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第10話 ヒーラー(弱)と筋肉(圧)の夜 ※微R
夜。
買ってきた寸胴鍋で、具沢山のスープを作った。
だが――見事にカラになった。
家にあった野菜と干し肉が、全部なくなった。
全部、だ。根こそぎ、だ。
頭数はたったの4人のはずなのに、どう見ても10人家族並みの消費量!!
……待って。これ、毎日続くの!?
絶対に無理だ。破産する。
食費だけで死ぬ未来しか見えねぇ……!!
――もう、こうなったらヤケだ。
明日からは、またギルドに入り浸って狩り三昧の日々に戻ってやる!!
食費も、装備代も、その他もろもろ全部!
筋肉の力でどうにかしてやる!!!
その進化の真価、見せてもらおうじゃねえか!!!
とりあえず、今の俺に必要なのは――
休息だ。
体も財布もボロボロだし、思考力はとうに底を尽きた。
……ああ、明日になったら、またショタに戻ってないかな……?
ほんの少しだけ、そんな都合のいい奇跡を願いながら――
俺は床に寝袋を敷いていた。
「ユーマ、床で寝るの?」
クーが、ベッドの上からひょいっと身を乗り出してのぞき込んでくる。
「だって無理だろ?お前ら3人でベッド埋まってんだから、俺の寝る場所ねぇよ」
「ご主人様、僕が下で寝ます。ベッド、使ってください」
アヴィがベッドの傍らに立ったまま、申し出てくれる。
「いや、いいって。てかその体で寝袋入ったら、ミイラみたいになんだろ。ギュウギュウのやつ」
寝袋どころか、下手すりゃ床抜けるっての。
それより問題は――
ベッドだ。
今あるこのベッド、たぶんそのうち死ぬ。
なんせ一人あたりの重さ、どう見ても100kg前後ある。
マッチョ3人分の圧を受け止めてる今この瞬間にも、ミシミシと小さな悲鳴が聞こえてくる気がする。
……ベッド、買い足すべきか?
でも、この寝室に三台も置ける気がしねぇ。
壊れたら買い替え? いや、そもそも大家さんの善意で貸してもらってるやつだし、弁償コースか……?
ヤバい、出費がかさむ。てかもう、雑魚寝でいいだろ。な?
……永遠に寝れねぇ。考えるのやめよう。
「……おやすみ」
気の抜けた声でそう呟き、俺は寝袋に潜り込もうとした――その瞬間、
ふわっと体が宙に浮いた。
「は?」
横から伸びてきたクーの腕が、俺の脇をガシッと抱えてそのままヒョイッと持ち上げる。
え、なんで?俺いま抱っこされてる?ていうか、軽々すぎない!?
気づけば、俺の着地ポイントはクーの胸板の上だった。
「ユーマ、ここ。オレの上で寝ていいよ♡」
やけに嬉しそうな顔で、クーがにこにこ見上げてくる。
いやいやいやいや!!
こんな高反発すぎる筋肉ベッドで、どうやって安眠しろってんだ!?
ふかふかの枕でも柔らかい布団でもない、バッキバキの腹筋と分厚い胸板に包まれて、なぜか包容力は異常にあるという謎の状況。
いや、寝られるかーーーーーッ!!!
「ねぇユーマ、こっち見て?」
甘ったるい声で囁かれ、顔を背けようとしたけど、
俺の頬を大きな手が優しく包んで、向かい合わせに固定される。
「や、やめろ……っ、距離!近っ、ちけぇよ!!」
「だってユーマの顔、好き」
「ふあっ……ちょ、なに言ってんだバカ!」
クーの瞳は相変わらず無垢で、でもどこか熱を帯びていた。
その癖、声は甘いバリトン。低くて響く。耳に残る。脳がバグる。
「ユーマのこと、ずっと好きだったよ?」
「…………っ!!」
声が、呼吸が、変になる。
クーの手が背中をゆっくり撫でるたび、俺の体が勝手にビクッと震える。
筋肉の上に乗せられたまま、腰をがっしりホールドされて、俺は完全にクーの上から逃げられなくなった。
まるで、捕食される寸前の獲物みたいだ。
「ちょっ……ちょっとクー!?なんでそんなに力強っ……ひィィィ!?
ちょ、なんか今、下のほう……なにか……当たってるんですけど!?」
震える声で言うと、クーはにこっと無邪気な笑顔でこう答えた。
「うん、ごめん。生理現象♡」
「生理現象ってレベルじゃねぇよ!?!?」
いやいやいや、待て待て。
おかしいだろ!? そもそもおまえ、一番小柄だった甘えん坊末っ子ポジじゃなかったか!?
それが、進化してみたら――
身体はバルク全開の超級筋肉、そしてその“アソコ”まで規格外ってどんなバグだよ!?!?
「うん、なんかね……ユーマの匂いとか、声とか聞いてるだけで、勝手に……こう、なっちゃうんだよね……♡」
「言い方ァァァ!!! もっとこう……オブラートとか、あんだろ!?」
「え? オブラートって、おいしいの?」
「食べ物じゃねぇよ!! いや、食べられるけども!?」
それなのに、クーはあくまで無垢な笑顔で、むしろ愛しげに俺の頬に指をすべらせる。
「オレ、昔のちっちゃい体だと、ユーマのことぎゅーってしても届かなかったけど……
今なら、ちゃんと全部包めるよ?」
「包まなくていいッッ!! むしろ距離を保って!!」
俺は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「おまえの腕力、今、月刊漫画雑誌どころか、
分厚い電話帳も引きちぎれるレベルだろ!?
アバラが、アバラが悲鳴あげてる!! マジで命が危ないって!!」
クーはそんな俺の訴えにもめげず、分厚い胸板を張ったまま嬉しそうに笑う。
「大丈夫、力加減してるよ。ちゃんと“ユーマ用”でぎゅーってしてる♡」
「その“ユーマ用”の基準が間違ってんだよおおおお!!!」
包容力(物理)に殺される……!!
もはや、理性もプライドもズタボロである。
なのに、腰を押さえてるその手は緩まないし、下から当たってるソレは確実に主張を増してる気がする。
うわあああ、神よ!!
俺、筋肉乙女ゲームの主人公に転生した覚えはないんですがーーーッ!!
「ユーマ、じゃあさ――
ギューしないから、チューだけしていい?」
無垢な声で、真顔で言うんじゃねぇ!!
なにその“ちょっと我慢したから許されるよね?”みたいなテンション!
甘えん坊の皮をかぶった肉体兵器のくせに、
その顔と声でそんなセリフ言われたら、こっちの脳みそがバグる!!
「いや、ちょ、ムリ、無理だから……っ!」
ひぃぃ、クーの目が完全に“拒否権は存在しない”モードに入ってる!!
左腕で俺の腰をがっしりホールドしたまま、
右手が、そっと――けれど確実に、俺の首筋へとまわされる。
ふいにぐいっと引き寄せられたかと思った次の瞬間、あたたかくて柔らかなものが、肌に触れた。
「――っ……!」
そこにあるのは、クーの唇。
首筋に、しっかりと、確かに押し当てられていて――
その瞬間、息が止まり、思考が一瞬で吹き飛んだ。
あかん。
心臓が、うるさい。というか爆発しそう。
「……ユーマ、大好き。いっぱい抱っこしてくれたでしょ?おんぶも、なでなでも。
だから今度は、オレが――ユーマのこと、包んであげたい」
「い、いや、いいからッ!! てか、耳元で囁かないで、お願いだから!!!」
お願い、やめて。甘やかす声でそんなこと言うの、ほんとにダメ!!
おい心臓、落ち着け!! ここはラブコメじゃない、戦場でもねえ、なんかもう、別ジャンルのバグステージだ!!
「クーさん、チューはまだ禁止ですよ」
――その声に、ビクッと体が跳ねた。
……え、いまの……アヴィ!?
「だって……ユーマが可愛すぎるから、我慢できないよ」
甘えたような声で言いながらも、クーの腕の力は緩まない。
腰はがっしりホールドされたまま、俺は今もなお分厚い胸板の上。視界、完全に筋肉。
「でも、ご主人様はまだ混乱してるんです。
僕たちがこうなったばかりで、気持ちが追いついてない。……あんまり急いだら、可哀想ですよ」
「……そっか。じゃあ、我慢する」
一拍置いて、クーは素直に頷いた。
っていうか――
おい、待て。
ちょっと冷静になれ俺。
今、俺は進化したクーの上に寝かされて、そのまま馬乗りみたいな体勢でホールドされてるわけだけど――
その真横で、アヴィが普通に寝てるって、どんな状況だよ!?!
「え、ちょっ、おまっ、見てたの!?」
「はい。ずっと見てました。ご主人様、顔が真っ赤で可愛いなって」
おおおおおちつけ俺!?!?
こちとら今、理性と羞恥のダブルブレイクで瀕死なんですけど!?!?
なんでそんな涼しい顔で実況してんの!?!?!?
「アヴィィィ……っ、見てないで助けて……ッ!!」
「じゃあ、僕の上来ますか? いつでもどうぞ」
「なんでそうなるんだよおおおおーーーーー!!」
助けてって言ったよね!? 今! 俺は確かに! 助けてって言ったよね!?
なんで選択肢が“クーの上”から“アヴィの上”に変わるだけなんだよ!!
選ばせろよ!!俺に!!“床”とか“逃走”とか、もっと安全なルートを!!!
「ご主人様。柔らかさなら、僕の方が自信あります」
「アピールポイントそこなの!?」
こいつら、なんでそんなに“俺を抱く気”満々なんだ!?
いやもう、ベッドの上の筋肉たちが順番待ちしてる図とか、なんのバッドエンドだよ!!
乙女ゲームじゃなくて筋肉地獄のマルチエンディングだろこれ!!!
……ていうか、待てよ。
よく見たら――アヴィの向こう側で、ガウルが普通に寝てる!!
横向きで、こっちに背中を向けて。無言で、静かに。
一見ただの“就寝中”なんだけど――その背中から伝わってくる圧がすごい。
「……なんかもう、逆に普通に見えるのが一番怖いんだけど……」
そんな俺の呟きを拾うように、アヴィがふっと微笑む。
「ガウルさん、背中から滲み出る殺気がすごいですね」
「えっ!? 寝てるんじゃないの!?」
「……いいえ。たぶん、ご主人様に手を出したら――ここ、戦場になりますよ」
空気がピシィッと張り詰めた気がした。
え、笑顔だったよね今!?笑顔でそんな穏やかに“戦場”って単語使う!?
「な、なんでそんな物騒なことを……!」
俺が声を上ずらせると、アヴィはそっと俺に目を向けた。
そのまま、ふわりとした声で言う。
「だって……みんな、ご主人様が大好きですから。……僕だって、本当は……今すぐ、ぎゅってしたいくらいなんですよ?」
耳元で囁く声は、やわらかくて、甘くて、少しだけ震えてて。
それが逆に、心臓にずしんと響いた。
「でも……今はまだ、なにもしません。ご主人様が、望まないなら。
……ただ、“隣にいさせて”くださいね?」
――なにその、爆弾みたいに優しいセリフ。
この状況でそんな甘さを投げられたら、もう俺の理性が限界突破なんですけど!?
甘い。こわい。やさしい。こわい。
なんかもう全部こわいくらいにやさしくて、俺の情緒が無事じゃない!!!
気づいたときには、クーはもうすっかり夢の中だった。
いつもの無防備な寝顔で、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。
……でも、そのままそっと腕の中から抜け出そうとした瞬間――
「ギュッ」と、逃げ道を塞ぐように腰をホールドされて、俺の動きはピタリと止まった。
うそだろ、寝てるのに反応すんなよ!?
どこの筋肉センサーだよ!?反応速度がもはや兵器なんだけど!??
おかげで、俺はまたしても、クーの上から身動きひとつ取れなくなった。
「……なんでだよ……」
情けなくも小声で呟きながら、俺は深くため息をついた。
こうなったらもう、腹をくくるしかない。
潔く、クーの胸板の上で一晩明かすしかないってことか。
……はたして、こんな超高反発な筋肉ベッドで、俺は眠れるのか。
いや、でも……あったかいし、なんか妙に落ち着くし……案外、悪くない、かも?
うつ伏せのまま、横に投げ出していた右手が――ふいに、誰かの手にそっと絡め取られた。
……アヴィだ。
「……ちょっ、アヴィ……」
呼びかけても、アヴィは何も言わず、ただ静かに微笑むだけ。
その微笑みが、やけに深くて、底が見えなくて……背筋に冷たいものが這う。
そして、長く細い指先が、俺の手の輪郭をなぞるようにゆっくりと滑っていく。
優しすぎるその動きが逆に怖い――いや、“怖い”んじゃない、“怖気がするほど甘い”んだ。
爪が、俺の手のひらの柔らかいところを軽く撫でる。
ツ……と音がしそうなほど、かすかに引っ掻かれた瞬間――ビクリ、と背中が跳ねた。
まるで、手の中を愛撫されてるみたいだ。
ただ触れてるだけなのに。
それだけで、俺の呼吸は乱れて、心臓はどくどくと音を立て始める。
「や……アヴィ、それ……やめてっ……」
「どうして?」
囁くように低く、アヴィは俺の手の甲へそっと唇を寄せた。
その熱がじわりと肌に伝わって、痺れるような感覚が走る。
手を引こうとしても、手首はあり得ないほどの力で捉えられていて、まったく動かない。
「……すみません、ご主人様の反応が、あまりにも……可愛らしくて」
「……ちょっと、もう……俺で遊ばないでよ」
情けなく掠れた声を返す俺に、アヴィは微笑むように――何も言わず、唇で俺の指の付け根を、するりと撫でた。
「……っ……」
ぞくりと背筋が震える。
くすぐったさとは違う、もっと深いところを擦られたような感覚。
「……声、抑えてるんですね。 クーさんの寝顔を起こしたくないから……? それとも――“この声を他の誰にも聞かせたくない”って。 そう思ってくれてるんですか?」
くすり、と囁くような声に、返す言葉が見つからなかった。
アヴィの指が、俺の手の甲から、手のひらへ――
そして、指と指の隙間へと、じわじわ忍び込んでいく。
ゆっくりと、確実に。
まるで俺の“中”に入り込もうとするかのように。
なにかが、俺の奥底でほどけていく。
ずるずると、抗えない侵食が広がっていく感覚。
俺の右手は、アヴィの掌に包まれたまま――
やがて、そっと唇に触れた。
「アヴィ……な、に……っ」
返事はなくて、代わりに――
指先の関節に、じっとりと熱を帯びた感触が落ちた。
「――ひっ……!?」
舌だ。
舌が、俺の指の第一関節をなぞってる。
まるで恋人の唇に口づけるみたいに、丁寧に、濃密に、指を愛撫してる。
指の腹を、くちゅ、と吸われた瞬間、背筋がビクンと跳ねた。
爪の輪郭をなぞるように、舌が優しく這う。
一本ずつ、慈しむように舐められて。
まるで、俺の“心”ごと食べられてるみたいだった。
しかも――音を立てて、じゅっ、と。
くちゅくちゅと、いやらしく舐めている。
唇が、関節を喰むように吸い付いて、舌が、指の間を舐めあげて――
「ちょ、アヴィ、や、やめ、てっ……! そ、そこ……手ぇ、だから……っ!!」
情けない声がこぼれる。
でもアヴィはどこまでも冷静で、熱を孕んだ瞳で俺を見つめながら、囁いた。
「……ご主人様の手、可愛いですね。
こうしてると、ずっと触れていたくなる」
その声だけで、全身がびりびりと震える。
やさしい、けれど逃がさない声音。
そして、また――
俺の指先を、そっと口に含んだ。
ぬるりと舌が絡まり、じゅぷ、じゅる、と艶めかしい音を立てながら、まるで“そこ”を責めるように舐めてくる。
「や、やばい……って、……アヴィ、それはほんとに無理……!」
指の腹を、くちゅ、と吸われた瞬間、背筋がビクンと跳ねた。
爪の輪郭をなぞるように、舌が優しく這う。
手のひらを、爪先でくすぐるように撫でられ、次いで、指の根元をねっとりと舌でえぐられるように這われた瞬間――
「ひ……ッ……!」
喉から、情けない声が漏れる。
そんな自分にぞっとして、息を呑む暇もなく――
アヴィの唇が、そっと指先に落ちた。
そしてそのまま、指の付け根を――やわらかく、甘く噛んだ。
カチリ、と浅く歯が触れた音がして、背中が跳ね上がる。
甘噛みだとわかっていても、本能が反応してしまう。
「……や、やだ……、俺もう、頭おかしくなる……っ」
なんでだよ。手しか触られてないのに。
全身が熱い。
感覚が、皮膚が、全部溶けそうで。
――限界だ。
理性が、情緒が、完全にキャパオーバーだ。
手しか触られてないはずなのに、
全身の感覚が溶けていくみたいで、どこが熱くてどこが冷たいかも分からない。
そのときだった。
「……アヴィ。その辺にしておけ」
静かに放たれた声――低く、鋭く。
まるで刃のように場の空気を裂いた。
俺はビクリと肩を跳ねさせ、思わずそちらを振り返る。
ベッドの向こう側、ガウルが横向きに寝たまま、こちらに背を向けていた。
だがその背中からは、明らかにただならぬ気配が滲み出ている。
それは、無言の警告。
“これ以上は、許さない”と――言葉などなくても伝わってくる。
アヴィは、くすりと微笑んだ。
まったく怯えた様子もなく、俺の指先に最後の口づけを落とす。
「怒られちゃいましたね」
その目がすっと細まり、まるで口づけを終えた貴族のように、優雅に手を握ったまま言う。
「でも……手は、離しませんよ。だってこれは――ご主人様の、大切な右手ですから」
ぴたりと指を重ねて、指先から指の股まで、密着するほど絡みつく。
熱い。手ひとつに、こんなにも感覚を持っていかれるなんて。
「……おやすみなさい、ご主人様」
甘やかな声で囁かれ、俺の鼓動は完全に破裂寸前。
(……寝れるかーーーーーーーッッ!!!!)
叫びたい衝動を必死で飲み込む。
無理。ほんとに無理。
精神力のHPがゼロを突破した。
……だれか、明日の朝、俺の意識がこのカオスから戻ってくる保証だけくれ……。
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