29 / 39

第29話 ニャス大会からの大変身!俺たち、秘密作戦やるってよ

アヴィとクーが遊んでいたチェスのようなボードゲームは、この異世界では「ニャス」と呼ばれている。 なぜかというと、駒がすべて猫の形をしているからだ。(なんだそれ、可愛いかよ) 実家にいた頃は、よくリセルと対戦してた。 ルールはチェスとまったく同じ。だけど、この世界では猫耳のキングが盤上を統べている。 そして――花火が終わった直後、なぜか突如として始まったのがニャス大会だった。 きっかけは、クーのひと言。 「ユーマに勝ったら、ユーマに“なんでもお願い”できるのって、どう?」 「おいおい、そう来るか……。じゃあ、俺が全勝したら、お前らちゃんと俺の言うこと聞けよ?」 囲碁もニャスも、勝つには“先を読む”力が要る。 俺は囲碁で鍛えた読みを、そのまま盤上の猫耳キングたちにぶつけた。 結果――ノーハンデで俺の3戦3勝。 アヴィは肩を落とし、ガウルは耳をしょんぼりと垂らし、クーは負けてもどこか満足げににこにこしている。 あまりにボコボコにしすぎて、さすがに可哀想になってきた。 「ほら、次はこれ。俺はナイト――いや、“ニャイト”抜きの駒落ちでやってやるよ。もう1戦ずつ、いくか?」 「やるー!」 クーが元気よく手を挙げる。他の二人も、すっかりやる気だ。 ハンデありとはいえ、クーとの対局は完封勝ち。 続くガウル戦は予想外に白熱したけれど――なんとか俺の勝ち。 ガウルの直感的な攻め方、あれはあれでなかなか厄介だった。 そして最後に残ったのは、やたら真剣な顔のアヴィだった。 「……僕が勝ったら、本当にご主人様が“なんでも”お願い聞いてくれるんですよね?」 「お、おう。常識の範囲内なら……な?」 「分かりました」 そう答えたアヴィは、一瞬だけにこっと笑い、それからすぐに盤面を見つめて真顔に戻った。 やばい。この顔――ガチのやつだ。 “ニャイト”がニャい、いや無い状態のこちらは、正直かなり不利。ほんのわずかな油断すら命取りになる。 アヴィとの対局は、序盤から完全な神経戦。 言葉を交わす余裕もなく、ただ静かに読み合いと牽制を重ねていく、まるで盤上の戦争だった。 たぶん、地頭の良さと頭の回転の速さでは俺以上だ。 でも―― 「……ニャックメイト」 ぎりぎりの勝負。心の中で安堵の息を吐く。 危なかった。たぶんあと2手で逆転されてた。 「……参りました」 アヴィは静かに駒を戻しながら、素直に頭を下げた。悔しそうだけど、納得もしている表情だった。 「惜しかったな。でもな、アヴィ。終盤、ここで“ニャビショップ”を引かずに“ニャウン”を前に出したろ? あれで、右側の守りが手薄になった」 俺が盤面を指差して説明すると、アヴィはすぐに思い返して、ハッと目を見開いた。 「……なるほど。確かに、あそこが崩れたのはその後でした」 「そうそう。駒の交換が続くと焦って攻めたくなるけど、持ち駒の連携が切れると一気に崩れるからな。欲張りすぎたらアウトだ」 「……勉強になります。次は、勝ちます」 アヴィは静かに微笑んだ。 それは穏やかで、けれど確かに――火が灯った瞳だった。 「あんまり本気出されると、今度は俺が負けそうだな……」 対局を眺めていたクーが、ふと首を傾げる。 「アヴィは、ユーマに何をお願いするつもりだったの?」 問われたアヴィは、ゆるやかに顔を上げ、唇の端に薄い笑みを刻んだ。 「……ふふ、知りたいですか?」 「クー、それ……なんか聞いちゃいけないやつな気がするから、そっとしておこう」 「どうせろくでもないことだ」 ガウルが吐き捨てるように言う。 だがアヴィの笑みは揺らがない。 まるで、すでに願いが叶ってしまったかのように――静かで、満ち足りていた。 ……マジで勝ててよかった。 次に戦う時は、覚悟して挑んだ方がいい。 命を取られるわけじゃない。 でも、それ以外たぶん――全部、持っていかれる。 「……完敗だな」 「ということで、ご主人様の“お願い”、僕らが叶える側ですね」 「ユーマのお願いなら、なんでも聞いちゃうよ♡」 ――あ、そういえば何も考えてなかった。 「……と、とりあえず保留ってことで……?」 「えー。キスでも、抱っこでも、エッチなことでも、何でもしてあげたのに♡」 「いやそれ全部お前の願望だろッ!?!?」 「えへへっ、バレちゃった♡」 ツッコむ暇もなく、クーが「次はこれだよ!」と嬉しそうに、4人で遊べる“ルドー”のようなボードゲームを持ち出してきた。 そのままの勢いで、わちゃわちゃと今度はルドー対決が始まっていく。 クーは目を輝かせながら駒を並べ、ガウルはルールブックを真剣に読み込み、アヴィはさりげなく有利な位置を確保している――そんな賑やかな様子を眺めていたら、ふと笑みがこぼれた。 (……そういえば、修学旅行の夜も、同じ部屋の陽キャたちがこんなふうに盛り上がってたな。俺は部屋の隅で、ひたすらスマホいじってただけだったけど……) 勝ち負けなんて、正直どうでもいい。 ただ、こうして笑い合える時間があること―― 今の俺には、それが何よりのご褒美だった。 俺たちの建国祭は、笑い声と駒の音に包まれながら、こうして終わりを迎えた。 *** あれから、いくつかの動きがあった。 まず、ガウルがオロのもとへ出向き、今回の一連の経緯を説明。実験施設への襲撃を思いとどまるよう進言した。オロはすぐに納得してくれたらしく、仮に反発する者がいた場合は、自ら説得を試みると約束してくれた。 さらに、オロが突き止めたという実験施設の場所については、国王の側近・ゼクトさんへと情報提供済みだ。近いうちに何らかの動きがあるだろう。 一方、王弟ダリオス――ミシェル王子の暗殺未遂の容疑で地下牢に拘留されていた彼については、取り調べの結果、やはり“黒”と判明。 魔術師五名の命を媒介とした禁術を用いていたことが明らかになった。 だが、さらに奥にはより深い陰謀があった。 それは、魔法省。 内部の一部の人間が「王に相応しいのはダリオスの血筋だ」と囁き、彼に取り入って、ミシェル王子暗殺をそそのかしていたらしい。 その中でも首謀格と見られる数名は、すでに行方を眩ませ、忽然と姿を消したという。 (……この国の魔法省、闇が深すぎない……??) そして問題は、ダリオスの処遇である。 実の弟を裁くという重責は、グローデン国王の双肩に委ねられることとなった。 処刑となれば、王の心労は計り知れない。 彼には、もうすぐ子どもが産まれる妻がいた。 そのため、国王の温情によって、ダリオスへの処罰は――子が産まれるまでのあいだ、延期されることとなった。 子を胸に抱いたとき、彼は初めて、自らの罪の重さに気づくのだろうか。 ……もっとも、気づいたところで、もう何も変わらない。王子の命を奪おうとしたその罪は、到底許されるものではない。 それでも―― 胸の奥が、どうしようもなく痛んだ。 ダリオスは――少しだけ、俺と似ていた。 優秀な兄を持ち、自分は誰からも必要とされず、期待もされない。 その劣等感の中でもがきながら、ようやく差し伸べられた手に、縋らずにはいられなかったのだろう。 ……その気持ちが、まるで他人事に思えなかった。 その時、初めて—— 俺は“ソウルリトリーバル”という魔法が、少しだけ怖いと思った。 誰かを救えば、誰かが死ぬ。 俺の選んだ手が、誰かの運命を変えてしまう。 その事実が、ずっと、頭から離れなかった。 いつかアヴィが言ってた。 俺の魔法が、“救い”にも“脅威”にもなるということ——。 その言葉の意味が、ようやく少しだけ分かった気がする。 気づけば、俺は小さくため息を吐いていた。 「……ユーマ。そんなに思い詰めるな」 ふと顔を上げると、ソファに腰掛けていたガウルが、心配そうにこちらを覗き込んでいた。 「……俺、そんな顔してた?」 「ああ。お前は優しすぎる。罪人にまで情をかけるな」 続いて、アヴィも静かに口を開いた。 「そうですよ。ご主人様は、何も間違っていません。誤った道を選んだのは、あのダリオスという男の方です」 「……アヴィ……」 その時、不意にソファの背もたれ越しに伸びてきた両腕に、ぎゅっと抱きしめられた。 弾力があって、やたらと力の強い腕。これは——クーだ。 「ユーマ、これは“元気いっぱいチャージのぎゅー”だよ♡」 「クー……っ、って、ぐるじいッ!! お前の“ぎゅー”はチャージじゃない! ドレインだ!! 今まさにHP吸い取られてるって……ッ!!」 「あ、元気になった♡」 「なってねぇわ!!!!!」 俺がツッコミを入れても、クーは悪びれるどころか、楽しそうに笑うばかりだ。 その屈託のない笑顔を見ていたら、つられて俺の口元にも自然と笑みがこぼれていた。 ……そうだ。俺はこれから宮廷魔道士(仮)として生きていく覚悟を決めたばかりじゃないか。 こんなところで沈んでいたら、背中を押してくれたガウルとアヴィとクーに申し訳が立たない。 しっかりしろ、ユーマ。 俺は、俺が正しいと思った道を進むしかない。 たとえ道を踏み外しても——その時は、きっとこの3人が、正しい方へ引き戻してくれるはずだ。 そう思ったら、不思議と胸のつかえが消えていた。 城での滞在も、そろそろ一週間になろうとしていた。 王様の意向で、王都で暮らす家の手配が整うまでは、遠慮なくここにいていいって話だったけれど……。 でも、メイドや執事が付きっきりで、ティーカップ以上の重い物を持つ必要がない王子様生活は、庶民派の俺たちには贅沢すぎて、正直ちょっと息苦しい。 そんなある日、俺たちは国王の側近・ゼクトさんに呼び出され、別室に集められていた。 「お集まりいただきありがとうございます。——さっそくですが、“例の件”について。ユーマ殿の証言通り、裏が取れました」 「……っ!」 「関係者の洗い出しも、すでに完了しています」 ……早っ!? 王様にタレコミしてから、まだ一週間くらいしか経ってないぞ? 王族サイド、どんだけ有能なんだよ!? ゼクトさんは淡々と書類を繰りながら続ける。 「施設の場所の特定には難航しましたが——ユーマ殿の協力者のおかげで、迅速に把握できました。改めて、あなたとそのご友人に感謝を」 「あ、いえ……こちらこそ。本当にありがとうございます……!」 ゼクトさんは一部の書類を俺に差し出した。 「こちらが、施設で管理されていると思われる十二名の獣人種の名簿です。ただし、これは現時点で把握できた人数。実際は、もっと多い可能性があります」 俺は受け取ったリストをざっと流し見た。 そこには、ガウルたちと同じルプス種、クニクルス種、ウルスス種の他……さらにティグリス種、ブーバルス種といった、まだ俺が出会ったことのない獣人種の種族名が並んでいた。 名前は一つもなく、ただ番号と簡単な特徴だけが淡々と記されている。 その無機質さが、逆に生々しい。胸の奥がじわりと冷たくなる。 「……俺たちに、なにかできることはないんですか?」 低く問うと、ゼクトさんは指先で眼鏡を押し上げ、冷静な声で答える。 「首謀者は魔法省の上層部に属する人物です。彼らを先に摘発すれば、証拠隠滅を図られ、子供たちの命は保証できません。……逆に、施設を先に制圧すれば、首謀者の逃走を許す恐れがある」 短い沈黙ののち、アヴィが静かに口を開いた。 「つまり——両方を同時に押さえるために、僕たちの力が要るということですね」 ゼクトさんは小さく頷く。 「こちらも万全を期して臨みますが、“幼体”とはいえ傭兵として訓練を受けている個体です。万が一パニックを起こせば、無傷での保護は困難でしょう。同じ獣人種であるあなた方以上の適任者は、他にいないかと」 ガウルは表情を崩さぬまま、短く答えた。 「……分かった。引き受けよう」 「……では、そのように。作戦は明朝、二班に分かれて決行します。一班は首謀者が魔法省に一堂に会した瞬間を狙い、一気に拘束。二班は施設の制圧と子供たちの保護を行います。ユーマ殿たちは二班と合流し、現場の指揮官の指示に従ってください」 ゼクトさんが控えていた侍従に軽く合図を送る。 次の瞬間、扉が静かに開き、青を基調とした軍装に身を包んだ長身の人物が現れた。 長いブロンドの髪はきっちりと三つ編みにまとめられ、片目には黒い眼帯。 滲み出るイケメンオーラが、目に刺さるほど眩しい。 「――ベアトリス中尉です。任務中は“彼女”の指示に従ってください」 ……ん? か、彼女……!? いやいやいや、聞き間違いだよな? だって俺より背が高いし、肩幅もしっかりしてるし、顔立ちは雑誌の表紙レベルの美形なんですけど!? 「ベアトリスだ。君がユーマ殿か」 (……うわ、やっぱり声は女性だ……!) ベアトリス中尉は俺を一瞥し、口の端をわずかに上げる。 「なんだ、獣人を三人も侍らせてるって聞いたから、どんなお姫様かと思えば――ただの坊やじゃないか」 「…………」 俺の性癖が、今まさに全力で警鐘を鳴らしている。 ――綺麗な軍人さんに“坊や”って呼ばれると、開けてはいけない扉の取っ手に、手がかかってしまう気がした……。 (……いや、ちょっと待て、落ち着け俺! 節操はどこだ!? どっかの道端に置き忘れてきたのか!?) 「ふーん……見た目は、まあ普通だな」 ベアトリス中尉は顎に手を添え、値踏みするような目つきで俺の顔をぐいっと覗き込んできた。 「あ、あの……??」 「いやね、君、少し前に城門前で派手なエクストラヒールをぶちかましたろ? あれが兵たちの間で、ちょっとした伝説になってるんだ」 「伝説……?」 「君のヒールを受けてから“賭けポーカーで無双した”とか、“急にモテ始めた”とか、“夫婦仲が改善して男としての自信を取り戻した”とか――尾ヒレどころか背ビレ胸ビレまで生えた与太話ばっかりだがな」 ベアトリス中尉は、やれやれと肩をすくめてため息をつく。 (やっべぇ……俺のヒール、いつの間にか謎のスピリチュアル効果まで付与されてる!?) すると今度は、俺の背後にいたガウルたちに鋭い視線を送った。 「……君たち、噂に違わぬ見事な筋肉だな。あの城壁を粉砕しただけはある。実に素晴らしい……ぜひうちの部隊に欲しい。この僧帽筋の盛り上がりなど、まるで芸術品だ……。――服を脱いで、広背筋も見せてくれ」 「ちょっとだけだよ♡」 (……え、なにこの流れ!? ガウルもアヴィも全然動じてないし、クーなんか完全にベアトリスさんの筋肉鑑賞用フィギュア状態じゃないか……!) 「……この稜線、美しい……! 一体どんな訓練をすればこんな仕上がりに?」 「んーとねー、ユーマのかき揚げうどんを食べたらこうなったんだよ」 「――なに!? ユーマ殿、そのレシピ、軍事機密レベルではないか!」 「クー!! だからそれは関係ないって話になったろ!!」 「あ、そっか。これ言っちゃいけなかったんだっけ?」 (いや違う、そうじゃない……!!) 「……ふむ、やはり極秘事項か。――君が“ただの坊や”ではないことは、よく分かった」 (まずい……クーのせいで、俺が“筋肉製造兵器”扱いされ始めてる!!) 「ベアトリス中尉」 ゼクトさんが低い声で制止する。 「ああ、すまない。筋肉を見ると理性が飛ぶ癖があってな」 (いやいや、それ完全に任務に支障出るやつ……! この人、絶対メジャー持ってきて現場で筋肉測定始める未来しか見えないんだけど!?) 「――それではユーマ殿、明日の同行を頼む」 差し出された手に応えるように、俺は慌てて立ち上がり、握り返した。 「……は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」 その瞬間――。 ベアトリス中尉の左手が、俺の二の腕から手首にかけて、ゆっくりと撫でるように滑った。 「……ふむ、柔らかいが、芯はあるな。悪くない」 「な、なにを評価してるんですか!?」 「将来性の話だ。適切な訓練をすれば、君も見事な上腕二頭筋になるだろう」 (やめてくれぇぇ……俺、今度は“育成予定の筋肉候補生”にされてるぅぅ!!) ――と、そこで俺とベアトリス中尉の間に、ガウルの大きな腕がすっと差し込まれた。 「……気安く触るな」 低く唸るような声。 ベアトリスは片眉を上げ、手を放すと口元に余裕の笑みを浮かべた。 「おっと……ふふ、別に君たちの主人を取って食いやしないさ」 わざと俺だけを射抜くように視線を送り、軽く顎を傾ける。 「――じゃあね、坊や」 低く笑みを残し、颯爽と背を向ける。 その後ろ姿がドアのむこうに消えるまで、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。 ――ベアトリス中尉、やっぱりちょっと変わった人だ。 でも俺の勘が告げている。 犬が好きな人に悪い人はいない。 そして筋肉を愛する人にも――きっと、悪い人はいないのだと。 そしていつもの部屋に戻った後―― 「いきなり明日か……ちょっと緊張するな」 俺が振り返りざまにそう呟くと、三人はドアの前でぴたりと止まり、いつになくじっと俺を見つめていた。 「……ん? どうしたんだお前ら?」 クーはいつもの笑顔のまま、俺の手をそっと握った。 「……ユーマって、ああいう美人が好きなんだ……」 その声は甘く、けれどどこか含みがあった。 「……え?」 アヴィの視線は俺の身体をじっくりと測るように流れ、低く囁いた。 「いけませんねぇ、ご主人様……浮気は身体で償ってもらわないと……」 「ちょ、ちょっと待て!? あれで浮気とか……もはや冤罪レベルだろ!?」 ガウルが無言で近づき、分厚い腕が俺の肩をがっちりとロックする。 「……そうか。じゃあ、自覚が芽生えるまで――身体に叩き込むしかないな」 低い声に背筋がぞくりと震えた。 「え、ええっ!? な、何するつもりだよ!?」 今度はアヴィがゆったりと腰をつかみ、逃げ道を塞ぐようにぐいっと引き寄せる。 「僕たちがいるのに、まだよそ見できる余裕があるんですね……。なら、“復習”から始めましょう。もちろん、実技で」 さらにクーが背後から忍び寄り、首筋に吐息をかける。 「まずはウォームアップだよ……♡ ユーマの筋肉、じっくり、時間かけて――ほぐしてあげる」 「ま、待てお前ら! 明日、作戦決行日だろ!? しかも朝早いし、な!? あの、もう寝ないと――」 ガウルの分厚い手が俺の肩をがっちりと掴み、まるでベンチプレスのバーベルみたいな重圧がのしかかる。 アヴィのしなやかな指は胸板をなぞり、無駄に心拍数を跳ね上げ、クーの黒髪が頬をかすめるたび、静電気みたいな熱が背骨を駆け上がる。 「ユーマ、明日のために“体力づくり”しないとね~♡」 クーが無邪気に笑いながら、首筋へ甘く吸い寄せる。 「うあぁっ!? おま、そこは……ッ! ダメだって!」 「ふふ……ダメですよ、もっとキープしないと」 アヴィがわざとらしく笑いながら、細くて柔らかな指先で脇腹を軽くつつく。 その動きはくすぐりとゾクゾクを絶妙に交錯させ、肌を這うたびに全身が敏感に反応してしまう。 「ひゃあぁぁっ!? や、やめ……っ!」 「安心しろ。これはあんただけの特別メニューだ。筋肉も、肺活量も、精神力もまとめて鍛えられる」 ガウルが耳元で低く囁き、俺の全身を包むように背後から圧をかけてくる。 三方向から迫る熱気と嫉妬の視線。 俺はもう、逃げ場も酸素も、理性すらも絞り取られ―― (あ、もう……これ、完全に“限界突破”しちゃうやつ……) ――その夜、俺は三人の“筋肉教官”による、甘く淫らな筋肉ラブトレーニングに、じわじわと翻弄され続けていた。 俺の腹筋が6つに割れる日も、きっと近い――。

ともだちにシェアしよう!