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第46話 弟、来たる②
「おお……すごいな、これ」
食堂の扉を開けた瞬間、思わず笑みがこぼれた。
天井には色布と羽根で作られたガーランドがゆらゆら揺れ、壁には「歓迎リセルの兄貴!!」と炭で殴り書きされた板がどーんと立て掛けられている。
朝、みんなに「今日、弟が泊まりに来る」って伝えたのは覚えてる。
でも――まさか昼のうちにここまで準備してくれていたとは。
まるで幼稚園のお誕生日会をそのまま持ってきたみたいな光景に、俺は半ば呆れ、半ば感心した。
さっきまで魂の抜けた目をしていたリセルも、これには完全に面食らっている。
「ほら、リセル。せっかくだし座れよ」
俺は長テーブルの“お誕生日席”――普段は俺が座っている場所――へ、弟を案内した。
「リセル。まず順番に紹介してくな。リィノはさっき会ったからいいとして――」
「こっちが虎獣人 のライト」
「よろしくな!」
「で、向かいの席の彼が牛獣人 のリーヤ」
「……こんばんは」
「で、あっちの給仕部隊が、さっき玄関でも出迎えてたチビーズ1号から5号まで」
「「「オッス!! リセルの兄貴!!」」」
「なんか最後だけ雑じゃないですか!?」
「いや、キャラ多すぎると読者が覚えきれないからな!」
「読者なんているんですか!?」
「いる!! ……た、たぶん……」
言いながら俺はリーヤの隣にそっと腰を下ろした。
リーヤはチラリと一瞬だけ俺を見たが、すぐに視線を手元へ落とした。
(……あれ、そういえば俺、リーヤとまともに話したこと、あんま無いよな)
目を合わせてくれることすら滅多にない。
今も落ち着かない様子で、両手をもじもじと動かしている。
(ていうか、そもそもリーヤの“番”って、本当に俺なのか……?)
ふと、そんな疑問が胸をよぎった。
12人で共同生活なんてしてたら、伴侶枠が俺じゃない可能性もあるわけで。
本人にも分かるものなのか?
今度それとなく聞いてみようか……いや、そんなの面と向かって聞くの、ありなのか?
と、リーヤの髪のカーテンの奥に隠れた横顔を横目で盗み見ていると、ぱっと目が合った。
「……!」
そしてまた、ふいっと前髪の陰に消える。
うん、なんだろう。身体は明らかにデカいのに、この小動物みたいな挙動。俺の中の保護欲が、じわじわ刺激される、この感じは。
(――マズい、俺の節操が家出したっきり帰ってこねぇ!)
「……リーヤ、ごめん。ここ座って良かったか?」
「へ!? は、はい! もちろん大丈夫ですっ」
(……大丈夫って言ってるけど、全然大丈夫そうに見えないんだが!?)
リーヤはますます恐縮して、慌てて顔を伏せてしまった。
――ああ、なんだか余計に気まずくしてしまった気がする。
そんな俺の混乱をよそに、給仕部隊のチビーズが次々と料理や飲み物を運んでくる。
テーブルに並んだのは、タマネギモドキのスープ、大蝙蝠キロプテラの唐揚げ、飛行小型竜プテラリオのロースト、角獣ベヒーモスのサイコロステーキ――
いや、見事に肉しかない。
「……お肉ばっかりですね」
リセルが苦笑いしながら呟いた。
「ああ。でも、リィノとリーヤとライトが、狩りで頑張って討伐したやつだ」
「……そうなんですか?」
三人は顔を少し赤らめ、照れくさそうに頷く。
「ちなみに、三人ともついこの間までアイアンランクの冒険者だったけど、もうシルバーランクだ。クーとアヴィに至っては、プラチナランクになったぞ」
リセルは目をまん丸にして、テーブルを見渡す。
「……え、ガウルさんは……?」
ガウルは肩をすくめて、ぶっきらぼうに答えた。
「……俺はもともとプラチナだ」
「…………」
「オイラたちさ、ガウルたちに狩りの仕方を教わったんだよ」
ライトが胸を張ると、アヴィが淡々と補足する。
「ええ。一度見せただけで、三人ともすぐに習得しました。……要領がいいんでしょうね」
「そ、そうなんですね……」
リセルは少し戸惑いながらも、感心したように頷いた。
「さ、話はその辺にして食べてくれよ。お前の歓迎のために、みんなで用意してくれた料理なんだからさ」
「……はい、じゃあ。皆さん、ありがとうございます。……いただきます」
「ねぇねぇ、これめっちゃ美味しいよ〜♡」
つまみ食いの常習犯クーが、リセルの皿に唐揚げをぽんっと乗せる。
「ほら、食べてみて。絶対好きな味!」
「……あ、ありがとうございます」
「……お酒は飲めますか?」
アヴィが手際よくワインのコルクを抜きながら、リセルへ問いかける。
「すみません、僕はお酒は飲めなくて……」
「じゃあ、オレと一緒だね♡ 待ってて、ジュース持ってきてあげる!」
「クーの旦那! ジュースなら、あっしらが持っていきやすぜ!」
厨房の方から声が飛ぶ。
「では、“大人組”はワインで乾杯しましょうか」
赤い液体が静かにグラスへと注がれていく。
アヴィは俺とガウル、リィノ、そして自分のグラスに順にワインを満たした。
「えっと、それじゃあ……難しいことは抜きにして——今日も楽しく生きてることに、乾杯!」
「カンパーイ♡」
「兄貴! どぞ!」
右隣のチビが勢いよく料理を取り分け、俺の前に置いた。
「ありがとな。でも俺の世話はいいから、ちゃんとおまえらも食べろよ」
苦笑しつつ、俺は大皿からゴロッとした唐揚げと、ロースト肉の真ん中の柔らかいところを掬い、チビの皿に乗せてやる。
「……っ! 痛み入りやす……兄貴ッ!」
獣耳がぱたんと後ろに伏せ、椅子からだらりと垂れていた尻尾が、嬉しさを隠しきれずに床を力強く掃いた。
その露骨な喜びように、アヴィがじとりと睨む。
「……ご主人様。チビを、あまり甘やかさないでいただけます?」
「へ!? いや、あれで……!?」
「はい。秩序が乱れますので」
(でた、秩序奉行……!
いや、唐揚げ一個で崩壊する秩序ってなんだよ……)
チビがコソッと耳打ちしてくる。
「……兄貴。アヴィの旦那、隣に兄貴が座ってねぇもんで、イラついてるんすわ。ほんっと肝が小さい男で」
「……聞こえてますよ」
「おっと、こりゃ失礼。肝が小さい上に地獄耳とは恐れ入りやした」
ナプキンで口元を拭ったアヴィの笑みが、みるみる“上品な笑顔”から“優雅な殺意”へと変貌する。
(ひぃぃ、完全に喧嘩売ってる……!!)
このままだとダイニングテーブルが、筋肉デスマッチのステージになる……!
いや、テーブルどころか家ごと粉々→飛散した魔力が暴走→局地的ブラックホール生成→王都消滅――!!
市民が路頭に迷うゥゥ……ッ!!
俺が滝汗を流しながら、戦争勃発の瞬間を見守っていたその時――。
「兄さん! この唐揚げ、すっごく美味しいですね!」
(リセル!! 神か!? 救世主か!?)
「だろ!? だろ!? まだまだあるから、遠慮せずに食えよ!」
「ところで兄さん、これ、なんのお肉なんですか? 食べたことのない味と食感なんですが……」
「……うん、リセル。それは――聞かないほうがいいぞ」
「…………」
その瞬間、リセルの手がピタリと止まった。
「な、なんでですか? 気になるじゃないですか。まさか、また飛竜とか……?」
「うん、大きい括りで言えば、そんな感じだな」
(“空飛ぶ系”でくくられてるやつな!!)
そのやり取りを見て、ライトがニヤニヤと口元を歪めた。
――やめろライト、言うな。絶対に言うな。
俺は無言の圧で「黙れ!」と目線を送った。
――だが。
「……このコウモリ、美味しいね」
ポツリと呟いたリーヤの一言に、場の空気が凍りつく。
「……え、え……??」
「リーヤ、やらかしたな」
「ぼ、僕!? ご、ごめんなさいっ!」
「……こう、もり……?」
オロオロするリーヤと、唐揚げが刺さったままのフォークを握りしめるリセル。
「……兄さん」
「な、なんだいリセル……?」
ゴクリと喉を鳴らす俺。背中に冷や汗が伝う。
「……コウモリって、意外と美味しいんですね」
「……え?」
俺の不安をよそに、リセルはまた唐揚げを頬張った。
「さすが、兄貴のご兄弟。器がちげぇでさぁ!」
チビが感心したように顎をさすりながら頷く。
(なんかよくわかんないけど……た、助かったぁぁぁ!!)
こうして“カオス歓迎会”は、混沌と熱気と、あとなんかよくわからないノリに包まれながら、なんとか平和(?)に幕を閉じたのだった。
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