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第27話 幸せの音が、少しうるさい

気がつくと、俺は―― ほんのり温かな湯気に包まれた、広すぎるくらいの浴室の中。 大理石のような床、黄金の蛇口、壁一面に彫られた優雅な紋章。 これ、王城の風呂だよな……?いや、豪華すぎて現実感がない。 「……夢?じゃない。てことは、ここ……」 (なんで全裸で、筋肉嫁3人と入浴してるの俺ーーーー!?!?) 「おはよ〜♡ 気持ちよく目覚めた?」 背後から甘ったるい声とともに、腰に回された腕の感触。 俺の背中は――クーの裸の胸板に、ぴったりくっついていた。 「……え、なにこれ。状況どうなってんの……?」 「ユーマが溺れないように、オレが椅子係♡」 ぴとりと頬を寄せられて、クーの唇が俺の耳をぺろりと舐めた瞬間、ビクッと体が跳ねた。 「ちょ、おまっ、やめ……っ」 「ユーマ〜♡ 一緒にお風呂って最高だね♡」 ご機嫌なクーの声が、真後ろからふわっと耳元にかかる。背中を預けた彼の胸板は、湯に濡れてやたら熱っぽい。しかもその手が、俺の腰のあたりをぬるぬる撫でいて。 「……ちょ、こら。くすぐったいっ……て……」 そう抗議したつもりだったのに、声が妙に甘く抜ける。 気のせいじゃない。指先がやけに“じわっ”としてて、どこ触ってんだよって感じなんだよ!!! さらに横からガウルの指が、頭の上から滑り込んでくる。 泡立てた指先がゆっくりと頭皮を撫で、やがて耳の後ろをぐるりとこすり、耳たぶをつまみ、くすぐるように撫でてきた。 「くっ……ぅあ……っ、耳は……弱いって……!」 「動くな、洗えないだろ」 ガウルの声がやたら低くて、熱を帯びていて、 頭を洗ってるはずなのに、なぜか全身がゾクゾクする。 そして極めつけは―― 「ふふ、ご主人様。力抜いてくださいね」 目の前で無防備に湯船に浸かるアヴィ。 その肌はうっすら湯気に包まれて、しっとり艶めいている。 膝から下を丁寧に撫でるアヴィの指が、やけに“指の腹”で滑ってくる。 足の裏をゆっくりと押されるたび、背筋にぶるりと快感が走った。 「……って、おい……その、指先の角度、絶対マッサージのそれじゃないだろ!?!?」 「いえ、“マッサージ”……ですよ」 確信犯の笑顔で返される中、俺の足の指にそっと唇が触れた。チュッ、と、吸い取るような音。 「ッッッッ!!!!?!」 (待って、ここって本当に“お城”だったよね……!?!? 俺、まさか新宿二丁目の……えっちなお店のVIPルームに迷い込んだとかじゃないよね……!?) だけど体はすっかりあったまって、抵抗する気力も、だんだん溶けていく。 背中に感じるクーの体温も、髪に触れるガウルの指も、アヴィの唇のぬくもりも――全部が気持ちよくて。 三方向から、甘くて熱い愛が降り注ぐ。 理性と羞恥と快楽のトライアングルが、いま再び俺を包囲してきた。 (あ……もう……無理かも……) 「ご主人様……ここ、気持ちいいですか?」 「ユーマ……口、開けろ」 「首筋にチュー、しちゃお♡」 唇が触れる。舌先がすべりこむ。 熱い吐息が、肌をなぞる指先が、深いところまで火を灯していく。 肌と肌が重なる音さえ、どこか甘く、いやらしい。 (やばい、体が……とろける…… このままじゃ、溺れるのは湯じゃなくて――愛……!!) 誰かの手が、太ももをなぞった。 唇が、耳の裏に這って、甘く噛む。 背中から回された腕が、そっと俺の胸元を撫でた。 みんなが、俺を壊さないように愛しながら――でも、逃さないように抱いてくる。 目の奥が熱い。 心も、身体も、蕩けて、ほどけて、深く沈んでいく。 (……ああ、これはもう、搾取じゃない。  俺は今、たしかに――“愛”を注がれてる) 誰かの鼓動。誰かの吐息。 そのすべてが、俺の中でひとつになっていく。 まぶたが重くなってきて、視界がゆらゆらと滲んだ。 ――そして俺は、快楽と愛と安心に包まれながら、微睡みの海へと堕ちていった。 *** ――静かだ。 部屋の中に満ちるのは、心地よい湯上がりの残り香と、ユーマの規則正しい寝息だけ。 俺の腕の中、ユーマがすっぽりと身体を預けて眠っていた。胸板に頬を寄せ、眉間に皺もなく、穏やかな顔で。 ああ……こいつは、本当に、こんなにも無防備に――俺に懐いているんだなと、思う。 その髪に指を落とす。柔らかくて、ちょっとくせっ毛で、撫でるとくすぐったそうに小さく眉が動くのが可愛い。前髪が目にかかっていたから、そっと耳にかけてやった。……まるで子供の寝顔を守るみたいに。 「ユーマ、すごく気持ちよさそうに寝てるね」 クーが俺の肩越しに覗き込み、ユーマの頬をちょんと突いた。 ――やめろ。 思わずその手を軽く払いのける。声が少し荒くなったかもしれない。 「起こすな」 「え~、そんな怒んなくても……ガウル、なんだか嬉しそうだし?」 「……っ、うれしくはない、別に……」 口を突いて出たのは反射だった。 けれど否定したあと、思う。 本当は、こうして抱いていられる時間が――とても、貴重で、尊い。 ……なぜって、それは――当然、こいつらがいるからに決まってる。 「じゃあ僕にご主人様ください。嬉しくないんですよね?」 アヴィがいつもの調子で言ってくる。 こいつは、時々、本気でムカつく。 でも、ユーマに指一本触れさせる気はない。 「……ダメだ。ユーマが起きる」 「ふふ。ほんと素直じゃないですね。……まぁ、今日は譲ってあげますよ」 アヴィがそう言って、左側の枕にふわりと体を預けた。 だが、そいつの視線は――ユーマから、一度たりとも離れていない。 ……まったく、油断も隙もない。 俺は小さく息を吐いて、もう一度、腕の中のユーマを見下ろす。 この寝顔を、誰にも渡したくない――そう思った時にはもう、強く抱きしめていた。 「お前ら、城のやつが他の部屋を用意したんだ。そっちに行け。狭い」 自分でも少し苛立ったような声だったとわかる。 アヴィはスッと目を細め、口元に薄く笑みを浮かべた。 「嫌です。そうやってご主人様を独り占めする気 ですよね?」 図星を突かれて、言葉が詰まる。だが――否定する理由も、もうない気がした。 「そうそう。ガウルってば、ずるい~♡」 クーの茶化す声に、アヴィが小さく笑う。 けれど、俺はそれを無視して、再びユーマの髪を撫でる。 「もうこのまま4人で寝よ? ね?」 「俺はいいけど、落ちるなよ」 「落ちるのはユーマへの恋だけだよ♡」 「……」 筋肉製のベッドの上、三人の愛に包まれながら、ユーマはほんのり目を覚ましかけたが――再び、心地よい熱と圧に包まれて、また夢の中へ。 (……ここ、もしかしてベッドじゃなくて、ガウルだった……) そんな気づきを最後に、甘くて幸せな眠りに沈んでいった。 この眠りを、俺の腕の中で守れるのなら―― 多少の口喧嘩くらい、どうということはない。 僅かな空白を埋めるように、ユーマを胸に抱いたまま、俺は静かに目を閉じた。 *** (……ふぁぁ……) まぶたの裏に、湯気の立つお湯の感触が、まだ残っている気がする。 昨日、ひさしぶりにちゃんとした(?)風呂に入ったせいか、体も心も、軽い。 湯が沸かせる魔道具とか、普通の家じゃまず手が出ない高級品。 ……マジで、王城ってなんでもアリなんだな。規模が違う。 実家を追い出されてからずっと、ろくに湯にも浸かれなかったもんな……。 清拭と水浴びで誤魔化してきたこの一年―― それでも、生きるために仕方なかったけど。 ……けど今は、ちゃんとあったかいお湯があって、柔らかい布団があって。 ぬくもりの中で目を覚ませる朝が、こんなに優しいなんて、忘れてた。 (なんか……お肌も、やたらすべすべしてる気がする……すべす、べ……?) 「……っ!」 視線を感じて顔を上げると――そこには、真顔なのに目が泳ぎまくってるガウルの顔が。 え、何その表情!? っていうか、頬、ほんのり赤くない!? どうした!? ……って、そこでやっと気づいた。 ……俺の左手が、ガウルの胸筋をぐいぐい撫でていた。 「うわあぁぁッ!? ご、ごめん!! ちがっ、無意識! 寝ぼけてただけ!! ていうかなんで俺、ガウルの上で寝てんの!?」 あたふたしながら状況を確認して、絶望。 がっつり密着、完全密着―― いやこれ……ファーストクラスのシート!? ……じゃなくて、ガウルの上……ッ!! しかも俺、熟睡・快眠・たぶんヨダレ付き。 ……はっ。 ま、待て……これ、クーの上でもやらかした前科あるやつじゃん……!? ……これもう、あれだ。俺、完全に筋肉ベッドの虜じゃね? てか商品化してほしい、まである。 そんなことを考えてたら―― 「……よく寝てたな」 低くて甘い声が、耳もとに落ちた。 その瞬間、ガウルの唇が、俺の額にそっと触れてくる。 「っ……!」 驚く間もなく、唇は額から頬、鼻筋、そして――口元へ。 「な、なにしてんだよガウル! ちょ、もう……朝からって……!」 じたばた暴れても、ガウルは筋肉で俺をがっちりホールド。 いやこれ、完全にレスリングの固定技! ガチで動けない! 「……うるさい。あんたが悪い」 「ま、待てってば!! てかこれ毎朝やるルーティンじゃねぇからな!? 心臓に悪いってーの!!」 必死に抗弁しても、ガウルの腕の中じゃ無力。 むしろ反論するほど、抱きしめる腕の力がじわじわ強くなるのはなんで!? 必死にそれに抵抗していたら、そこへ―― 「ガウル、パス♡」 横から、満面の笑みのクーが、両手を広げて“おいで”のポーズで乱入。 「いやおまっ、待てって!! 俺はボールじゃねぇっての!!」 「ふふ、ボールは恋人だよ♡」 クーは俺の頬を両手で包み込み、甘く微笑んだかと思うと―― そのまま、目尻にチュッとキス。 その瞬間、さらに反対側からアヴィの手がスッと伸びてきて、俺の右頬に優しくキスを落とす。 「……ダメですよ、クーさん。左手は添えるだけじゃないと」 「いや、バスケ的に正しいこと言うな!? ていうかだから、俺はボールじゃねぇっての!!!」 顔を左右から包囲され、目を回す俺。 ヤバい、これは完全に甘やかし包囲網……! しかも多方向から!! 俺の理性は今、まるでボールみたいにコロコロ転がされてる。 ……と、そこへ。 いつの間にか部屋にいた、いつもの執事さんが、静かにティーポットを傾けながら、俺たちのカオスな朝を優雅に見守っていた。 目尻の皺にやさしい笑み。 完璧な所作で紅茶を淹れつつ、ほんのりあったかい視線をこちらへ。 ……うん、さすがだな。 数々の修羅場を潜ってきた歴戦の老執事、 筋肉まみれのラブレスリング程度じゃ、まったく動じない。 ――って、感心してる場合か俺!!? おい誰か!! 頼む、もう試合終了してくれ……!! 朝食を摂りながらも、俺はまだ執事さんと目を合わせられずにいた。 ついさっきのアレコレ(主に筋肉関連)が思い出されて、なんかこう……申し訳ないというか、居たたまれないというか。 そんな沈黙の中、執事さんが静かに口を開いた。 「本日の建国記念日の式典ですが、ミシェル王子もご臨席されるそうです。 もしよろしければ、ユーマ様御一行も王子殿下の晴れ姿をご覧になってはいかがでしょう」 「……え!?」 思わず声が裏返る。 ミシェル王子の呪いを解いたのは、つい二日前のことだ。 あれほど衰弱していたのに、もう公務に復帰って……本当に大丈夫なのか!? 「殿下ご本人の強いご希望だそうです。 もともとご体調のせいで食も細く、お顔色も優れない日が続いておりましたが…… 今ではまるで嘘のように、よく召し上がるようになり、顔にも血色が戻りまして」 執事さんはそう言いながら、白いハンカチでそっと目元を押さえた。 「……すべて、ユーマ様のおかげです」 その声に、胸がじんと熱くなる。 ……ああもう。 こういうの、不意打ちで感謝されるのってほんと弱いんだよな、俺……。 でも―― もともと体調が悪かったって話だけど…… ほんとは、王様の弟・ダリオスと、その取り巻き連中に、陰で嫌がらせされてたんじゃないか――そんなふうに、つい邪推してしまう。 王子の体にかかっていた呪いは、確かに命を脅かすほどのものだった。 けれど、本当に王子を縛っていたのはきっと、 呪いだけじゃなくて―― 誰にも頼れず、声もあげられずに耐えていた日々。 そんな心を癒せたのなら、俺の魔法にも、意味があったのかもしれない。 (……王子、元気になってよかったな) 心の奥で、そっと安堵するように思った、そのときだった。 「おじちゃん、おかわりーっ!」 クーがにっこり笑って、元気よく手を挙げた。 声のボリュームも笑顔も全開で、もはや貴族の朝食というより給食の時間である。 「はい、ただいま」 執事さんがにこやかに応じるその横で、俺は思わず心の中で叫んだ。 (いや、そこは少しは遠慮しろぉぉお!?) 内心ツッコミながらも、ほんの少しだけ緩んだ空気に、俺はそっと肩の力を抜いた。 城の正面広場には、朝早くから人々が詰めかけていた。 建国記念日の式典、そしてミシェル王子のご公務復帰―― その晴れ姿を一目見ようと、城下中から老若男女が押し寄せていた。 (……って、ちょっと待って!? 昨日、筋肉嫁×3がぶっ壊した外壁、もう直ってるんだけど!?) まるで何事もなかったかのように、ピカピカに修繕された石壁を見上げて、俺は思わず目を疑った。 あの盛大な崩落跡、どこいった!? 王都の職人、どんだけ優秀なんだよ……。 そんな驚きも冷めやらぬまま、俺たちは民衆の中でも比較的見通しのいい場所に案内された。 視線の先では、城門の上階――王族専用のバルコニーが、静かに人々の注目を集めていた。 そして――城の鐘が、高らかに鳴り響いた。 やがて、グローデン国王が重厚なマントを翻してバルコニーに姿を現した。 金色の無精髭は丁寧に整えられ、その佇まいは堂々とした威厳を放っている。 集まった群衆は自然と静まり返り、 王は沈黙の中に立ち、ゆっくりと演説を始めた。 「我が国が建国より幾星霜(いくせいそう)、今日この日を迎えられたのは―― ここに集う民すべての力と、歩みの積み重ねの賜物である」 重く響く声が、城前の広場に染み渡る。 しかしその声音の中には、確かに温もりと、願いが込められていた。 「そして。 建国の陰には、人知れず命を救い続けた名もなき英雄がいた。 古の“ソウルリターナー”――その志に倣い、 我らは今後も、小さき者、か弱き者を見捨てず、 種族の違いを越えて手を取り合い、差別のない豊かな国を築いていくことを、ここに誓う」 その言葉に、民衆の間からどよめきが起こり、すぐに大きな拍手が広がった。 クーも、アヴィも、ガウルも――誰一人声は発さずとも、真剣なまなざしで王を見つめていた。 そして王は、まっすぐ前を見据えたまま、 静かに、しかし確かに宣言する。 「――本日、我が国と、我が家の新たな始まりを、皆で祝おう」 その右手がゆっくりと掲げられ、広場中から歓声と拍手が湧き上がった。 その直後―― 王の姿は一度バルコニーから引き、 数分後、今度は王妃、王子、王女を伴って、 金と白に彩られた馬車で再び姿を現した。 盛大なファンファーレが鳴り響き、パレードの開始を告げる。 気づけば、広場は完全に人・人・人の海。 「うわ、人多っ……!」 背伸びしたって、跳び跳ねたって、見えるのは前の人の後頭部と王城のバルコニーのごく一部だけ。 (くっそ、パレードってもっとこう、ゆったりしたもんだと思ってた……!) なのに、鼓笛隊の音が鳴り始めるや否や、周囲の熱気が一気に爆発。 「わああ!」「王子だ!」「王妃さまキレー!」って、あっちこっちで歓声が上がる。 「ちょ、ちょっと誰か、今何が通ったの!? 馬!? 馬車!? あ、フラッグ!?!?」 まるで実況なしのラジオを聞いてるみたいな情報量。目からのデータがゼロ。 こうなったら、人混みの隙間から地面の影を見て、推理するしかない……その瞬間。 「うおぁっ………!?!」 パレードの喧騒の中、突然クーに肩車された俺は、あまりの唐突さに思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。 「うわっ!? な、何っ……!?」 「これなら、よく見えるでしょ?」 振り返ることもできず、声だけで笑っているのがわかる。 「え、いや、確かに見えるけど……たっか……! でもちょっと恥ずかしいんだけど!?」 「誰も気にしてないよ♡ ほらユーマ、手ぇ、掴まって?」 言われても、どこに掴まればいいのかわからない。 反射的に手が伸びて、気づけばクーのクマ耳をむにっと掴んでいた。 「……お前のクマ耳、掴まるのにちょうどいい位置にあるな……」 「んふふ、でしょ〜♡」 本人はまんざらでもない様子だし、俺はそのまま、群衆の頭上から王族の行進を見守っていた。 金の装飾を施された馬車がゆっくりと進んでくる。王族の姿が見えるにつれ、群衆の歓声はさらに高まり、空気ごと熱を帯びていく。その熱気だけで、なんだか胸が高鳴ってしまう。 やがて、遠くからでもひときわ目を引く金髪の少年――ミシェル王子がこちらに気づき、柔らかく目を細めて手を振ってくれた。 「……あ」 俺も思わず手を振り返す。胸の奥がじんわりとあたたかくなった、その瞬間―― 今度は王子の隣にいたロゼリア王女が、俺に向かってにこやかに微笑みながら、投げキッスを送ってきた。 その優雅で美しい仕草に、周囲の視線が一斉に惹きつけられる。 ――が、俺の目の前で突然、バチンッと乾いた音が鳴った。 見るとアヴィが、両手を合わせて“何か”をキャッチしている。 「……“魅了(チャーム)”の気配を感じたので」 え、今、王女の投げキッス―― 蚊でも叩き潰すみたいに阻止されたんだけど!? しかもそのまま、掴んだ“何か”を当然のように横にいたガウルへ差し出した。 「はい、ガウルさんに差し上げます」 「…………いらん」 渋々受け取ったガウルは、それを虚空にぽいっと投げ捨てる。 (いやいや、ツッコミどころ多すぎるんだけど!? ていうか今の投げキッス、絶対俺宛てだったよね!?) その間も、俺の混乱などお構いなしに、肩車していたクーがうっとりとした声で囁いてきた。 「オレ今、ユーマの太ももの感触に、魅了されてる……♡」 「今すぐ降ろしてくれーーーーっ!?!?!」 そんな俺の必死な抗議の声も、パレードの華やかな喧騒にあっさりと掻き消されていく。 ――それでも。 筋肉嫁×3に囲まれたこのカオスな日常も、なんだかんだ悪くない。 ……いや、むしろ最近では愛しいとすら思ってしまってるから困る。 王様の堂々たる演説にも、王子の晴れ姿にも、王女の投げキッス(アヴィにより空中阻止)にも、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。 そんな満ち足りた気持ちのまま、俺たちはしばらくの間、目の前を通り過ぎていく華やかなパレードを静かに――いや、騒がしく――見守っていたのだった。

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