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第18話 誰か、俺に休みをくれえええええ!!①―月曜日のガウル― ※R描写あり
(※性的描写あり)
いつものように、4人で食卓を囲んでいた、ある日のこと。
塩以外の調味料が高価なこの世界でも、最近は生活にゆとりが出てきたおかげで、香辛料や砂糖なんかも時々は手に入れられるようになった。
やっぱり、料理は“塩味と甘味のバランス”が命である。
――とはいえ、あいつらの食べる量が尋常じゃないので、どうしてもコスパ最強の塩に頼らざるを得ないのが現実だ。
「ごちそうさまでした。……では、クーさん、行きましょうか」
そう言って皿を流しに運びながら立ち上がったアヴィの背中に、俺は問いかけた。
「え? アヴィとクー、どっか行くの?」
「ああ、ご主人様にまだお伝えしていませんでしたね。……実は僕たち3人で話し合って、ご主人様の負担を減らそうってことになったんです」
「……え?」
「ほら、僕たち、人よりずっと食べるでしょう?
で、夜の依頼ってだいたい報酬がいいから、交代で“夜勤”を回すことにしたんですよ」
「ええ!? そんなの気にしなくていいのに……ガウルも?」
「いや、俺はユーマに危険が及ばないように、家に残る」
「じゃあ行ってきます。……ガウルさん、あまりご主人様を“夜更かし”させちゃダメですよ」
「ガウル、ユーマのことよろしくね♡」
クーは手を振ると、アヴィと一緒にご機嫌で玄関を出ていく。
静かになった室内に、ふたり分のぬくもりだけが残された。
(……えっ、待って。
なにこの状況。俺とガウル、ふたりきりってやつ!?)
頭の中に警報が鳴り響く中、俺はぎこちない手つきで皿を重ねていく。
無言で後片付けをしていると、隣の気配がやたらと意識に入り込んでくる。
ちら、とガウルに視線を向ければ、彼は特に変わった様子もなく、黙々と食器をまとめていた。
(……ヤバイ。この前、ガウルとキス未遂したことを思い出してしまう。あれはべつに、深い意味は――いや、深い意味しか無いだろ!?)
ざわつく心を誤魔化すように、口を開いた。
「……そんなの、いつの間に決めたの?」
「つい、この前だ」
「え、相談してくれたらよかったのに」
「相談したところで、あんたはどうせ反対するだろ」
「……そりゃそうだけどさ! でも、言ってよ!」
「言ってどうする。“気にしなくていい”って言うんだろ?」
「ぐっ……それは……言うけど……!」
言い返しかけて、言葉に詰まる俺。
そんな俺を見て、ガウルはわずかに口元をゆるめた。
「だから、わざわざ言わなかった。それだけだ」
シンプルに言い放つその声音は、静かで、でもちゃんと優しかった。
俺は思わず頬をふくらませながらも、どこかで――ちゃんとわかってしまっていた。
怒りきれない理由を。
「……もー、わかったよ。でもまあ、ありがとな」
ぽつりとこぼれたその言葉に、ガウルは一瞬だけ目を見開き――
すぐに視線をそらした。
ほんのわずかに顔をしかめたように見えたのは、気のせいだろうか。
どこか居心地悪げに、低くひとことだけ「……ああ」と、まるで何かを誤魔化すみたいに呟いた。
一通り片付けを終えて、ふぅ、と小さく息を吐く。
ようやく一息つけたところで、俺はぽつりと呟いた。
「……さて、やることもないし、寝るか」
そう言って、何気なく寝室のドアに手をかける。
けれど――扉を開けた、その瞬間だった。
「……ユーマ」
――不意に、背中から腕が伸びてきて。
俺の体が、ぐいっと引き寄せられる。
「……っ!?」
振り返る間もなく、ぴたりと背中にガウルの胸板が触れる。
その体温が、じんわりと俺を包んだ。
「ガ、ガウル……? 」
背後から抱き寄せられたまま、俺は戸惑いと動悸で言葉を失っていた。
そんな俺の耳元に、低く押し殺したような声が落ちる。
「……この前、俺が――あんたのものだっていう“証”が欲しいって言ったこと、覚えてるか……?」
「……え……?」
声が上ずりかけた俺の問い返しに、ガウルは少しだけ腕の力を強める。
その仕草が、まるで「逃がさない」と言っているみたいで、思わず背筋が震えた。
「今から……くれないか」
その声は静かだったけれど、
それ以上にどうしようもなく――熱かった。
心臓の音がうるさい。
何か言いたいのに、喉がふさがれてうまく声が出ない。
けれど――
「ちょ、ちょっと待って……!」
俺が慌てて声を上げると、背後のガウルは低く呟いた。
「もう、待った」
その声は静かで、けれど妙に重たくて――体の芯がじわりと熱くなるのを感じた。
(ヤバいヤバいヤバい……!)
逃げ出すタイミングを完全に逸した。
視線が、寝室の奥にあるベッドに吸い寄せられる。
ただのシングルベッドを二つ、くっつけてるだけのはずなのに――
(な、なんで……なんで、あれが今はラブホのベッドにしか見えないんだ……!?)
息が詰まる。
背中に感じる体温と、耳元で落ちる吐息が、やけに熱い。
「ガウル……お、落ち着こう。な? こういうのは、ほら……段階っていうか、心の準備っていうか……! アヴィとクーが、戻ってくるかもしれないし……!」
必死に言葉を繋ぐけど、喉はカラカラで、うまく唾も飲み込めない。
背中越しに感じるガウルの体温が、じわじわと俺の肌を焼いてくる。
「……あいつらは、朝まで戻ってこない。そう、決めてある」
「…………っ!?」
(ちょ、ちょっと待って!? なにそれ聞いてない――ていうかそれ絶対、わざと仕組まれてるやつだよね!?!?)
脳内警報が鳴り響く。
ベッドの存在感が急激に増してくる。
空気の密度まで変わって感じるのは気のせいじゃない。
「ガ、ガウル……っ」
情けない声が裏返る。
でも、そんな俺の反応に動じることなく、ガウルは低く、やさしく――それでいて抗えない重みを持った声で囁いてくる。
「……ダメか?」
ダメ……か?
いや、そう聞かれた瞬間から、頭がショートしてる。
(や、やばい……っ。耳元で、そんなバリトンボイスで囁かれたら……脳みそが沸騰する……!)
必死に自分を戒めようとする。
俺の好みは――そう、ショタ。ぷにっとしてて、可愛くて、守ってあげたくなるような……!
(なのに、なんで!? なんでこんなゴリッゴリの筋肉獣人に、脳がバグってんの俺!?)
広い胸板、太い腕、低くて落ち着いた声。
本来なら属性的にアウトなはずなのに――
(……ちょっと待って、もしかして俺、嫌じゃない……?)
怖い。
何がって、自分のこの感情が一番怖い。
「……ッ、そ、それ……は……」
否定したいのに、言葉が喉の奥に貼りついたまま出てこない。
「好きだ……ユーマ。あの森で、初めて会った時からずっと――あんたしか、見てない」
……ずるい。
そんなふうに、まっすぐな声で言われたら。
ダメなんて、言えるわけないじゃんか。
でも。
「わ、わかんない……俺……。ガウルのことは……好きだけど……その、恋人としてとか、そっちは……考えたこと、なかったから……」
目を伏せながらしぼり出した俺の声に、ガウルは、静かにこう告げた。
「……なら、今、考えてくれ」
言葉と同時に、俺は強く抱きしめられたまま、ぐいと壁へ押しつけられる。
背中に硬い感触が当たって、思わず息を詰めた。
彼の指先がシャツの裾をそっと持ち上げ、素肌に触れる。
冷たくない。むしろ、熱い。
その手のひらが胸元を撫でた瞬間、喉奥から熱が漏れそうになった。
「……っ、ガウル……っ」
名前を呼んでも、彼は何も言わなかった。
けれど、耳元に落ちた吐息が、すべてを物語っていた。
ふと鼻先をかすめた、淡くて、少しだけ湿った干草のような懐かしい匂い。
けど、その匂いの奥に、汗と熱と、獣の発情を思わせるフェロモンのような――今の“男のガウル”の匂いも混じっていて。
焦がれるように熱い体温が背中越しにじわりと伝わってくる。
壁とガウルのあいだに閉じ込められた俺の身体は、身動きすら忘れていた。
「……もう、限界なんだ」
低く、掠れた――でも、確かに抗えない声。
その一言とともに、ガウルの腕が俺をきつく抱きしめた。
わかる。
ずっと抑えていたものが、もう止まらないことくらい。
だって、ガウルの指先が震えてる。
こんなふうに、取り乱した彼を見るのは、初めてだった。
「っ……や、やめっ……」
拒もうとした言葉が、途中でふるえた。
……ダメだ。
心の奥で、何かが崩れていく音がした。
その瞬間だった。
ガウルの唇が、俺のうなじに、そっと触れた。
「……っあ」
びくん、と肩が跳ねる。
噛みつくように、彼の唇が首筋をなぞった。
舌先が、ゆっくりと肌をなめあげる。
思わず、俺の口から――自分のものとは思えないほど甘く濡れた声が洩れた。
「や、だ……そんな、ところ……っ」
恥ずかしいのに、声が止まらない。
頭の芯がしびれて、足元がぐらついた。
(……ああ、ヤバい。俺……もう……)
指先ひとつで、唇ひとつで、
こんなふうに体を溶かされていくなんて、思ってなかった。
ずっと守ってくれてた手が、今は俺のシャツの裾をまくり上げて、肌をなぞってる。
背中から押し寄せてくる体温が、まるで檻みたいに俺を囲ってくる。
逃げなきゃ、って思うのに。
でも――ガウルにだったら。
このまま全部、奪われてもいいかもしれないと……
そんなふうに思い始めている自分がいた。
耳朶にぴたりと触れた唇が、そっと、歯を立てるように甘く噛んだ。
「……っ、ガウル……!?」
不意を突かれた声が、掠れて喉から洩れる。
そのすぐあと、舌先が耳の内側をゆっくりと這った。
「ん、やっ……!」
ビクリと肩が跳ねる。
脳に直接熱が届くような感覚に、背筋がしびれた。
(ヤバい……ヤバい、耳はダメだ……!)
なのに、ガウルは執拗に何度も唇を這わせ、噛み、吸った。
その間にも彼の手は素肌の上を滑っていく。
腰のくびれをなぞり、脇腹に沿って胸元へ――。
「ん、ぅ……!」
指が触れたところから、電流のように甘い震えが走る。
自分でも信じられないほど敏感になっているのがわかった。
「……感じてる、んだな」
耳元で、低く囁く。
その声がまた、背中をぞわりと撫でていく。
恥ずかしくて、たまらないのに、抗う力がどんどん抜けていく。
「……あ、ぁ……っ、ガ、ガウル……」
上ずる声。
どうにか言葉を紡ごうとしても、唇は熱で乾いて震えてしまう。
「……ユーマ、いいか……?」
「っ、わかんない……俺、わかんないよ……」
「じゃあ、身体に聞く」
その言葉と同時に、ベルトの音が軽く鳴った。
バックルが外れ、ズルリと生地がずらされる感覚。
冷たい空気に肌が晒されて――それよりも早く、ガウルの掌が俺を包んだ。
「――ぁ、……っ!!」
もはや声にならない。
逃げようとする理性が、ガウルの熱に触れるたびに融けていく。
「――っあ、ま、待っ……て……!」
「もう……待てない。止まれないんだ、俺は……」
その言葉とともに、体中に優しく、それでいて容赦のない愛撫が降りてくる。
耳元にふれた唇が、今度はやさしく耳殻をなぞって、そっと歯を立てる。
「っ……ぅあ……!」
腰がびくりと跳ねた。
自分が発した声の甘さに、自分がいちばん驚いていた。
(……やばい……俺、もう……)
ガウルの指先が、俺の胸元に触れる。
乳首をなぞるように、そっと、けれど執拗に愛撫されて――
体の奥に、ふつふつと熱が沸き上がっていくのがわかった。
腰を抱き寄せられた瞬間、理性がぷつりと音を立てて途切れた気がした。
「……あぁ、もう……ム、リ……っ」
喉の奥から漏れた声は、誰のものとも思えないほどかすれていて、
情けないほど甘く、切羽詰まっていた。
恥ずかしい。
こんな自分、知らない。
でも、怖いくらい……気持ちいい。
まるで知らない生き物に変わっていく自分を止められなくて、
俺は目の前の壁に、すがるように手をついた。
白くなるほど指先に力を込めても、膝はもう、役目を果たしてくれない。
震えがひどくて、自分の体が自分のものじゃないみたいだった。
「ユーマ……」
背後から名前を呼ばれただけで、身体の芯が痺れる。
耳元にかかるガウルの熱い吐息が、首筋をなぞって落ちていくたびに――
腰の奥がひくりと跳ねて、自然と尻を突き出すような格好になってしまう。
(ちがう……っ、こんなのは……っ)
拒みたいはずなのに、もう、体はどこにも逃げ場を持たない。
背後から抱き寄せられたまま、俺の昂ぶりを包み込んだガウルの掌は――温かくて優しくて、なのに、容赦がない。
じわじわと、逃げ場をなくすような動きで、
敏感な部分をじっくりと責めてくる。
「――っ、ひっ……あ、ぁぁ……!」
瞬間、全身が跳ねた。 熱が一点に集中して、あまりにも鋭い快感が、雷のように全身を貫く。
限界なんてとうに越えていた。
その上で、追い討ちのような快楽が加わって、思考が白く塗り潰される。
「やっ、ガウルっ……だめっ……あっ……あああっ――!」
息が詰まる。喉がふるえる。
名前を呼んだ瞬間、体の奥で何かが爆ぜて、俺は声にならない叫びとともにガウルの腕の中で果てた。
背中を大きく仰け反らせて、張りついていた壁から腕が滑り落ちる。
全身の力が抜けて、もう何一つ支えられなかった。
「……大丈夫か」
耳元に落ちたその声は、あくまでも低く、優しい。
だけど今の俺には、それすらも甘すぎて苦しくて――息を返すことさえできなかった。
喉の奥で引っかかるような吐息を繰り返しながら、俺はただ、彼の腕の中で震える。
(だ、だめだ……今の……見られた……)
足の間を見られたわけじゃないのに、そんな感覚が襲ってきて、呼吸が浅くなる。
全身が、恥ずかしさで火照っていた。
「……っ……」
ようやく落ち着いてきた頃、不意にガウルの手が、名残惜しげに俺のものから離れていく。
その瞬間――
「……んっ……」
ぴくり、とまた反応してしまった。
(や、やば……なに……今の俺……)
自分の反応が信じられなくて、なのに情けなくて、思わず目を伏せる。
そして次の瞬間、ふわりと体が浮いた。
抱き上げられている。
厚い胸板に支えられて、お姫様みたいに、俺はそっとシーツの上に寝かされた。
冷えた生地が、肌を包む。
それだけなのに、妙に生々しくて。
さっきまで自分がいた空気とは違って、何もかもがやけにくっきりと感じられて――
俺は思わず、シーツを握りしめるようにして体を縮こませた。
けれど――逃げ場なんて、どこにもなかった。
「……ユーマ」
熱のこもった瞳で見下ろされながら、
俺はガウルにゆっくりと、覆いかぶさられていく。
すぐ目の前にあるのは、何年も俺を想ってくれてた優しい獣の顔。
その唇が、そっと俺の額に触れた。
「……愛してる」
囁くような声が、耳元に落ちた瞬間、
心臓がひときわ強く跳ねた。
いつもそう。
ガウルは一言で、俺の世界を簡単に塗り替えてくる。
「ん、ちょ……ガウル……っ」
言葉も抵抗も、もう意味をなさなかった。
首筋に落ちた唇は、乱暴じゃない。でも優しさとも違ってた。
必死だった。
この瞬間に、全部ぶつけるような――
言葉よりも本能に近い、真っすぐなキス。
胸が痛くなるほどの想いが、そこに詰まっていた。
(……こんなの、ずるいよ)
熱が、喉の奥に絡まって、呼吸が浅くなる。
身体の奥がじんわりと熱を帯びてきて、
このまま全部奪われる気がして、怖いのに――
それでも、俺は逃げようとしなかった。
いや――逃げたくなかった。
「……ユーマ」
名前を呼ばれて、顔を向けたその瞬間、
唇が重なった。
やわらかく、でもひどく情熱的に。
ひとつの迷いもなく、まっすぐに注ぎ込まれるキスだった。
舌が触れ合い、熱が伝わる。
唇の裏側までくすぐられるような感触に、頭がぐらりと揺れる。
(……ガウル……っ)
まるで何年分もの想いを、一度に流し込まれるみたいで。
この口づけだけで、身体の芯まで、すっかり溶かされてしまいそうだった。
どこまでも優しくて、でも、激しくて――
俺を全部、奪っていくキス。
「……悪い。もう少しだけ……付き合ってくれ」
「えっ……あっ、待っ――」
引き止めるより先に、彼の手が俺の奥をそっと撫でる。
その手つきに、迷いはなかった。
「……俺はもう、あんたの全部が欲しい。
誤魔化すつもりもない。……ずっと、こうしたかった」
ぶつけられる想いの重さに、胸がぎゅっと締めつけられる。
言葉に詰まった。
言いたいことはあるのに、どうしても口から出せなかった。
それでも――気持ちはもう、隠しきれない。
彼に触れられるたび、心が波打つ。
怖い。でも、もう目をそらせない。
(……どうなっても、もういい。今だけは、逃げたくない)
俺はそっと、彼の胸元を掴んだ。
その体温を感じることで、かろうじて自分を保っていた。
そして、唇が震えるのを感じながら、ようやく声にする。
「……好きにして」
それはまるで、降参の合図のようだった。
ガウルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに、静かにうなずいた。
まるで、俺のすべてを抱きとめるように。
微笑みもしない。
でも、あの瞳の奥にある光が、何よりの返事だった。
触れられた肌から、熱がじわりと広がっていく。
まるで壊れものを扱うように、けれど決して遠慮ではない。
ガウルの指先は、丁寧に、深く――
俺の身体の奥を、確かめるように、慈しむように解してくる。
その手つきが、何より雄弁に語っていた。
「おまえを、大事にする」と――
口に出さずとも、すべてが伝わってきた。
言葉にならない想いを、
体温が、吐息が、ひたむきに、繰り返し伝えてくれる。
「……ガウル……っ」
自分でも気づかぬうちに、名前を呼んでいた。
溶けるような声が漏れ、視界が滲む。
胸がきゅっと痛むほど熱くなって――
最後に残っていた理性の灯火が、静かに、そっと、消えていった。
「ユーマ……」
耳元に落ちた、低く甘やかな声。
それだけで背筋に電流が走るような感覚が広がる。
こんなにも無防備で、こんなにも――
幸福だなんて、知らなかった。
解されたそこに、熱を帯びた塊が、そっと入り口に押し当てられる。
触れた瞬間、びくんと腰が跳ねた。
そして次の瞬間、ずぶり――と、奥へと沈んでくる。
「あっ……! ぐ、ぅっ……」
想像以上の熱さと硬さに、息が詰まる。
強引ではない。でも、迷いもなかった。
俺の奥を押し開けながら、確実に、深く進んでくるその圧に、
ただ目の前が真っ白になる。
「悪い、ユーマ……。でも、もう……無理だ」
掠れた声が耳元で落ちた。
それがあまりに震えていて、俺は思わず息を呑んだ。
(……そんな声、聞いたことない……)
苦しいはずなのに、体はそれを拒みきれない。
逃げようとした腰を、優しく――でも決して離さない強さで、彼の腕が抱き留める。
気づけば俺は、両腕を伸ばして彼の背中をぎゅっと抱きしめていた。
「……っ、ガ、ウル……」
「……奥まで……入った……。ユーマ、大丈夫か?」
ゆっくりとした問いかけ。
俺を気遣う声。
それだけで、苦しさの奥にある“安心”が、心のどこかで膨らんでいく。
「……う、ん……ちょっと……まだ……苦しいけど……」
そう答えると、ガウルは額を俺の肩口にそっと押し当てた。
その震えが、皮膚越しに伝わってくる。
「……ありがとう。……怖かったら、止める。俺は……あんたを、ちゃんと愛したいから……」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
返事をしようとした瞬間――
彼の腰がゆっくりと引かれる。
ズリ、と引き抜かれる感覚が鋭く背骨を撫でて、俺は思わず声を漏らした。
「んっ……! あ、ぁっ……」
そしてすぐに、再び熱が奥に押し込まれる。
壁の奥に、ガウルの体温がぶつかってくる。
「……ん、んんっ……ああっ……!」
言葉にならない吐息が、口からこぼれていく。
痛みと熱が交錯して、泣きそうになるのに――
どこか、幸せな感情も混ざっていた。
「ユーマ……苦しいか……?」
掠れるような声が、耳元でそっと響く。
その問いかけに、俺はほんの少しだけ首を振った。
「……わかん、ない……でも……ガウルが……優しいから……こわく、ない……」
震える声でそう答えると、
ガウルは何も言わずに、俺を強く、けれど丁寧に抱きしめた。
触れ合うたびに、心がほどけていく。
熱が重なり、息が絡み、
俺たちは本当に「混ざり合って」いた。
痛みも、戸惑いも、恥ずかしさも、全部。
彼の体温が、俺の全部を包み込んでくれた。
「……もっと……ガウル……」
気づけば、何度も名前を呼んでいた。
何度も、触れてと願っていた。
深く繋がるたびに、
彼の熱が俺の奥に残るたびに――
心まで、彼に染められていくのがわかった。
もう、戻れない。
でも、それでいい。
「愛してる、ユーマ。俺は、ずっと……ずっとあんただけを……」
その声が、やさしくて、でも切実で――
俺の理性は、もうとっくに溶けていた。
「……ガウル……もっと……動いて……」
願うような声でそう囁くと、ガウルは一度だけ目を閉じて、そして静かに腰を動かし始めた。
リズムはゆっくりだった。
ひと突きごとに、奥深くまで届く体温が、俺の中を溶かしていく。
「あっ……う、ぁ……ガウル……っ」
突き上げられるたび、奥の一点が擦られて、腰が勝手に跳ねる。
「そこっ……ぃ、んっ……気持ち……いいの、そこ……」
「ああ……知ってる。ユーマが、甘い声を出す場所……」
耳元で囁かれ、唇が首筋をなぞる。
甘やかな愛撫と、深い結合の熱が、内側から何もかも壊していく。
もう、痛みじゃない。
ただただ、心が痺れるように――
愛されてる。
(……だめだ、俺……もう……っ)
「ひあっ……! んっ、あっ、あ……!」
もう、言葉にならない。
頭の中も、感覚も、全部ガウルにかき乱されて、
ただ溢れ出す声を止められない。
(だめ……だっ、気持ちよすぎて……)
翻弄されるまま、甘い痺れに身を任せるしかなかった。
そして、無意識にナカを締めつけてしまったとき――
「……っ!」
小さく息を呑んだガウルの喉が、震えた。
その直後、彼の腰の動きががらりと変わる。
「くっ……悪い、ユーマ……もう、我慢できない……っ」
次の瞬間、激しく何度も奥を突かれて、
俺は目の前が真っ白になるような感覚に襲われた。
喉から洩れた叫び声とともに、ガウルの熱が脈打つように注ぎ込まれていく。
「やっ……ガ、ガウル……あっ、ああぁっ!」
体の奥が灼けるように熱くなって、
俺も同時に、絶頂へと押し上げられていった。
「っ……あぁ、っ……!」
痙攣する身体を、ガウルは一言も発さずに、ただきつく抱きしめていてくれた。
全てが終わっても、彼の腕は解かれない。
胸に感じる体温と心音が、まるで自分のものみたいに思えて、それだけで、涙が出そうになった。
――いや、実際に零れていた。
頬を伝って落ちたしずくに気づいたガウルが、焦ったように顔を覗き込んでくる。
「ユーマ……っ、……痛かったか……?」
その顔が、どうしようもなく優しくて、まっすぐで――
胸の奥が、またきゅっと締めつけられた。
「……ちが……うよ」
思わず笑ってしまう。
泣きながら笑うなんて、情けないって思うのに、止まらなかった。
あの頃みたいに小さな背中じゃなくなって、
今は俺よりずっと大きくて、あたたかくて――
だけどその胸の奥にある想いだけは、
昔も今も、変わらずまっすぐだった。
ずっと不器用な“好き”を伝えてくれてたのに、ちゃんと向き合おうとしてなかったのは、きっと俺のほうだ。
だからこれは、
あの頃の気持ちとは違う。
「好き」よりもずっと奥のほうで、
ようやく、ちゃんと触れられたんだ。
***
ガウルのユーマへの好意は、正直言ってめちゃくちゃ分かりやすかった。
オレがまだ“チビ”だった時――背も低くて、声も甲高くて、暇さえあればユーマにぎゅっと抱きついてたあの頃は、ユーマにじゃれついても、ガウルは特に何も言わなかった。
けど最近は、ちょっと違う。
オレがユーマの腕を取っただけで、肩を叩いただけで、
ガウルは無表情のまま、ゆっくりと目だけを動かす。
表情は変わらない。けど――
皮膚がピリつくような、“不機嫌”の匂いが漂ってくる。
……たぶん、これ、人間には分からない感覚だと思う。
獣人ってのは、感情を匂いで感じ取る。
喜びは甘い、怒りは鉄のように錆びた匂い。
ガウルのそれは、焚き火の下でじわじわ燻された炭のにおい――
「誰にも触らせたくない」っていう、焼け焦げるような独占欲だ。
オレとアヴィは、森の外れで夜間の見張り中。
夜行性の魔物が出るって話だったけど、今のところ静かなもんだ。
……まあ、静かすぎるのも、それはそれで不気味なんだけど。
夜の空気を胸いっぱいに吸って、オレは枝の先っぽで葉っぱをくるくる回しながら言った。
「ガウル、ちゃんとユーマに好きって言えたかなぁ?」
わざと軽い口調で言ったけど、本音を言えば、ちょっと気になってる。
……いや、ちょっとどころじゃないな。
全く嫉妬してないなんて言ったら、嘘になる。
けど、それ以上に胸にくるのは――やっぱり、心配だ。
ユーマが、ちゃんと笑っていられるかどうか。
……それだけは、どうしても気になってしまうんだ。
アヴィは火の番をしながら、ちらりとこっちを見た。
そして、いつもの穏やかな顔で――まるで何でもないように、こう言った。
「さあ? ……ガウルさんのことだから、無理やり押し倒してるんじゃないですか?」
「……わあ。わりと真顔で言うね、それ」
「……だって、わざわざ僕たちと手を組んでまで、ご主人様と“二人きり”になる機会を作ったんですよ?
まさか何もせずに夜を越すなんて……そんなこと、あると思いますか?」
アヴィは静かに笑ったまま、まるで当たり前のことのように言う。
「ご主人様を“欲しい”って思った時点で、もう共犯なんです。
――欲しいものを手に入れるのに、やり方なんて選べませんよね?」
淡々とした口調なのに、背筋がすっと冷える。
「押し倒すな、なんて……無理な話でしょう? だって、僕たちはずっと我慢してきたんですから」
「……それは、そうだけどさ。ユーマ泣かせるのだけはナシだよ。泣かせたら、オレ、怒るから」
アヴィは微笑んだまま、ひとつ瞬きをする。
その目は――ひどく優しげで、ひどく冷たい。
「……大丈夫ですよ、クーさん。泣かせたりなんかしません。
ただ――泣いて縋りたくなるくらい、僕のものにしたいだけです」
「いや、それもう泣かせにいってるやつじゃん!」
クーのツッコミにも、アヴィはふっと笑った。
その笑みはどこか恍惚としていて、目元には熱を帯びた光が宿る。
「だって……ご主人様が僕の腕の中で涙をこぼすところ、想像してみてください。
弱音も恥も、全部さらけ出して――
僕だけに打ち明けてくれるなら……それだけで、嬉しくてゾクゾクしませんか?」
声はいつも通り穏やかで、言葉選びも丁寧なのに。
その言葉の奥には、“壊す”のではなく“絡め取る”ような、静かな狂気が滲んでいる。
「だから、泣かせるんじゃなくて――
“泣かせてあげる”んです。……優しく、逃げ場も残さずに」
アヴィの言葉が静かに終わるころ、
オレは――思わず、ほんの少しだけ距離を取ってた。
なんか、今の笑顔、めっちゃヤバいの混ざってなかった!?
普段は穏やかで礼儀正しい分、余計に怖い!
オレは決意する。
絶対ユーマを泣かせたりしない。
怖がらせたりもしない。
怒らせもしないし、不安にもさせない。
ユーマが笑ってくれるなら、それでいい。
だからオレは――
「……オレは、ちゃんと優しくするから」
ぽつりと、そう言った。
ほとんど誓いのような、静かな声で。
その隣で、アヴィは相変わらず穏やかに微笑んでいる。
けれど、その笑みに宿る“何か”が、どうしても拭えない。
底の見えないあの瞳に、また、ぞくりと背筋が震えた。
……やっぱり、オレが守らなきゃダメだ。
ユーマの笑顔も、泣き顔も、全部。
オレが――全部、守るんだ。
その瞬間、胸の奥で何かがふつっと灯る音がした。
たぶん今、オレの中の「ヒーロー魂(?)」が、静かに――でも確かに、燃えはじめた気がした。
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