51 / 56
第51話 でんかのほうとう②
数日後。
ブルファングの骨からじっくりとった出汁に、大量の野菜とキノコ、そして肉を投入。
ぐつぐつと煮え立つ鍋に、例の異世界味噌をたっぷり溶かし、最後に蜂蜜でほんのり甘みを加える。
チビたちがマッスルパワーで練り上げたうどん生地を、太めにカットして鍋へ――。
湯気の中、味噌の香ばしい匂いが立ちのぼる。
「――完成! ヤマナッシーの郷土料理、ほうとううどん!」
「おおーっ!」という歓声とともに拍手が巻き起こる。
その輪の中に、弟のリセルとミシェル王子の姿もあった。
背後には当然のようにジョバンニ氏も控えている。
――ことの発端は、魔法学院でのテストが終わったあと。
何気ない世間話の中で「これから家に帰って郷土料理を作る」と言ったところ、
王子が「ぜひご相伴にあずかりたい」と目を輝かせたのだ。
ついでにジョバンニ氏も、当然のような顔で「では私も」と同行を申し出てきた。
……で、特に断る理由もなく、「こうなったら弟も誘うか!」と思い立って、リセルにも声をかけた。
ここ最近、リセルは俺の貞操が心配なのか、それとも性に奔放すぎる兄を監視しているのか――なぜかやたらとうちに入り浸っている。
(……いや、頼むから“兄の貞操警備隊”みたいな顔で来るのやめてくれ……)
そういうわけで、そのまま王室専用馬車で一緒に帰ってきて――はい、今に至る。
「お待たせしやした、王子さん! リセルの兄貴! 兄貴特製、アツアツのほうとううどんでい!」
「ありがとうございます」
うん、王子すごい。
ベアトリス中尉の筋肉部隊で筋肉を見慣れているせいか、まったく動じていない。
むしろ馴染んでる。なんなら羨望のまなざしで皆を見ている。
王子もリセルも器用にフォークでうどんを巻き取り、ふうふうと息を吹きかけてから口に運ぶ。
その所作がなんというか――異世界の王侯貴族というより、「旅番組で地元グルメをリポートする爽やか若手アイドル」みたいだった。
「兄さん、美味しいです。モチモチの麺にトロッとしたスープが絡んで……。カボチャモドキの甘みがいいアクセントですね」
「……うん、優しい味ですね。この味噌スープ? というのですか。野菜と肉の旨みが溶け合って、身体に沁みます」
西洋絵画から抜け出してきたような気品の王子と、俺より目鼻立ちがくっきりしたリセル。
タイプの違う美少年二人が並んで繰り広げる、癒し系食レポ。
昼下がりのマダム層が見たら確実に“録画保存案件”。
サロンの貴腐人が見たら――どっちが受けでどっちが攻めかで、戦争が始まるに違いない。
その横で、ジョバンニ氏がさりげなくハンカチを差し出した。
「殿下、口の端に汁が」
……その仕草があまりに優雅で、完全に“貴族の午後ティー”なのに――
背景はマッチョ獣人オンリー。
このカオス、誰か説明してくれ。
「兄貴、王子さんもリセルの兄貴も気に入ってるじゃねえっすか!」
「……はは、良かった。味噌って独特の風味だから、外国の人にはけっこう不評なんだよね」
「そーなんすか? あっしは好きですけどね」
「……むしろチビ、嫌いなものあるんか?」
「ねぇっす!」
ニカッと笑うチビの横で、王子が器の底まできれいにスープを飲み干した。
そして涼しい顔で一言。
「おかわり、よろしいですか?」
――王子、まさかの完食。
気品の仮面を脱ぎ捨てた瞬間、完全に庶民派である。
最初はフォークだったのに、いつの間にか箸まで習得してる。学習スピードが速い。
そしてマッチョたちと一緒に「うまい!」って笑ってる姿が、なんかもう尊い。
「ちょっと、兄さん!? 王子殿下の順応、早すぎませんか!?」
「リセル……王子はな、修羅場の数が違うんだ」
「えっ」
「ベアトリス中尉の“筋肉候補生”にされた男だ」
「誰ですかそれ!? ていうか“筋肉候補生”って何!?」
「考えるな、感じろ!」
「いや、ちゃんと説明してくださいよーー!!」
……そんな俺たちの小競り合いをよそに、王子は再びうどんの丼を掲げた。
「おかわり、よろしいですか?」
――王子、三杯目突入。
「殿下、おかわりはほどほどに。塩分が過多になります」
ジョバンニ氏が冷静に割って入り、王子の器をそっと押さえる。
「ジョバンニ、今日だけは見逃してほしい。……ほら、君も食べてごらんよ」
「……はあ。殿下がそこまでおっしゃるなら」
気づけばクーやチビたちも「おかわり!」と声を上げ、
俺の家の台所は、完全に“ほうとう屋”と化していた。
こうして――この日、王子殿下の胃袋とマッスル獣人たちの心を掴んだ「伝家のほうとう」は、静かに伝説となったのである。
ともだちにシェアしよう!

