふわふわの耳と無垢な笑顔で甘えてくる、可愛いショタのはずだろ?
こんなバルク全開のイケメンなんて、完全に守備範囲外なはず。
……なのに、なにこの乙女ゲームの攻略対象感。
声も低くて落ち着いてて、包容力?何それ。知らん。
「……ちょ、ちょっと待て、俺……落ち着け……これはトキめきじゃない、ただの筋肉ショック……!」
鼓動が妙にうるさい。
おい心臓、お前まで裏切るなッ!!!
「ご主人様」
アヴィが正座のまま、そっと俺の手を取った。
その手は大きくて骨ばってるのに、なぜか懐かしい温かさがあった。
……そうだ、星影草を一緒に探したときも、こんなふうに手を取られた気がする。
……間違いない。これ、アヴィの手だ。
「僕は……ご主人様と出会ってからずっと、自分の体と心にズレを感じて生きてきました。
でも今、この体になって……ようやく、ご主人様の隣に立てる気がするんです」
その声は落ち着いていて、低くて、でもどこか震えていた。
俺をまっすぐに見て言うその目に、迷いはなかった。
「だから……これからは、“保護対象”じゃなく――“あなたの隣にいる男”として、見てくれませんか」
――ズルいだろそれは!!!!
なんでお前まで恋愛ルートに本気で入ってきてんの!?
その低音ボイスでキメ顔して、胸板までアピールしてきて、心臓が持たねえよ!!!
俺の“合法獣人ショタたち”どこ行った!?!?
返してくれよ!! 俺の平穏な日常をッ!!
後ずさろうとしたその瞬間、ナナメ向かいから――ぬっ、と褐色の手が伸びてきた。
気づけば俺の腕をガシッと掴み、そのまま強引に引き寄せられて――
「ユーマ……♡」
「うわっ……!」
気づいたら、俺は分厚い胸板に顔を埋めていた。
……ぬくい。柔らかくないのが余計ヤバい。
ていうかこの厚み、普通に壁だぞ!?
「オトナになったら、もっといっぱいギューしていいって、言ってたよね?」
「いや言ってない! それは言ってないから!!」
「じゃあ、今から言って?」
「契約更新みたいなテンションで迫るなーーー!!」
笑顔だけは、いつものクーだ。
あの無垢な目、あの悪意ゼロの純真さで、物理的愛情表現をぶちかましてくる系男子!!
でもな!?
その顔で、甘ったるい低音バリトンで囁かれたら、脳が処理追いつかねぇんだわッ!!!
腹筋は岩、胸板は壁、太ももは大砲――そして全身から滲み出るフェロモンの暴力!!
「ってか、お前ら全員――服も装備もサイズ合ってねぇだろ!?
全部買い替えじゃねぇか!!」
俺は頭を抱えた。パンッと弾けたビリビリのシャツ、つんつるてんなズボン、軋むベルト。どこから見てもアウト。半分ケツが出てる!!
……いや、そこからモフッと覗く尻尾だけは――ちょっとカワイイ。
――って違うわッッ!!!
「どんだけ出費がかさむんだよッ!!」
思わず叫ぶ。財布が泣いてる。ていうか俺も泣いてる。
しかも全員が筋肉特化の超進化型。
服代だけで異世界経済が破綻するレベルなんですけど!?!?
「……なんだこれ、成長期の男子を三人抱えるお母さんの気持ち、めっちゃ分かるわ……!!」
俺が絶望のため息を吐いたそのとき、
クーが耳元にそっと顔を寄せ、囁くように甘く言った。
「ユーマ、また……かき揚げうどん、作って♡」
「もう二度と作らんわーーーーーッ!!」
……これは、夢だ。きっと夢に違いない。
乙女ゲーと筋肉図鑑がバグって合体したような、悪夢。
頼む……誰か、俺をこの肉弾乙女ゲームから叩き起こしてくれ……ッ!!
***
俺は重い足取りで、筋肉モンスターども――いや、仲間三人を引き連れて、街の市場へ向かっていた。
……仕方ねぇだろ? 全員、服がはち切れて着るものがないんだ。
裸で歩かせるわけにもいかず、とりあえずマントだけは羽織らせたけど――
なんか妙に様になってるのが、腹立つ。
おかしいだろ!? 前世の俺が「裸にマント」とかやったら秒で通報案件なのに、
こいつらがやると「異国の貴族ですか?」みたいな顔されてる。
なんでだよ!? 顔が良いってだけで、裸マントが正装扱いってどういうこと!?
視線を向けるたび、理不尽すぎて胃がキリキリする。
露店で、こいつらが着られるサイズの服を何着か買っただけで――手持ちの金が、文字通りすっからかんになった。
財布の軽さに戦慄しつつ、俺たちはギルドへ向かう。
ギルド直営の簡易銀行に預けた金を、いくらか引き出さないと、今夜の飯すら危うい。
ギルドの門をくぐった瞬間、中で談笑していた冒険者たちが、一斉にこちらを振り返った。
え、ちょっと待って、注目度えぐくない!?
いや、そりゃそうだよな!? こっちは見た目ヒョロガリの俺が、
重戦車みたいなムキムキ獣人を三人も引き連れてんだぞ!?
ギルドの中へ足を踏み入れた瞬間――
モーゼの十戒ばりに、冒険者たちがサーッと道を譲った。
左右にスッ……と避けていく光景は、まるで海が割れる奇跡のごとく。
違うのは、中央を歩くのが神でも救世主でもなく、筋肉の波に押し流される、ただの俺だってことだ。
完全に目立ってる。めっちゃ浮いてる。
「こ、こんにちは……」
引きつった笑顔のまま、ギルドの受付のお姉さんに声をかける。
「ゆ、ユーマさん!? それに、うしろの方々は、もしかして……!? ガウルさんに、クーさんとアヴィさんですかっ!?!?」
「はぁ……その、はい。朝起きたらこうなってまして……」
俺は困り果てた声で答えたあと、ふと首を傾げる。
「あの、つかぬことをお聞きしますが……この世界の獣人って、一晩でこう進化するんですか?」
返事がない。
不安になって受付のお姉さんをチラッと見やると――
彼女は口元に手を当てたまま、完全にガウルたちに視線ロックオン。
しかも、ほんのり頬が染まってる。
……いやいや、昨日までのお姉さん、近所のガキんちょを見るような目で俺たちを見てただろ!?
なんで今、少女漫画のヒロインみたいな目してんの!?
「あっ、ご、ごめんなさいっ……!」
ハッと我に返ったお姉さんが、頬を押さえて慌てて言った。
「その……実は、獣人の生態って、私たちも詳しくは把握してなくて……。
いわゆる“成熟した”個体を見るの、私も初めてで……びっくり、しました……」
お姉さんの声が、なんかうっとりしてるんですが!?
頼むから、ギルドの公務員として理性に戻ってくれ!!
「そ、そうなんですね。あの……10万ギニー、引き出したいんですが……」
「はいっ、かしこまりましたっ。少々お待ちくださいっ!」
隣にいたアヴィがにこっと微笑んだその瞬間――
「きゃっ♡」
……という謎の悲鳴を残して、お姉さんはバタバタと奥へ駆けていった。
おい、ちょっと待て。
俺たち、いま普通に銀行業務を頼んだだけなんだが!?!?
でも、そこでふと――引っかかっていた言葉が、頭の奥でリフレインする。
『生態がよく分かっていない』。
それって、つまり――
アヴィやクー、それにオロも、以前アヴィから聞いた“実験施設”みたいな場所にいたのは……
進化や成長のメカニズムを調べるためだったんじゃないか?
進化のタイミングや条件が不明で、しかも進化後は全員、漏れなく腹筋バッキバキ。
パワーも跳ね上がるし、恐らく戦闘能力も人間の比じゃない。
そんな存在がもしいたら、軍がほっとくわけがないだろ。
……まさか、“幼体”のうちに攫ってきて、管理下で育てて、成長したら戦力として使うつもりだったとか……?
育てて、飼い慣らして、兵器として運用する。
そして――そんな非人道的なことを平気でやってる人間に、獣人たちが良い感情を持っているとは、とても思えない。
……たとえ、進化のトリガーを知っていたとしても――きっと、絶対に口を割らない。
その口を、閉ざしたまま――死んでも。
ぞわっと背筋が冷えた。
ヤバいヤバいヤバい。
「昨日の晩、俺が作ったかき揚げうどんを食べて、朝起きたらこうなってました」
――なんて、軽々しく他人に話したらアカンやつだろコレ!?
やばいやばいやばい、もう俺、どこかの研究機関に連行される未来しか見えない!!
かき揚げうどんのレシピが国家機密になる日が来るとか、そんなの冗談じゃない!!
やめろ、俺。落ち着け。
まずは深呼吸だ。
それから後で、ガウルとクーとアヴィにしっかり言っておこう。
「かき揚げうどんを食べたことは、絶対に誰にも言うな」――と……。
俺は冷や汗をかきながら、震える手で10万ギニーを受け取った。
そして――
いつもの三倍増しで手を振ってくる受付のお姉さんを、なるべく見ないようにしながら、防具屋へ向かった。
……あのお姉さん、さっきからずっとガウルたちを見て目がキラッキラしてたな。
推しが爆誕した顔だった。完全に。
防具屋は下取りもしてくれる店で、サイズが合わなくなった装備一式を買い取ってもらった。
もちろん、値段は二束三文。
オロの右腕を――モンスター素材として納品した報酬で買った、クーの装備。
まさか、それをもう手放すことになるなんてな……。
オロ……すまん。
お前の腕、もうちょっと役に立ててやりたかったよ。
店主のおっちゃんは、なぜか異様にテンションが高かった。
興奮気味に「見てくれこの肩幅!」「この腕に合うのはコレやな!」と、勝手に張り切って色々と見繕ってくれる。
その横で、ガウルが無言で鋭い目を光らせ、細部の材質や価格交渉を一手に引き受けてくれたおかげで――
なんとか、予算内で三人分すべて揃った。
俺はただ、財布を握りしめて祈ってただけです。
神よ、筋肉の神よ……ありがとうございます。
一通り買い物を終えてホッとしたのも束の間――
「ユーマ、お腹すいた♡」
背後でクーの腹が、ぐぅ〜〜〜と景気よく鳴った。
「……マジかよ。さっきまで装備の出費で瀕死だったのに、今度は飯代!?」
顔を引きつらせる俺の腕を、クーが嬉しそうに引っ張ってくる。
「ねえねえ、ごはん、たべよ♡」
「その目で見つめるな!負けるだろ!?俺の理性が即死するだろ!!」
というわけで、俺たちはいつもの食堂に寄ることになった。
──そして今、俺は泣いている。
目の前のテーブルにズラリと並ぶ皿、皿、皿。まるで大食い選手権の決勝戦会場。 肉、スープ、パン、炒め物、サラダ、さらに肉。しかもそれを三人分×三倍。
「……あの、みんな。ちょっとだけでいいから、遠慮って概念、知ってる?」
「……うまい」
「美味しいですね」
「おいしー♡」
無視か!!!てかクー、フォーク使うの上手くなってるし!! アヴィは店のおばちゃんに「このソースは何から取りました?」とか真面目に聞いてるし!! ガウルは口いっぱいに頬張りながら、ひたすら無言で食べてるし!!
いや、俺も嬉しいけど!!
でも!でもな!!!
「……財布が……俺の財布が……悲鳴あげてる……っ!!!」
今日一日で、服と装備と食費だけで――
およそ20万ギニーが吹っ飛んだ。
もう決めた。俺は二度と、外食なんかしねえ!!!!!
そして俺は、帰り道――
寸胴鍋を買った。
デカいやつ。肉も野菜も全部一気にぶち込める、あの業務用サイズのやつだ。
これから毎日、自炊だ。
育ち盛り(※筋肉ドーピング済)の三人を満たすには、家庭用の鍋なんて役に立たない。
これはもう、戦争なんだよ。食との戦争なんだよ……!!
――こうして、筋肉獣人たちの暴食に怯えながら、俺の平和だった日常はどんどん遠ざかっていくのであった。
ともだちにシェアしよう!

