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第44話 アルケイン王立魔法学院②
それにしても、流石は王子というべきか。
食堂内の視線が、まるで一点集中砲火みたいに熱い。
「なぜ殿下が学生食堂に!?」という驚きと、
「なぜあんなミソッカスと一緒に!?」という妬みが、ちょうど半々くらいだ。
この学院は、魔法貴族のエリートが集う場所だ。
そんな中で、“ヒール”しか使えない無能の1年生(19歳)なんていたら、そりゃ目立つに決まってる。
案の定、最近じゃ「裏口入学」だの「王家の慈善枠」だの、好き勝手に囁かれているらしい。
……もちろん、王子の命を救ったなんて口が裂けても言えない。だけど、俺のせいで王子まで変な目で見られたら……と思うと、胃が痛む。
ふと耳を澄ますと、背後からニヤついた声が聞こえてきた。
くぐもった笑いに混じって、俺の名前が出た気がする。
「ヒールしか能がない庶民風情が、よくもまあ……恥ずかしくないのかね」
「王子殿下もお優しいこと。落ちこぼれにお情けとは」
「由緒あるこの学院も、いつの間にか慈善事業に転向したらしい」
……はいはい、どうも。“家を追い出されて、庶民落ちした元・貧乏貴族”です。
で? それが何か?
でも念のため言っとくけど、正規の入学手続きはちゃんと踏んでるし、学費だってきちんと払ってる。
しかもその高額な請求書を肩代わりしてくれてるのは――ガウルとクーとアヴィだ。
自分が何を言われても別にいい。
だが――王子や、あいつらのことまで馬鹿にされたような気がして、
そのご尊顔をいっぺん拝んでやろうと、奮然と振り返ろうとしたその時――。
「……ちょっと失礼します」
王子が静かに椅子を引いた。
ナプキンを外し、濃紺のダブレットを迷いなく脱いで、ジョバンニ氏へ手渡す。
まくり上げた袖の下から、鍛え上げられた前腕が露わになった。
繊細な衣装に隠れていたとは思えない、彫りの深い鋼の線。
軽く襟元を整えるだけで、
布の隙間から――厚く鍛え抜かれた胸板が一瞬のぞく。
(やっぱり、とんでもない身体してるッ!!)
王子はゆっくりと歩き出した。
気品と戦意が、同じ歩幅で床を踏む。
その視線の先には、上級生たち。
(お、おいおいおい!?)
(ま、まさか……上級生と拳で語り合う気ですか、王子――!?)
(しかもその後、いきなり“なかなかやるな”“おまえもな”とか言い出して、青春友情物語始まっちゃうやつか――!?)
王子は優雅な足取りで近づくと、まるでお茶会にでも誘うような仕草で、上級生の耳元へ顔を寄せた。
次の瞬間――上級生の顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
キャラメル色の大きな瞳が、ほんの一瞬だけ鋭く細められた。
その一瞬に、空気がピンと張りつめる。
(ひぃぃ……笑顔で圧がすごい!!)
呆然と見守る俺の前で、王子は鍛え抜かれた“鋼の盾ボディ”をさりげなく見せつけながら、
“筋肉”と“権力”という、二大最強の武器を同時に振りかざしていたのだった。
いや、そもそも“不敬罪”を恐れて、相手が王子に手を出せるはずがない。
それでもなお――その鍛え抜かれた肉体を、あえて見せつけたのは。
王子にとって「王子の権威」はただの飾りではなく、
たとえその“権力”という武器を失っても、
一人の男として拳で戦えることを示すため――そんな“意地”だったのかもしれない。
王子は、顔面蒼白になって椅子に貼り付いたままの上級生たちを一瞥もせず、まるで庭の散歩でも終えたかのように、悠然とテーブルへ戻ってくる。
「ふう。失礼いたしました、ユーマさん」
執事のジョバンニ氏から受け取った濃紺のダブレットに、王子はゆったりと袖を通す。
そして、まるで何事もなかったかのように穏やかな笑みを浮かべて言った。
「知り合いを見かけたので……少し、ご挨拶をしてきました」
(……絶対、嘘だ!!!)
王子が席に戻った瞬間、食堂の空気は一気に緩む。
さっきまで俺を笑っていた上級生たちの視線は、今や恐怖と畏敬に満ちている。
――あの集中砲火みたいな熱気は、跡形もなく霧散していた。
王子はそんな空気の変化などまるで意に介さず、残りのヒレカツを上品に口へ運び、ペロリと平らげる。
そして、執事ジョバンニ氏が静かに差し出した紅茶に、優雅に口をつけた。
(……この子、絶対敵に回したらアカンやつ!! 笑顔で人を屠るタイプだ……!!)
これで弱冠14歳というのだから、まったく末恐ろしい。
年下に庇われるなんて、情けないにもほどがある――けれど。
……ほんの少しだけ、嬉しかった。
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