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第52話 フォーマンセル ー轟獣竜戦ー①

【フォーマンセル(Four-Man Cell)】 主に軍事や組織における基本的なチーム編成の単位。 ​「4人一組のチーム」という意味。 ***  「いやー、ユーマ君ありがとう。半信半疑で来てみたけど、君のヒールは不思議な感じがするなぁ。怪我と一緒に胸のつかえまで取れた気がするよ」  「いえ……お役に立てたなら良かったです」  その日、俺は治癒魔術士団の処置室で宮廷魔術士のバイトをしていた。  学業優先なので週一だけ。せめて小遣い稼ぎになれば――そんな軽い気持ちで始めたはずなのだが。  “ソウルリトリーバル”のことは伏せている。……いるのだけれど、気づけば俺のことは、「触ると運が上がる治癒士」みたいな謎の噂になっていて。  結果、今日も俺の当番の日は初詣の神社さながらだ。  長い廊下には、きっちり整列した兵士たちの行列。筋骨隆々の男たちが無心で順番待ちしている光景は、正直ちょっとした宗教っぽい。  しかし「新入りの子」だった頃を思うと、最近は「バイトの子」や「ユーマ君」と名前まで呼ばれるようになっていて、少しこそばゆい。けど……悪い気はしなかった 。  「……よし、今の人で最後、かな?」  壁掛け時計を見ると、すでに針が午後二時を回ろうとしていた。  ふぅ、と息を吐き、固まった背筋をぐっと伸ばす。  横を見ると、ガウルが壁にもたれ、もそもそと紙袋を漁っていた。  中からマフィンを取り出し、まるで狩りの最中みたいな真剣さで貪り食っている。  さっきコンラッドから貰った焼き菓子だ。  時々こうして兵士さんから「お布施」と称してお菓子や飲み物の差し入れをもらうことがあるのだが――。  俺の護衛が、ガウルとクーの時には彼らにひとつ残らず食べられ、そしてアヴィの時には容赦なく「ゴミですね」と断罪されてゴミ箱直行だった。  それがあまりに申し訳なくて、ついゴミ箱から拾って食べようとしたら――  「僕よりゴミが大事なんですか?」と、アヴィに本気でキレられた。  その後はもう羞恥地獄だった。  アヴィが満足するまで、恥ずかしいセリフをひたすら言わされる罰ゲーム。  ……それ以来、アヴィと一緒の日だけは、どんな差し入れも丁重に辞退するようにしている。  「お、おいガウル! せめてひとつくらい残しておいてくれよ!?」  「……毒でも入ってたらどうする」  ガウルが真顔で紙袋を覗き込みながら呟く。  「いや、コンラッドさんが俺を毒殺するメリットがどこにあんだよ!? てか、全部食べる必要ないだろ!?」  もぐもぐと詰め込んだまま、ガウルは無言で別の包みを差し出してくる。  ……この包みは、今朝チビたちが作ってくれた味噌カツサンドだ。  「……もう」  (はいはい、つまり“おとなしくコレ食ってろ”ってことね)  包みをほどくと、ふわりと甘じょっぱい味噌の香りが立ちのぼる。  大きな葉に丁寧に包まれたカツサンドは、葉っぱ自体もいい匂いがして、見てるだけでお腹が鳴りそうだ。  空腹に負けて一口齧る。  素朴な小麦の香りと、じゅわっと広がる濃厚な味噌ダレの旨味。噛むごとに幸せが口いっぱいに広がって――。  「……うっま」  コンラッドから貰ったマフィンを、いつの間にか全部平らげていたガウルは、空になった紙袋をくしゃっと丸めてゴミ箱に放り投げた。  (コンラッドさん……すいません。  あなたの善意の差し入れ、筋肉嫁が全部食べました)  心の中で深々と土下座する。  そうして味噌カツサンドを食べ終える頃。  廊下のほうからなにやらバタバタと慌ただしい足音が響いてきた。  「……なんだ?」  首を傾げつつ、ガウルと一緒に廊下へ出る。  その瞬間――。  ズンッ、と。  遠くで地面がうねるような、鈍い轟音が響いた。  空気が震え、胸の奥がざわつく。  「な、なに、この音!?」  ガウルの腕がぐっと俺の肩を押さえ込む。  その鋭い目が、獲物を見つけた獣の、狩りの目になっていた。  廊下の向こうで、誰かが駆けてくる気配。  次の瞬間、マルコム室長が息を切らしながら角を曲がって現れた。  「ユーマ君――緊急事態だ!」  その顔には、普段の温厚さはどこにもない。  焦燥と、ほんのわずかな恐怖が滲んでいた。  「轟獣竜(ルギド)が王都外門付近に出現した! 民間人が襲われている!」  「……っルギド!?」  その名を聞いた瞬間、背筋が総毛立つ。  今まで戦ったことも、見たこともない。  だが、その名は本で読んだことがあった。  “獣のように地を這い、街ごと地平に沈める狂竜”――そう記されていた。  獰猛で気性が荒く、四肢が異様に発達し、その巨体に見合わず動きは俊敏。  「騎士団はすでに総員で討伐に向かった! 我々も負傷者の救援に出る!」  「じゃあ俺もっ――」  「君は安全な所にいなさい! ガウル君、彼を頼んだ!」  マルコム室長は、俺の返答などお構いなしに、救援指揮のため走り去っていった。  「ま、待ってください! マルコム室ちょ――」  駆け出そうとした瞬間、肩ごと身体が引き寄せられる。鉄骨みたいな腕。獣じみた力。  「おいガウル! 俺たちも行かないと……ぐっ!」  抗議も途中で飲み込まれた。  ガウルは無言のまま俺を小脇に抱え、そのまま外へ飛び出す。  「ちょ、待っ、うわァ!?!?」  気づけば俺は、城壁の垂直の外面、ありえない高さで宙ぶらりんになっていた。  ガウルの四肢は石壁に食い込み、巨大な猛獣が獲物を咥えたまま木に登るような体勢で張り付いている。  「ひ、ひぃぃ! 高い高い高いっ!! ガ、ガウル!?」  返事はない。  ただ、風を切る静寂の中、彼は遠く王都の外門を睨み付けていた。  凶獣の目。  ズオンッ、ズオンッ、ズズンッ――!  地面が鳴り、空気が震える。  視界の端、城外の防壁の向こうで、巨大な黒い影が跳ね上がった。  黒曜の鱗。裂けた大地。咆哮さえ届かぬ距離なのに、内臓が震える。  ――轟獣竜(ごうじゅうりゅう)ルギド。  ガウルの喉から、野太い唸りが漏れる。  「……ユーマ。しっかり掴まってろ」  「へ? あ、ちょ、まっ――」  言い終わるより早く、世界が弾けた。  ドッ! ドッ! ドッ!  壁を蹴る。跳躍。  また蹴る。空を裂く。  また跳ぶ。風が悲鳴を上げる。  片腕で俺を抱えたまま、  狂狼が獣道を駆けるように、空中を踏みしめて進む。  俺は風に顔を歪め、必死にガウルの体にしがみついた。  「うわぁぁあああああ!!!」  城壁を駆け抜け、屋根を越え、怒号の渦巻く王都外門へ――  ガウルは戦場へ一直線に突っ込んでいった。  俺はただ、目を閉じて祈るしかなかった。  

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