28 / 39
第28話 ひとりじゃない花火
軍事パレードをひと通り見終わったあと、俺たちはそのまま、通り沿いに立ち並ぶ屋台をぶらぶら見て回ることにした。
どの店も華やかな布を張ったテントで、焼きたてのパンやチーズ、香ばしい香りのコカトリスの串焼きに、パチパチと音を立てて焼かれるブルファングのソーセージがずらりと並んでいる。
「うわ……流石、王都の祭り。なんか香りからして高級感ある……!」
チーズはとろけるように滑らかだし、パンは表面カリッ中ふわふわ。
串焼きもソーセージも、肉の旨みだけじゃなく、ハーブや調味料がめちゃくちゃ贅沢に使われてて、いちいち美味い。
……なにこれ。庶民的な屋台飯のくせに、下手したら王宮の晩餐レベルなんですけど!?
「……うま〜♡ あと5本はいける!」
「クー! 何度も言ってるけど、肉は飲み物じゃないからな!?」
食べ歩きを一通り満喫したあとは、王都中央の噴水広場へ。
そこでは、陽気な音楽隊が演奏するリズミカルな音色に合わせて、老若男女が輪になって踊っていた。
俺たちは噴水の縁に腰掛けて、ほんのり甘い蜂蜜酒を片手に、その光景を眺める。
「……はあ。なんか、久しぶりに“ただの観光客”してるな、俺……」
ふと、横でカランとカップを置く音。
クーがにっこり笑って立ち上がった。
「ねえユーマ、踊ろ♡」
「ええ!? いや、俺、そういうのはちょっと……!」
「大丈夫! こんなの、その場のノリでいいんだよ〜♪」
言うが早いか、手をぐいっと引かれて、気づけば俺は踊りの輪の中に。
「え、ちょ、マジでムリムリ! 足の動かし方とか……あばばばっ!?」
「腕組んで、回るだけ〜♡」
クーと手を取り合って、くるくる、くるくる回る。
そのうち音楽隊のリズムに体が合ってきて、周りの人たちともなんとなく息が合ってきて――
(……あれ。ヤバイ、もしかして……)
酒のせいか? なんか、めっちゃ楽しくなってきた……!!!
広場には光がきらきらと反射して、みんなが笑っていて、風は心地よく吹き抜けていく。
腕の中で無邪気に笑うクーの顔も、くるくると変わる景色も、全部がふわっと浮かび上がるような、不思議な高揚感だった。
アヴィも、ガウルも、クーも――みんなが楽しそうに笑ってる。
(……この時間、ずっと続けばいいのにな)
そう思った、そのタイミングで音楽がふっと止んだ。
周囲からはわっと拍手が沸き起こり、クーと手を繋いだまま、アヴィとガウルの元へ戻る。
すると、すぐに次の曲が始まり、軽やかなリズムが再び広場を包み込んだ。
クーは、まるでエスコートでもするかのように俺の手を引き、噴水の縁へと腰掛けさせた。
そして、恭しく頭を垂れると――
「ユーマ殿、ありがたき幸せ」
まるで貴族の舞踏会にでも招かれたかのような、妙にかしこまった口調とともに、クーはやけに優雅なお辞儀をかましてきた。
思わず吹き出しそうになりながらも、俺もノッてやることにする。
「……どういたしまして、クー殿下」
軽く笑って、座ったままドレスの裾でも摘むような仕草で、ふざけ半分に礼を返す。
「てかほんと、黙ってたら――お忍びで来たどっかの国の王子みたいだよな」
(……まあ、王子にしてはちょっと、いや、だいぶガチムチ寄りだけどな)
俺がなんとなくそう言うと、クーはふわっと微笑んで――
「そう? じゃあ……ずっと黙ってたら、もっと好きになってくれる?」
なんて、さらっと言ってのける。
思わず“寡黙なクー”を想像してみたけど……いや、ただでさえ図体でかいのに、無言で立ってたらそれホラーじゃね? 深夜の廊下とかで出会ったら絶対叫ぶやつ。
「いや、むしろ……お前のその話し方、チャームポイントだろ。
だから――ずっと、そのままでいてくれよ」
(なんか場も和むし、癒されるし。ちょうどいいんだよな、クーって)
そんなつもりで自然に返しただけなのに、クーはちょこんと首を傾けて、とろけるような笑顔で頷いた。
「……うん♡」
……すると横から、ピシリと乾いた音が。
「ちょっとそこ! 二人の世界に入らないでくださいね」
アヴィのツッコミが、今日いちで冷静だった。
「え、いやいやいや、普通に会話してただけだろ……!?」
戸惑う俺の横で、ガウルが青ざめた顔でぼそりと呟く。
「……待て。あれで“普通”なのか?」
すかさずアヴィが、ぼやくようにため息まじりで言い放つ。
「天然ジゴロにもほどがありますよ……」
「えっ、俺!?」
なぜか俺が断罪された流れに!?
「そう、天然。鈍感。自爆系ジゴロです」
「なんか属性盛られてない!?」
一人あたふたしていると、クーが俺の腕に顔をすり寄せながら、にこにこ笑って言った。
「でもね、ユーマは俺たちだけにジゴロってくれたらいいの♡」
「すでに王子と王女に手ぇ出してますけどね」
「いや、風評被害が酷いんだけど!?!?」
俺のツッコミが響いたところで、また一同が笑い出した。
その笑い声に包まれながら、俺はぼんやりと思う。
――王族のパレードよりも、式典の荘厳さよりも。
このバカみたいに騒がしくて、温かくて、どうしようもなく愛しい時間こそ、
きっと今の俺にとって、一番の“祝祭”なんだろうな。
噴水の縁に腰掛けて談笑していると、ふいに通りのほうから、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「……兄さん!!」
声のほうを振り向けば、人混みの中から駆け寄ってきたのは――弟のリセルだった。
「……リセル!? お前も来てたのか」
まさかこの人混みの中で出くわすとは思わなかったが、そういえば魔法学院は王都内にある。
偶然とはいえ、不思議でもないか。
「一人か?」
「いえ、学院の友人たちと来ていたんですが……兄さんを見かけたので、途中で抜けてきました」
「わざわざ? 俺なんか気にせず楽しんでればよかったのに」
「でも……兄さんの様子が、ちょっと気になったので」
そう言って、リセルはちらりと俺の左右に視線を移す。
そして、ガウルたちの姿を確認すると、少しだけ腰を引き気味に――けれど、きちんと礼をした。
「あ、あの……お久しぶりです。兄が、いつもお世話になっております」
するとクーが満面の笑みで応じた。
「お世話してま〜す♡」
ふいに、ガウルがすっと立ち上がった。
「ユーマ。俺たち、ちょっとその辺ぶらついてくる」
「え、え? 今?」
「アヴィ、クー、行くぞ」
「はい」「はーい♪」
二人を引き連れて、あっという間に人混みの中へと消えていく。
ポカンとしていると、隣でリセルが小さく笑った。
「……ごめんなさい、兄さん。なんだか気を遣わせちゃったみたいで……」
「いやいや、気にすんなって。――ほら、ここ座れよ」
そう言って、自分の隣をポンと叩き、リセルに笑いかける。
「まさか兄さんがいるとは思いませんでした」
「いや実はさ、あれからいろいろあってさ――」
リセルが遠慮がちに腰を下ろすのを待ちながら、俺はこれまでの経緯を、ざっくりとかいつまんで話して聞かせた。
王子のこと。
気づいたら城のベッドで寝ていたこと。
なぜかガウルたちが王様に気に入られて、王都で暮らすことになったこと――。
リセルは静かに頷きながら耳を傾けていたが、やがて、ふいに目頭を押さえると、堪えきれないようにぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「……そうですか。兄さんが、宮廷魔道士に……」
「いやいや、そんな大げさなもんじゃないって! どっちかっていうと、非常勤とか、バイト枠みたいなやつだから!」
慌てて訂正すると、リセルは涙をぬぐいながら、ふわりと笑った。
「……でも、兄さんの魔法が、国王陛下に認められたってことでしょう? 僕……本当に、うれしいです」
リセルの目元には、まだうっすらと涙の跡が残っている。
そんな顔を見ていたら、なんだかこっちまで照れくさくなってきて――
「……リセル。でもさ。
元をたどれば、お前が色々動いてくれたから、今の俺があるんだと思う。
だから……ありがとな」
ぽつりとそう伝えると、リセルはそっと目を伏せながら、小さく首を振った。
「……いえ。僕は、ただ――兄さんの力を信じていただけです」
「あー……そのことなんだけどさ、リセル。
俺が“ソウルリターナー”だってこと――これは、父さんにも母さんにも内緒にしておいてほしいんだ。身内にすら口外禁止って言われててさ。
まあ、リセルは最初から知ってたから、例外ってことで」
するとリセルは、きゅっと背筋を伸ばして頷いた。
「……はい。わかってます。学院の先生からも、そう言われてますので」
「おお、頼もしいな。さすがは俺の弟だ」
俺は残りの蜂蜜酒をくいっと飲み干した。
「家が決まって落ち着いたら、また手紙くださいね」
そう言ってリセルが立ち上がる。俺もつられて腰を上げた。
「ああ。また、遊びに来てくれよ」
「……はい。――あ……」
ふいに何かに気付いたように、リセルが俺の背後を見上げる。
「……話は済んだのか?」
振り返ると、いつの間にかガウルたちが戻ってきていて、俺のすぐ後ろに立っていた。
「はい。兄を貸してくれてありがとうございました。おかげで、ゆっくり話ができました」
「別に貸した覚えはない」
ガウルのぶっきらぼうな返しに、リセルは小さく笑って肩をすくめた。そして俺に向き直って、手を振る。
「じゃあ、またね兄さん。建国祭、楽しんで」
「ああ。リセルもな」
俺も手を振り返し、彼が人混みに消えていくのを見送った。
すると、アヴィが俺の隣でふわりと口を開く。
「ご主人様。このあと、どうしますか?」
「そうだな……建国祭の賑わいにちょっと浮かれすぎて、少し疲れたかも。いったん城に戻って休――」
言いかけたところで、ガウルが不意に俺をヒョイと抱きかかえた。
「はっ!?」 「いったん城に戻るんだろ?」
「いや、そうだけど……お姫様抱っこで戻る必要ある!?」
「疲れてるんだろ?」
「疲れてるけども!? そもそもその疲れ、お前ら発端だからな!?!?」
「だから今、こうしてる」
「いや、そうじゃなくて! もっとこう、反省とか、自粛とか、ないの!?」
そんな俺の抗議をよそに、ニコニコ顔で並んで歩くクー、微笑んでるアヴィ、そして満足そうなガウル。
俺は悟った。
――ああ、もうダメだ。筋肉嫁が三人いる時点で、常識なんて最初から負けてる。
こうして俺は、音楽隊の演奏を背に、筋肉の抱擁で宙を舞いながら、建国祭の喧騒からフェードアウトしていった――。
城へ戻った俺たちは、なぜかさっきの客室じゃなく、やたら広い部屋に案内された。
なんかすでに嫌な予感がするんですけど……?
そして案の定、そこには――
キングサイズの天蓋ベッドが、二台。
しかもぴったり、仲良く、くっつけて並んでるってどういうこと!?
「……ちょ、執事さん? これ、絶対なんかおかしくないですか!?」
慌てて振り返ると、執事さんは孫を見守るような穏やかな笑みでただ頷くだけだった。
その意味ありげな微笑みに、俺は頭を抱えるしかなかった。
そんな謎の計らいに戸惑いつつも、執事さんが淹れてくれたハーブティーにそっと口をつける。
飲み慣れない味だけど、ヨモギのような素朴な風味がどこか懐かしくて――胸の奥がふっと和らぐような、そんな味だった。
カップ片手に、バルコニーに出た俺は、そこから城下町を見下ろした。
日はすっかり暮れていて、街には建国祭の灯りがきらめき、人々の笑い声と音楽が、どこか遠くから聞こえてくる。
バルコニーの手すりにもたれて振り返ると、部屋の中ではクーとアヴィが、チェスに似たボードゲームに興じていた。
アヴィがひとつひとつ丁寧にルールを説明していて、それをクーが真剣な顔で聞いている。
「……それ、リセルと昔よくやったなぁ」
「ねぇ、これってユーマがいつも言ってる“囲碁”?」
「いや、それはどっちかというと“将棋”だな」
「しょーぎ?」
首をかしげたクーに、俺は笑いながら簡単に説明する。
「囲碁ってのは、石を置いて“陣地取り”する遊び。将棋は、“王様のコマ”を最後まで守りながら、相手の王様をつかまえたら勝ち。
……だからそれは、たぶん将棋に近いやつだ」
「ふーん。じゃあ……これがユーマなんだ」
クーは一番でかいキングの駒を手に取り、なぜか嬉しそうに胸に抱え――
「よしっ、ユーマはぜったい守る! そしてアヴィに勝つ!」
「……ふふ、それならこちらも全力でいきますよ。奪い取ってみせます、ご主人様を」
アヴィが不敵に微笑み、こめかみを押さえたその瞬間、すでにクーは盤面を見ずに情熱だけで駒を動かし始めていた。
勝手に俺が駒扱いされてるのはともかく、なんだかんだで仲良いなあ……と、思わず頬がゆるむ。
微笑ましいその光景を眺めていると、ガウルがバルコニーに出てきていた。
無言で俺の隣に立つと、部屋の様子を見てひと言。
「勝敗は見る前から決まってるな」
「だよな……」
たぶんアヴィが勝つ。でも一番楽しんでるのは間違いなくクーだ。
「今さらなんだけどさ、ガウル。……よく俺がこの城にいるってわかったな」
あの街からここまで、少なく見積もっても三十キロはある。
いくらガウルでも、その距離を魔法で転移してきたら、さすがに匂いなんて辿れないだろ……と思って聞いてみた。
すると一拍置いて、ガウルはポケットから例の“魔法陣の描かれた紙切れ”を無言で取り出した。
……ああ、それか。
聞けば、王都の検問は壁を越えて突破してきたらしい。
さらに城の外壁も乗り越えようとしたものの、魔法の防御結界に阻まれて断念。
結果――魔法結界ごと壁を破壊するという、強硬手段に及んだらしい。
もはや脳筋の域を超えてる。
「無茶するなあ……」
思わず苦笑しながら、俺は天を仰いだ。
「仕方ないだろ。そうでもしなきゃ……二度とあんたに会えない気がしてたからな」
ガウルは真っ直ぐに俺を見つめてくる。
その一言だけで、俺は何も返せなくなってしまった。
「……無事で、よかった」
静かに伸びてきた指先が、そっと俺の髪を撫でる。
その温もりが、まるで心に直接触れてくるみたいで――俺は思わず、視線を逸らした。
(――やばい、今の俺、絶対耳まで真っ赤だ……!)
「……ま、まあ! 経緯はともかく、探しに来てくれてありがとなっ!!」
勢い任せでそう言うと、ガウルは微笑んで、ふっと俺の頬に手を添える。
「礼なんかいらない。俺の居場所は、ずっとあんたのそばだから」
「~~~ッ!!」
……もうダメだ。いつまで経っても慣れない。
だって、前世の俺は恋人ゼロ。清らかな体(童貞)のまま孤独死した男だぞ!?
そんな俺が、こんなセリフを正面から食らって、まともでいられるはずがない。
思考回路も、乙女回路も、ショート寸前だ。
むず痒さに耐えきれず、俺は無理やり話題をそらした。
「……そ、そういえばさ。明日オロとの約束の日だったよな。会って伝えないと。王様が、魔法省のあの施設の件、協力してくれるって――」
「ああ。それなら俺が行ってくる。ユーマはここで、クーとアヴィと一緒に待っててくれ」
「え、でも……」
「王に呼ばれるかもしれないだろ? だから、あんたは動かないでいい。……俺が全部、やってくる」
「…………」
強引だけど、優しい。
どこまでも俺を大事にしてくれてるって、伝わる。
「……うん。じゃあ、よろしくな、ガウル」
「ああ」
その時――ヒューッという音と共に、夜空に大輪の花火が咲いた。
「っ……ガウル、花火……!」
思わず声を上げて彼の方を振り向いた、その瞬間。
パッと夜空が彩られ、
光のきらめきが舞う中――ふわりと、唇に温かくてやさしい感触が触れた。
「……っ!?」
時が止まったような感覚。
胸の奥がぎゅっと詰まって、息を吸うのも忘れる。
「……ほら、始まったぞ」
花火の音にかき消されそうな声で、ガウルがくすりと笑った。
その横顔が、妙に満足げで悔しい。
言葉を返す間もなく背後で気配が動いた。
アヴィとクーがバルコニーへと身を乗り出し、ちゃっかり俺の背後を陣取ったアヴィが、腕をそっと回してきた。
「これが花火ですか……まるで光の雨ですね」
「わあ〜、すごいきらきらしてる〜♡ ユーマ、すごいね! 見て、色が変わったよ!」
クーがはしゃぎながら、俺の袖を引っ張る。
空から降り注ぐ光はまるで夢みたいで、
真下から見上げる花火は、音まで胸に響いてくるようだった。
二日前――あの夜は、一人きりで、遠くの空に目を凝らしていた。
けれど今は、三人の腕の中で、賑やかな光と優しいぬくもりに包まれている。
たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しくて――
「……あのときは、遠くて……届かなかったな」
ポツリと呟いた俺に、アヴィがそっと頬を寄せて囁く。
「今は、ちゃんと傍にいますよ」
その言葉が、胸の奥まで優しく染み渡っていく。
(……大丈夫。今度は、もう、ひとりじゃない)
近く、またひとつ、花火が夜空を染めた。
その光に照らされた横顔たちが、少し滲んで見えたのは――
きっと気のせいじゃない。
ともだちにシェアしよう!

