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第37話 ダディ・オン・デューティ
(……う、うぅ……く、苦しい……)
なんだこれ、体が動かない!?
まさか……これが噂に聞く――金縛り!?
ヤバい、この家……まさか呪われて……!?
「ユーーマーー!!」
ドンッッ!!!
「ぐえぇッッ!!!」
腹の上に重量級ダイブ。
俺は衝撃で強制的に覚醒した。
目を開けると、ニコニコ顔のチビが尻尾を揺らして胸の上に乗っかっていた。
「ユーマ、おはよー!」
「……お、おはよう……??」
その瞬間、俺は悟った。
腕も足も左右それぞれチビたちにがっちりホールドされ、完全拘束。
――そうだ、俺は金縛りになっていたんじゃない。
年少ショタチームにがっつり占拠されて、
まさに人間抱き枕兼ジャングルジムにされていただけだったのだ。
「こらこら、ダメだよ〜♡」
クーはにっこり笑いながら、年少組を次々と首根っこからそっと掴む。
「ほらほら、ユーマの上じゃなくて、自分の席に着いてね〜」
小さな体たちをひょいっと持ち上げ、まるでぬいぐるみを並べるみたいに順番に引き離していく。
「ユーマ、朝ごはんできてるよ♡」
「ありがとう、クー……助かった」
まだ眠気で頭がぼんやりしてるのに、足元でチビたちが暴れ回る音がする。
「ユーマお兄ちゃん、一緒にごはん食べよー!」
「こっち、こっちだよー!」
半分夢の中のまま、手をぐいぐい引っ張られ、気づけば食堂に連行されていた。
「ユーマお兄ちゃん連れてきたよ」
「……ふぁ〜ぁ、おはよう」
皿を並べるガウルとアヴィが、苦笑まじりに俺を見ている。
「……なんだその頭」
「ご主人様、先に顔を洗ってきてください」
「う、うん……でも、その前にトイレ……」
チビたちは俺の手を握ったまま、くるっと方向転換して洗面所へ突進する。
「トイレにしゅっぱーつ!」
「ごしゅじんしゃま、こっちでーす!」
「……ちょっと待ってください」
その瞬間、アヴィがすっと立ちはだかった。にっこり笑みを浮かべつつ、声だけは低く響く。
「“ご主人様”は“僕の”ご主人様です。勝手にご主人様と呼ぶのは許しません」
「いや、そんなことでチビたちに目くじら立てるなよ……」
するとアヴィの暗黒笑顔にビビったチビーズが、いっせいに俺の服にしがみつく。
「……う、うぅ……」
「……ふえぇ〜〜ん!!」
「ほら見ろ! 泣かせたじゃん!」
「……大人げない奴だな」
ガウルがため息を吐く向こう側で、アヴィは真顔のままさらりと続ける。
「危険因子は、若い芽のうちに摘んでおくべきなんです」
「若い芽より、先にお花摘みに行かせてくれ……」
俺が頭を抱えかけたそのとき――
「……違うもん。ユーマおにいちゃんは、ぼくたちのユーマおにいちゃんだもん!」
泣いていたチビが涙目で言い返し、俺の足にぎゅっと抱きつく。
「いいえ、ご主人様は僕のです」
「ちがう! ぼくたちのー!」
(うわ、始まった……)
チビとアヴィがバチバチ火花を散らしはじめ、場は一気に修羅場と化す。
俺はたまらず叫んだ。
「おーい、やめろ! 俺の膀胱がそろそろ火を吹くぞ!! いや、漏らす!! ほんとにいいのか!?」
――ピタッ。
その一言で場が凍りつき、全員の視線が俺に集中する。
「……ト、トイレ急げーーっ!!」
「お兄ちゃん、こっちだよー!」
そのまま俺は、半泣きのチビたちに両腕を引っ張られ、洗面所へ強制連行されていった。
こうして今日も、にぎやかすぎる朝が幕を開けるのだった。
***
今日は、俺にとって宮廷魔道士としての初仕事の日だった。
ガウルとアヴィはそれぞれギルド任務があるらしく、付き添いはクー。
リィノたち年長組が年少チビーズの世話をしてくれることになった。
「ユーマの事、頼んだ」
「クーさん、ご主人様の“見張り”お願いしますね」
「うん、バッチリ見張っとくね♡」
……前科持ち(冤罪)の俺、護衛じゃなくて監視確定。
「ユーマおにいちゃん、いってらっしゃーい!」
「がんばってねー!」
「おみやげ楽しみにしてるねー!」
……いや仕事なんだけど!?
でも、大勢に手を振られるこの光景に、なんだか胸の奥がほっこりして、自然と頬が緩む。
だけど――どう見ても「しがない魔法使い」じゃなくて「大家族の父ちゃん」だった。
(……ビッグダディ感、ハンパねぇ……!)
城下町を抜け、王城が遠くに見えてきた頃。
さっきまでの賑やかな声はもうなく、隣を歩くのはクーただ一人。
「……静かだな」
「うん。ユーマと二人きりって、なかなかないもんね。なんだかドキドキしちゃう♡」
「おいおい、デートじゃないんだからな」
軽口を叩いているはずなのに、クーの声色はやけに落ち着いていた。
「見張っとく♡」みたいな軽いノリじゃなくて、妙に優しくて――いや、クーは元々優しいんだけど。
でもその優しさが、時々やたら紳士っぽく聞こえるから困る。
「緊張してる?」
「……まあ、初仕事だしな。今日、なにやらされるんだろ……」
「たぶん、ユーマにしかできないことだよ」
「だよなぁ……」
その時、不意にクーが手を差し出してきた。
無言の仕草に一瞬戸惑う。けれど、差し伸べられたその大きな掌を前にして――気づけば俺の指は吸い寄せられるように触れていた。
「……なあ、これ、なんか変じゃないか?」
「変じゃないよ♡ ……それとも抱っこがいい? おんぶ? あ、肩車もアリだよ♡」
「いやいやいや! どんな出勤スタイルだよ!? 馬ならまだしも、熊獣人に担がれて王城って……」
(俺は異世界の金太郎ポジか……!?)
クーは唇を尖らせ、ぽつりと呟く。
「……馬より絶対、オレのほうが乗り心地いいのに」
「馬と張り合うなよ……。乗り心地は良くても、俺のメンタルが死ぬぞ」
笑いながらそう返したものの、しょんぼりとうなだれる大きな背中に、思わず胸がキュッとなる。
俺は歩きながら視線をそらし、小さく息を吐いた。
「……まぁ、帰りなら。いい、けど」
照れ混じりにこぼれた一言に、クーの耳がぴくっと揺れ、楽しげに弾むように振れる。
「え、ほんと? やった♡」
その声に、張りつめていた空気がふっと和らぐ。
王城へ向かうはずなのに、まるでこれからピクニックにでも出かけるみたいで――
気づけば俺も、つい頬を緩めていた。
王城の門をくぐった瞬間、視界に飛び込んできたのは整然と行進する兵士たちの姿だった。
ピカピカに磨かれた鎧、きびきびした動き、まさに「これぞ王城の護衛隊」という感じ。
……で、その中に混じる俺。
旅装そのまま、ファッションセンターしま◯らで買えそうなヨレヨレ上着。
その上から無理やり羽織った、肩ズレ気味の魔道士ローブ。
周囲の兵士がビシッと敬礼する中、俺は小さく会釈するしかない。
もはや「宮廷魔道士初出勤」じゃなくて「迷い込んだ庶民見学ツアー」だ。
ちらりと横を見れば、クーは胸を張り、堂々と歩いていた。
なんなら片手をひらりと上げ、兵士たちの敬礼を軽やかに受け流している。背筋はピンッ。どこからどう見ても「偉い人」。
……待て、待て待て。
この構図、どう見てもクーがどこかのお偉いさんで――俺は後ろをついて歩くただの付き人。
荷物持ち。召使い。
――完全にそのポジション。
いっそ、クーの後ろで“揉み手”でもしながら歩いてやろうか――なんてアホなことを考えつつ、城の東側、魔道士や兵士のための宿舎や作業所、訓練場が集まる方面へ足を向けたその時――。
「よし! 全員、止まれ!! その場でスクワット100回だ!!」
「「イエッサー!!!」」
ビシッと通る声に思わず目を向けると、そこにはベアトリス中尉と、彼女の率いる“筋肉部隊”が整然と列を作っていた。
一糸乱れぬ動きでスクワットを繰り返す圧倒的な迫力に、俺は思わず後ずさりしそうになる。
視線を泳がせた瞬間、信じられない光景が視界に飛び込んできた――。
「……ミ、ミシェル王子!?!?」
俺は二度見した。
なんとミシェル王子が、筋肉の荒波に揉まれながら必死にスクワットしているではないか。
「これはユーマ殿、久しいな」
厳つい筋肉部隊を率いるベアトリス中尉が、ドヤ顔でこちらを振り返った。
「べ、ベアトリスさん!? なんであの……ミシェル王子が、筋肉の嵐のど真ん中でスクワットしてるんですか!?」
「殿下たっての強い希望なのだ。陛下の許可も得ているぞ。……いや、彼は実に良い。さすが国王の血を受け継いだ御方だ。育て甲斐がある」
(王子が“筋肉育成”されてるぅぅぅッ!!)
「ユーマさん……!」
すでにスクワット100回をやり切った王子が、汗だくのまま、それでも子犬みたいにキラキラした笑顔で駆け寄ってきた。
「ちょ、王子様!? なにやってるんですか!?」
「ベアトリスにお願いしたんです。僕も父上やガウルさんたちみたいになりたくて……! いま、毎日、腕立て100回、腹筋100回、スクワット100回、そして10キロマラソンしてるんですよ!」
(ま、待て……! 王様のあの筋肉モンスター遺伝子を、この子も確実に受け継いでるってことだろ!?
数年後には、笑顔の裏にバッキバキの筋肉を抱えた“ガチムチ王子”が爆誕する可能性が……!?)
「フフフ……ユーマ殿、よく見ておけ。殿下はまだまだ伸びしろたっぷりだぞ。そこのクー殿でさえ、いずれ凌駕する日も近いだろう」
ベアトリス中尉がキメ顔で言い放つ。
その迫力と王子のキラキラ笑顔のコンボに、俺は文字通り開いた口が塞がらなかった。
「楽しみだね、ユーマ♡」
(ヤバい……俺の周辺が、どんどん筋肉に侵略されていく……!)
「よし! これから王城を10周だ! 遅れずついてこい!!」
「「イエッサー!!!」」
「じゃあユーマさん、また……!」
「……ははっ、う、うん、またね……」
俺は半ば白目になりかけながら、筋肉予備軍の王子を見送った。
あっという間に汗だくの群れが過ぎ去り、まるで嵐の後の静けさ。
――と思ったのも束の間。
「ユーマっち! やっほやっほー★」
背中をポン、と叩かれ、振り返ると――そこには笑顔全開のロイドさんが立っていた。
いや、嵐第二波到来じゃないか……!
「ろ、ロイドさん……!」
「ども〜。遅くなっちゃってゴメンね★」
「えっ? じゃあ今日の俺の案内役って……」
「そそ。俺っちだよ〜。見た目はヤンチャなオニイサンだけど、これでも一応、魔道士団副長兼任で、魔道士全体をまとめてる中間管理職ポジってやつ。専門は魔法陣を基軸としたあらゆる魔術の研究。転移術もそのひとつね」
にやりと笑うロイドさんの目は、軽口を叩く顔とは裏腹にキラリと鋭く光った。
(マ、マジか……!? 女風呂覗いた疑惑の人が、副長……だと……!?)
「ロイドさん、ただの助平じゃなかったんですね……」
「そう、俺っちは副長兼任の助平なのよ」
俺たちは、冗談交じりに会話しながらもロイドさんに魔道士団の棟へと案内されていく。
「……あの、今さらなんですけど。魔道士と魔術士って、何が違うんですか?」
ロイドさんは片手を腰に当て、にやりと笑う。
「おおっと、そこから来るか〜。ざっくり言うとね、研究メインが“魔道士”、現場メインが“魔術士”。さらに上のクラスになると“魔導師”とか“魔術師”になるわけ。だからユーマくんは正確には“宮廷魔術士”。でもまあ、実際には兼任も多いし、面倒だから“宮廷魔道士”でひとまとめってのが現実ってやつ★」
「……な、なるほど……? すみません、俺、まだ勉強中で……」
「ははっ、いいのいいの。俺っちも昔は右も左も分かんないピュアピュア時代があったのよ。あの頃が懐かしいねぇ」
豪快に笑うロイドさんに押され気味になりつつ、俺は頭の中で言われたことを整理した。
「クー。今の理解できたか?」
「んとねー、ユーマがやっぱすごいってことだけ分かった♡」
「……うん、やっぱり分かってないな」
ニコニコ顔のクーを見て、逆に少し安心する俺。
「ところで今日はユーマくんちの猛獣、ひとりだけなんだね?」
「あ、はい。まぁ……」
「正直ホッとしたよ〜。残りのあの二人、ガチで怖いんだよね。こっちの彼は……なんか優しそうだし」
「うん♡ でもユーマいじめたら、キュッて締めちゃうからね♡」
「やっぱ怖ぇわッ!!」
ロイドさんが涙目で情けなく叫ぶ。その姿に、思わず俺は苦笑いを漏らした。
……とはいえ、足取りはしっかりしていて、ちゃんと案内役はこなしてくれる。
「ほい、ここがユーマくんの主な拠点になる治癒魔術士団の持ち場ね。ポーションやら回復系アイテムは大体ここで作ってる。で、あっちが処置室。怪我人の手当ては基本そこでやる。隣は研究室。――で、肝心の室長から“ユーマくんを連れてこい”って直々に言われてるから、あとで顔出してもらうよ」
「……わ、わかりました」
(うう、なんか緊張してきた……!)
「……で、ここからが本題ね」
ロイドに案内され、俺たちは書庫の前で足を止めた。
「ちょっとここから先はクーの旦那には待っててもらおうか。色々“訳あり”でね」
「クー、ここで待機!」
「イエッサー♡」
クーを廊下に残し、書庫の扉を開けて中に入ると、静まり返った空気の中、黙々と本の整理をする大柄な男がいた。
かつて威厳に満ちていたであろうその顔は、今はどこかやつれ、深い影を落としている。
「ダンチョーさん、お疲れ〜っす!」
「……ロイドか。いつまで俺をそう呼ぶ気だ? もう騎士団を去って二年になるというのに」
低く掠れた声が響き、男はゆっくりとこちらに視線を向ける。
「そちらの御方は?」
「新入りのユーマくんだよ」
「こ、こんにちはっ。ユーマ・クロードです!」
「……そうか。俺はコンラッド。今はただの書庫番だ」
ロイドが肩をすくめながら口を開く。
「実はさ、このユーマくんのヒール、まだまだ未熟なんだわ。だから、ちょっと軽く実験台になってほしいんだけど……?」
大柄な男――コンラッドは手にしていた本を棚に戻し、ふっと鼻で笑った。
「……フッ。それでよく宮廷魔道士になれたもんだ。――いや、俺が言えた立場じゃないか」
鋭い眼光をこちらに向け、しかし次の瞬間には肩を落とし、淡々と続ける。
「まあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。どうせ役立たずの俺だ」
ロイドさんが目だけで俺に合図を送る。
……ってことは、コンラッドさんに“ヒール”――“ソウルリトリーバル”を施すってことだよな?
戸惑う俺をじっと見下ろすコンラッド。肩をすくめ、その目は鋭いままだ。
「……どうする? 腕でも切るか……?」
「えっ、あ、お……」
ロイドが軽く笑いながら口を挟んだ。
「うん、そうしてくれる? ちょうどよく怪我した兵士がいなくてさー。困ってたんだよね」
「……分かった」
コンラッドはため息をひとつ吐き、無骨な手にナイフを握る。軽く手の甲に小さな切り傷を作ると、俺は思わず息を呑んだ。
無言のまま、血に滲んだ手を差し出すコンラッド。
その手には重みと冷たさがあり、長い年月の孤独と痛みまでもが刻まれているように思えた。
俺はそっと両手を重ね、かすかに息を呑む。
「……し、失礼します」
静かに囁き、意識を集中させてヒールの詠唱を紡ぐ。
すると、内側から呼応するように魔力が流れ出し、淡い光となって彼の手を優しく包み込んでいく。
仄かな温もりが広がり、滲んだ血と痛みを溶かすように、傷口を静かに癒していった。
光が収まるその瞬間――コンラッドの瞳がぱっと見開かれた。
焦点が定まらず、かすかに揺れるその目には、長年封じ込めていた痛みや不安、孤独の影が、一気に浮かび上がっているかのようだった。
身体を硬直させ、息を呑むように立ち尽くす彼――次の瞬間、膝から力が抜けるように崩れ落ち、唇をわななかせながら嗚咽混じりに声を漏らす。
「うっ……うああ……っ、あああ……うっ……!」
頬を伝う涙は止まらず、嗚咽が静かな書庫に響く。
身体を震わせながら床にうずくまり、手で顔を覆いながら、長年抱えた苦悩をすべて解放するかのようだった。
唖然と立ち尽くす俺の隣で、ロイドは落ち着いた表情のまま、しかし目の奥に確かな覚悟を宿して見つめている。
「あ、あの……」
「ありがとう、ユーマくん。行こう……」
静かに声をかけるロイドの手に導かれ、俺は号泣するコンラッドを残して書庫を後にした。
背中越しに聞こえる嗚咽の音が、まだ胸に重く残っていた。
廊下へ出てクーと合流すると、そのまま歩きながらロイドさんは口を開いた。
「……回りくどいことしてごめんね。でもあの人、ユーマくんの“魔法”を素直に受け入れるタイプじゃなかったからさ」
「あの、何があったか、聞いても……?」
ロイドは小さく息を吐き、神妙な面持ちで話し始めた。
「……二年前、この近辺に黒い鋼龍《こうりゅう》が飛来してきてさ、近くの森に居着いちゃったことがあったんだ。当時コンラッドは騎士団長でね、危ないってんで討伐を命じられたんだ……」
(鋼龍……その響きだけで、ヤバいモンスターだって分かる)
「……その時、コンラッドが可愛がってた部下が二人、ね……。コンラッドを庇って、目の前でドラゴンに食われちまったんだよ」
俺は言葉を失った。何をどう言えばいいのか、頭が真っ白だった。
ロイドさんは少し間を置いて、重みのある声で続ける。
「それ以来、コンラッドは剣が握れなくなっちまった。……しかも、コンラッド自身も食われそうになったところを、獣人の――ルプス種の“幼体”に助けられたらしい」
(ルプス種って、もしかして……進化前のガウル――?)
「……部下を守れず、自分は子供みたいな見た目の獣人に救われる。もうね、それでダメになっちゃったみたいでさ」
その言葉を聞くと、俺の頭の中でコンラッドの姿が浮かぶ。かつての威厳に満ちた騎士団長――剣を振るい、仲間を守っていた彼。今は書庫の片隅で静かに作業をこなす、やつれた大男。あの鋭い瞳の奥に、未だ消えない深い痛みと孤独が潜んでいるのが分かる気がした。
ロイドは歩調を崩さず、ふっと声を柔らかくした。
「でもさ、人間ってのは、心が死んじまうと……泣きたくても泣けなくなるんだ。だから“泣く”ってのは、一歩を踏み出せた証なんだよ」
横顔には、安堵とも微笑ともつかない色がほんの一瞬だけ浮かんだ。
「――ダンチョーさん、きっともう大丈夫だと思うよ」
俺は返す言葉を見つけられず、ただ小さく頷く。
どうか――俺の“ソウルリトリーバル”が、彼の心に静かに、確かに届いていますように。
そう願わずにはいられなかった。
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