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第43話 アルケイン王立魔法学院①

 アルケイン王立魔法学院。  学生食堂の片隅で、俺は治癒魔術士団のマルコム室長から譲り受けた、鈍い光を放つ黒い魔石を両手でそっと包み込み、ヒールを放った。魔力を受けた石は一瞬仄白く輝き、やがて静かな鼓動のようにスッと光が収まっていく。  それを確認すると、俺は軽く息を吐いた。  体を魔力切れの状態に晒すことで、体内に蓄えられる魔力の量を増やす――この鍛錬は、魔法使いの基礎中の基礎らしい。だが入学前にすでに魔力量が“カンスト”している同級生たちに比べると、俺はまだその段階にすら達していない。  そのせいか、周囲の生徒たちは俺を見るたびに眉を顰め、半ば呆れ顔でちらりと横目を向けてくる。  (そりゃそうだよな。例えるなら、東大の講義室で足し算・引き算の計算ドリルをガチでやってるようなもんだ)  入学したばかりの頃は、教室の真ん中で得意げに鍛錬していた。  なのに、年下の同級生たちにクスクス笑われることが増え、今ではトイレや食堂の片隅で、肩をすぼめながらコソコソやるのが日課になってしまった。  「……治癒魔法用の魔石って、黒いんですね」  不意にかけられた声に思わず肩が跳ねる。  振り向くと、ミシェル王子が俺の手元を覗き込むように身をかがめ、すぐ傍らに立っていた。キャラメル色の瞳が、好奇心と柔らかな光で穏やかに揺れている。  「み、ミシェル王子っ!?」  「お隣、いいですか?」  そう言って王子は、人懐こい笑顔で微笑んだ。  よく見ると、手には学食のスペシャルランチ――|魔猪《ブルファング》の大盛りヒレカツ定食を乗せたトレーを持っている。  (……いや、王子が“スペシャルランチ”て。しかもブルファング大盛り!?)  確か、王子はいつも専用の特別室で食事を摂っていたはずだ。  次期国王ともあろう御方に、もしものことがあったら一大事――それが王族の常識、のはず。  「……俺は全然構わないですけど、なんでまた今日はこちらに?」  尋ねると、王子はトレーを置き、少し照れたように笑った。  「ここのメニューが美味しそうで……ずっと気になってたんです。  今日はジョバンニ――僕の執事に、ちょっとだけ無理を言いました」  「なるほど……」  俺は、すぐ後ろで直立不動している黒服の執事さんにチラリと視線を送る。  ジョバンニ氏は無表情のまま、静かに一礼した。  「……ご安心ください。殿下のお召し上がりになる品は、すべてわたくしが毒見済みでございます」  (……そこまで徹底してるのか。いや、むしろ安心と言うべきか?)  「……それにしても、すごい量ですね」  俺は改めて、王子の前に鎮座する“山”を見つめた。  ヒレカツ。どこからどう見てもヒレカツ。しかも三段重ね。  「はい、お恥ずかしい話ですが……最近はどうにも食欲が止まらなくて。筋トレのせいでしょうか、いくら食べても足りないんです」  王子は頬を少し赤くしながら、照れくさそうに笑う。  「今日なんて、授業中にお腹が鳴ってしまって……」    (……王子、そんな庶民みたいな悩み抱えてたのか)  いや、しかし。  学業と公務の合間を縫って、毎日腕立て100回、腹筋100回、スクワット100回。  おまけに10キロマラソンまでこなしてたら、そりゃ腹も減るよな……。  たぶん王子、もう脱いだらとんでもない。  あのとき枯れ枝みたいだった手が、いまじゃ鋼の筋が走って血管が浮いてる。  きっと王城のあの老執事さんも、感動のあまり「殿下……そのバキバキの腹筋は王家の誇りでございます!」とか言って泣いてるに違いない。  「……では、失礼して、いただきます」  「あ、はい、どうぞどうぞ」  王子はナイフとフォークを手に、上品にヒレカツを口へ運ぶ。  その一連の所作があまりに優雅で、思わず見とれてしまう。鍛え抜かれた肉体の上に、この美少女みたいな顔が乗ってるのを想像して――思わず笑いそうになった。  「……美味しいです。ブルファングのお肉って、こんなに美味しいんですね」  「そうなんですよ。安くて手に入りやすい分、ちょっと臭みはありますけど――下処理をちゃんとして香草を効かせれば、豚肉より美味しくなるんです」  俺も手元のバゲットサンドをひと口かじりながら答える。  王子はフォークを置き、首をかしげた。  「なるほど。……ちなみに、ユーマさんが今まで食べた中で一番美味しかったものって、なんですか?」  「俺ですか……?」  顎に手を当て、俺はしばらく考え込む。    「そうですね~……やっぱリオバロス、いやサクスムドラコ……うーん、でもレッドドレイクの肉も捨てがたい……」  「……えっ、それ、全部ドラゴンの仲間ですよね?」  王子のフォークが空中でぴたりと止まる。    「そんな、普通に食べる機会って……あるんですか?」  「……あ、まぁ。討伐した日の夕飯はだいたい焼肉パーティーでしたね。……あ! 討伐するのはもちろん俺じゃなくて、城の壁破壊してたあいつらですよ!?」  「…………」  王子が一瞬固まる。  次の瞬間、キャラメル色の瞳が、星のようにきらめいた。  「……凄いです。僕もいつか、ドラゴンを討伐できるくらい強くなりたいです!」  (……ハッ! やっちまった――――!!)  (俺のせいで王子が、“ドラゴンを拳で黙らせる系”の国王になってしまう!!)  「……殿下。筋トレに付き合わされるわたくしの腰も、そろそろ限界でございます」  壁を背に、俺の横で控えているジョバンニ氏の嘆きが、耳元で小さく響いた。    (……頼む王子! ドラゴンを討伐する前に、ジョバンニ氏の腰を心配してくれ!!)    あとでこっそり温湿布がわりに腰にヒールしてあげよう、と誓う俺であった。

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