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第28話 ひとりじゃない花火

軍事パレードをひと通り見終わったあと、俺たちはそのまま、通り沿いに立ち並ぶ屋台をぶらぶら見て回ることにした。 どの店も華やかな布を張ったテントで、焼きたてのパンやチーズ、香ばしい香りのコカトリスの串焼きに、パチパチと音を立てて焼かれるブルファングのソーセージがずらりと並んでいる。 「うわ……流石、王都の祭り。なんか香りからして高級感ある……!」 チーズはとろけるように滑らかだし、パンは表面カリッ中ふわふわ。 串焼きもソーセージも、肉の旨みだけじゃなく、ハーブや調味料がめちゃくちゃ贅沢に使われてて、いちいち美味い。 ……なにこれ。庶民的な屋台飯のくせに、下手したら王宮の晩餐レベルなんですけど!? 「……うま〜♡ あと5本はいける!」 「クー! 何度も言ってるけど、肉は飲み物じゃないからな!?」 食べ歩きを一通り満喫したあとは、王都中央の噴水広場へ。 そこでは、陽気な音楽隊が演奏するリズミカルな音色に合わせて、老若男女が輪になって踊っていた。 俺たちは噴水の縁に腰掛けて、ほんのり甘い蜂蜜酒を片手に、その光景を眺める。 「……はあ。なんか、久しぶりに“ただの観光客”してるな、俺……」 ふと、横でカランとカップを置く音。 クーがにっこり笑って立ち上がった。 「ねえユーマ、踊ろ♡」 「ええ!? いや、俺、そういうのはちょっと……!」 「大丈夫! こんなの、その場のノリでいいんだよ〜♪」 言うが早いか、手をぐいっと引かれて、気づけば俺は踊りの輪の中に。 「え、ちょ、マジでムリムリ! 足の動かし方とか……あばばばっ!?」 「腕組んで、回るだけ〜♡」 クーと手を取り合って、くるくる、くるくる回る。 そのうち音楽隊のリズムに体が合ってきて、周りの人たちともなんとなく息が合ってきて―― (……あれ。ヤバイ、もしかして……) 酒のせいか? なんか、めっちゃ楽しくなってきた……!!! 広場には光がきらきらと反射して、みんなが笑っていて、風は心地よく吹き抜けていく。 腕の中で無邪気に笑うクーの顔も、くるくると変わる景色も、全部がふわっと浮かび上がるような、不思議な高揚感だった。 アヴィも、ガウルも、クーも――みんなが楽しそうに笑ってる。 (……この時間、ずっと続けばいいのにな) そう思った、そのタイミングで音楽がふっと止んだ。 周囲からはわっと拍手が沸き起こり、クーと手を繋いだまま、アヴィとガウルの元へ戻る。 すると、すぐに次の曲が始まり、軽やかなリズムが再び広場を包み込んだ。 クーは、まるでエスコートでもするかのように俺の手を引き、噴水の縁へと腰掛けさせた。 そして、恭しく頭を垂れると―― 「ユーマ殿、ありがたき幸せ」 まるで貴族の舞踏会にでも招かれたかのような、妙にかしこまった口調とともに、クーはやけに優雅なお辞儀をかましてきた。 思わず吹き出しそうになりながらも、俺もノッてやることにする。 「……どういたしまして、クー殿下」 軽く笑って、座ったままドレスの裾でも摘むような仕草で、ふざけ半分に礼を返す。 「てかほんと、黙ってたら――お忍びで来たどっかの国の王子みたいだよな」 (……まあ、王子にしてはちょっと、いや、だいぶガチムチ寄りだけどな) 俺がなんとなくそう言うと、クーはふわっと微笑んで―― 「そう? じゃあ……ずっと黙ってたら、もっと好きになってくれる?」 なんて、さらっと言ってのける。 思わず“寡黙なクー”を想像してみたけど……いや、ただでさえ図体でかいのに、無言で立ってたらそれホラーじゃね? 深夜の廊下とかで出会ったら絶対叫ぶやつ。 「いや、むしろ……お前のその話し方、チャームポイントだろ。 だから――ずっと、そのままでいてくれよ」 (なんか場も和むし、癒されるし。ちょうどいいんだよな、クーって) そんなつもりで自然に返しただけなのに、クーはちょこんと首を傾けて、とろけるような笑顔で頷いた。 「……うん♡」 ……すると横から、ピシリと乾いた音が。 「ちょっとそこ! 二人の世界に入らないでくださいね」 アヴィのツッコミが、今日いちで冷静だった。 「え、いやいやいや、普通に会話してただけだろ……!?」 戸惑う俺の横で、ガウルが青ざめた顔でぼそりと呟く。 「……待て。あれで“普通”なのか?」 すかさずアヴィが、ぼやくようにため息まじりで言い放つ。 「天然ジゴロにもほどがありますよ……」 「えっ、俺!?」 なぜか俺が断罪された流れに!? 「そう、天然。鈍感。自爆系ジゴロです」 「なんか属性盛られてない!?」 一人あたふたしていると、クーが俺の腕に顔をすり寄せながら、にこにこ笑って言った。 「でもね、ユーマは俺たちだけにジゴロってくれたらいいの♡」 「すでに王子と王女に手ぇ出してますけどね」 「いや、風評被害が酷いんだけど!?!?」 俺のツッコミが響いたところで、また一同が笑い出した。 その笑い声に包まれながら、俺はぼんやりと思う。 ――王族のパレードよりも、式典の荘厳さよりも。 このバカみたいに騒がしくて、温かくて、どうしようもなく愛しい時間こそ、 きっと今の俺にとって、一番の“祝祭”なんだろうな。 噴水の縁に腰掛けて談笑していると、ふいに通りのほうから、聞き慣れた声が飛び込んできた。 「……兄さん!!」 声のほうを振り向けば、人混みの中から駆け寄ってきたのは――弟のリセルだった。 「……リセル!? お前も来てたのか」 まさかこの人混みの中で出くわすとは思わなかったが、そういえば魔法学院は王都内にある。 偶然とはいえ、不思議でもないか。 「一人か?」 「いえ、学院の友人たちと来ていたんですが……兄さんを見かけたので、途中で抜けてきました」 「わざわざ? 俺なんか気にせず楽しんでればよかったのに」 「でも……兄さんの様子が、ちょっと気になったので」 そう言って、リセルはちらりと俺の左右に視線を移す。 そして、ガウルたちの姿を確認すると、少しだけ腰を引き気味に――けれど、きちんと礼をした。 「あ、あの……お久しぶりです。兄が、いつもお世話になっております」 するとクーが満面の笑みで応じた。 「お世話してま〜す♡」 ふいに、ガウルがすっと立ち上がった。 「ユーマ。俺たち、ちょっとその辺ぶらついてくる」 「え、え? 今?」 「アヴィ、クー、行くぞ」 「はい」「はーい♪」 二人を引き連れて、あっという間に人混みの中へと消えていく。 ポカンとしていると、隣でリセルが小さく笑った。 「……ごめんなさい、兄さん。なんだか気を遣わせちゃったみたいで……」 「いやいや、気にすんなって。――ほら、ここ座れよ」 そう言って、自分の隣をポンと叩き、リセルに笑いかける。 「まさか兄さんがいるとは思いませんでした」 「いや実はさ、あれからいろいろあってさ――」 リセルが遠慮がちに腰を下ろすのを待ちながら、俺はこれまでの経緯を、ざっくりとかいつまんで話して聞かせた。 王子のこと。 気づいたら城のベッドで寝ていたこと。 なぜかガウルたちが王様に気に入られて、王都で暮らすことになったこと――。 リセルは静かに頷きながら耳を傾けていたが、やがて、ふいに目頭を押さえると、堪えきれないようにぽろぽろと涙をこぼし始めた。 「……そうですか。兄さんが、宮廷魔道士に……」 「いやいや、そんな大げさなもんじゃないって! どっちかっていうと、非常勤とか、バイト枠みたいなやつだから!」 慌てて訂正すると、リセルは涙をぬぐいながら、ふわりと笑った。 「……でも、兄さんの魔法が、国王陛下に認められたってことでしょう? 僕……本当に、うれしいです」 リセルの目元には、まだうっすらと涙の跡が残っている。 そんな顔を見ていたら、なんだかこっちまで照れくさくなってきて―― 「……リセル。でもさ。 元をたどれば、お前が色々動いてくれたから、今の俺があるんだと思う。 だから……ありがとな」 ぽつりとそう伝えると、リセルはそっと目を伏せながら、小さく首を振った。 「……いえ。僕は、ただ――兄さんの力を信じていただけです」 「あー……そのことなんだけどさ、リセル。 俺が“ソウルリターナー”だってこと――これは、父さんにも母さんにも内緒にしておいてほしいんだ。身内にすら口外禁止って言われててさ。 まあ、リセルは最初から知ってたから、例外ってことで」 するとリセルは、きゅっと背筋を伸ばして頷いた。 「……はい。わかってます。学院の先生からも、そう言われてますので」 「おお、頼もしいな。さすがは俺の弟だ」 俺は残りの蜂蜜酒をくいっと飲み干した。 「家が決まって落ち着いたら、また手紙くださいね」 そう言ってリセルが立ち上がる。俺もつられて腰を上げた。 「ああ。また、遊びに来てくれよ」 「……はい。――あ……」 ふいに何かに気付いたように、リセルが俺の背後を見上げる。 「……話は済んだのか?」 振り返ると、いつの間にかガウルたちが戻ってきていて、俺のすぐ後ろに立っていた。 「はい。兄を貸してくれてありがとうございました。おかげで、ゆっくり話ができました」 「別に貸した覚えはない」 ガウルのぶっきらぼうな返しに、リセルは小さく笑って肩をすくめた。そして俺に向き直って、手を振る。 「じゃあ、またね兄さん。建国祭、楽しんで」 「ああ。リセルもな」 俺も手を振り返し、彼が人混みに消えていくのを見送った。 すると、アヴィが俺の隣でふわりと口を開く。 「ご主人様。このあと、どうしますか?」 「そうだな……建国祭の賑わいにちょっと浮かれすぎて、少し疲れたかも。いったん城に戻って休――」 言いかけたところで、ガウルが不意に俺をヒョイと抱きかかえた。 「はっ!?」 「いったん城に戻るんだろ?」 「いや、そうだけど……お姫様抱っこで戻る必要ある!?」 「疲れてるんだろ?」 「疲れてるけども!? そもそもその疲れ、お前ら発端だからな!?!?」 「だから今、こうしてる」 「いや、そうじゃなくて! もっとこう、反省とか、自粛とか、ないの!?」 そんな俺の抗議をよそに、ニコニコ顔で並んで歩くクー、微笑んでるアヴィ、そして満足そうなガウル。 俺は悟った。 ――ああ、もうダメだ。筋肉嫁が三人いる時点で、常識なんて最初から負けてる。 こうして俺は、音楽隊の演奏を背に、筋肉の抱擁で宙を舞いながら、建国祭の喧騒からフェードアウトしていった――。 城へ戻った俺たちは、なぜかさっきの客室じゃなく、やたら広い部屋に案内された。 なんかすでに嫌な予感がするんですけど……? そして案の定、そこには―― キングサイズの天蓋ベッドが、二台。 しかもぴったり、仲良く、くっつけて並んでるってどういうこと!? 「……ちょ、執事さん? これ、絶対なんかおかしくないですか!?」 慌てて振り返ると、執事さんは孫を見守るような穏やかな笑みでただ頷くだけだった。 その意味ありげな微笑みに、俺は頭を抱えるしかなかった。 そんな謎の計らいに戸惑いつつも、執事さんが淹れてくれたハーブティーにそっと口をつける。 飲み慣れない味だけど、ヨモギのような素朴な風味がどこか懐かしくて――胸の奥がふっと和らぐような、そんな味だった。 カップ片手に、バルコニーに出た俺は、そこから城下町を見下ろした。 日はすっかり暮れていて、街には建国祭の灯りがきらめき、人々の笑い声と音楽が、どこか遠くから聞こえてくる。 バルコニーの手すりにもたれて振り返ると、部屋の中ではクーとアヴィが、チェスに似たボードゲームに興じていた。 アヴィがひとつひとつ丁寧にルールを説明していて、それをクーが真剣な顔で聞いている。 「……それ、リセルと昔よくやったなぁ」 「ねぇ、これってユーマがいつも言ってる“囲碁”?」 「いや、それはどっちかというと“将棋”だな」 「しょーぎ?」 首をかしげたクーに、俺は笑いながら簡単に説明する。 「囲碁ってのは、石を置いて“陣地取り”する遊び。将棋は、“王様のコマ”を最後まで守りながら、相手の王様をつかまえたら勝ち。 ……だからそれは、たぶん将棋に近いやつだ」 「ふーん。じゃあ……これがユーマなんだ」 クーは一番でかいキングの駒を手に取り、なぜか嬉しそうに胸に抱え―― 「よしっ、ユーマはぜったい守る! そしてアヴィに勝つ!」 「……ふふ、それならこちらも全力でいきますよ。奪い取ってみせます、ご主人様を」 アヴィが不敵に微笑み、こめかみを押さえたその瞬間、すでにクーは盤面を見ずに情熱だけで駒を動かし始めていた。 勝手に俺が駒扱いされてるのはともかく、なんだかんだで仲良いなあ……と、思わず頬がゆるむ。 微笑ましいその光景を眺めていると、ガウルがバルコニーに出てきていた。 無言で俺の隣に立つと、部屋の様子を見てひと言。 「勝敗は見る前から決まってるな」 「だよな……」 たぶんアヴィが勝つ。でも一番楽しんでるのは間違いなくクーだ。 「今さらなんだけどさ、ガウル。……よく俺がこの城にいるってわかったな」 あの街からここまで、少なく見積もっても三十キロはある。 いくらガウルでも、その距離を魔法で転移してきたら、さすがに匂いなんて辿れないだろ……と思って聞いてみた。 すると一拍置いて、ガウルはポケットから例の“魔法陣の描かれた紙切れ”を無言で取り出した。 ……ああ、それか。 聞けば、王都の検問は壁を越えて突破してきたらしい。 さらに城の外壁も乗り越えようとしたものの、魔法の防御結界に阻まれて断念。 結果――魔法結界ごと壁を破壊するという、強硬手段に及んだらしい。 もはや脳筋の域を超えてる。 「無茶するなあ……」 思わず苦笑しながら、俺は天を仰いだ。 「仕方ないだろ。そうでもしなきゃ……二度とあんたに会えない気がしてたからな」 ガウルは真っ直ぐに俺を見つめてくる。 その一言だけで、俺は何も返せなくなってしまった。 「……無事で、よかった」 静かに伸びてきた指先が、そっと俺の髪を撫でる。 その温もりが、まるで心に直接触れてくるみたいで――俺は思わず、視線を逸らした。 (――やばい、今の俺、絶対耳まで真っ赤だ……!) 「……ま、まあ! 経緯はともかく、探しに来てくれてありがとなっ!!」 勢い任せでそう言うと、ガウルは微笑んで、ふっと俺の頬に手を添える。 「礼なんかいらない。俺の居場所は、ずっとあんたのそばだから」 「~~~ッ!!」 ……もうダメだ。いつまで経っても慣れない。 だって、前世の俺は恋人ゼロ。清らかな体(童貞)のまま孤独死した男だぞ!? そんな俺が、こんなセリフを正面から食らって、まともでいられるはずがない。 思考回路も、乙女回路も、ショート寸前だ。 むず痒さに耐えきれず、俺は無理やり話題をそらした。 「……そ、そういえばさ。明日オロとの約束の日だったよな。会って伝えないと。王様が、魔法省のあの施設の件、協力してくれるって――」 「ああ。それなら俺が行ってくる。ユーマはここで、クーとアヴィと一緒に待っててくれ」 「え、でも……」 「王に呼ばれるかもしれないだろ? だから、あんたは動かないでいい。……俺が全部、やってくる」 「…………」 強引だけど、優しい。 どこまでも俺を大事にしてくれてるって、伝わる。 「……うん。じゃあ、よろしくな、ガウル」 「ああ」 その時――ヒューッという音と共に、夜空に大輪の花火が咲いた。 「っ……ガウル、花火……!」 思わず声を上げて彼の方を振り向いた、その瞬間。 パッと夜空が彩られ、 光のきらめきが舞う中――ふわりと、唇に温かくてやさしい感触が触れた。 「……っ!?」 時が止まったような感覚。 胸の奥がぎゅっと詰まって、息を吸うのも忘れる。 「……ほら、始まったぞ」 花火の音にかき消されそうな声で、ガウルがくすりと笑った。 その横顔が、妙に満足げで悔しい。 言葉を返す間もなく背後で気配が動いた。 アヴィとクーがバルコニーへと身を乗り出し、ちゃっかり俺の背後を陣取ったアヴィが、腕をそっと回してきた。 「これが花火ですか……まるで光の雨ですね」 「わあ〜、すごいきらきらしてる〜♡ ユーマ、すごいね! 見て、色が変わったよ!」 クーがはしゃぎながら、俺の袖を引っ張る。 空から降り注ぐ光はまるで夢みたいで、 真下から見上げる花火は、音まで胸に響いてくるようだった。 二日前――あの夜は、一人きりで、遠くの空に目を凝らしていた。 けれど今は、三人の腕の中で、賑やかな光と優しいぬくもりに包まれている。 たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しくて―― 「……あのときは、遠くて……届かなかったな」 ポツリと呟いた俺に、アヴィがそっと頬を寄せて囁く。 「今は、ちゃんと傍にいますよ」 その言葉が、胸の奥まで優しく染み渡っていく。 (……大丈夫。今度は、もう、ひとりじゃない) 近く、またひとつ、花火が夜空を染めた。 その光に照らされた横顔たちが、少し滲んで見えたのは―― きっと気のせいじゃない。

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