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第53話 フォーマンセル ー轟獣竜戦ー②

 ガウルに抱えられたまま、獣じみた加速で王都の外門へ近づくほど、空気が変わっていった。  遠くに聞こえていたはずの轟音は、今や皮膚を震わせ、鼓膜を殴りつける暴力そのものだ。  そして――視界が開けた瞬間、息が止まった。  外門の広場は、地獄だった。  王都の誇り・近衛騎士団が、黒い巨影の前に陣を敷いている。  黒曜の鱗。大地を踏み砕く四肢。  轟獣竜(ごうじゅうりゅう)ルギド。  「怯むな! 陣形を保て!」  騎士団長の声が、爆裂音の中で掠れるように響く。  ミスリルの剣が四肢を狙って振り下ろされ――  ガキンッ! キィィィン!!  陶器を叩いたような虚しい音だけが弾け、刃は砕け散る。  「くっそ、刃が通らん! 鎧袖一触(がいしゅういっしょく)だ!」  ルギドが大地を叩きつけた。  ドゴンッ!  地面が波のように隆起し、前衛騎士たちが宙に投げ出される。  衝撃だけで、数名が戦闘不能――いや、生死も危うい。  後方に陣取る宮廷魔術士団が、声を合わせ詠唱を紡ぐ。  「――フレア・ストーム!」  大気が震え、光が閃く。  たちまち紅蓮の奔流が天を衝き、竜巻のごとき火柱が渦を巻いた。  吹き荒れる熱風が、砂塵と怒号を飲み込んでいく。  ゴオオオオオ――ッ!!  ルギドの巨体を炎が飲み込み――  ……次の瞬間、炎の中から黒い影がゆっくりと立ち上がる。  焦げ跡一つない。  むしろ、熱を愉しむように喉を鳴らし――  赤い光が喉奥に灯る。  「避けろッ! ブレスだ!」  ブオンッ!!  大気が裂け、横薙ぎの熱線が走る。  魔術士たちが防御陣を展開するが――間に合わない。  通過した地面は瞬時にガラス化。  巻き込まれた者は、声すら上げられず塵へと消えた。  騎士団の側面、瓦礫を積み上げて作った即席の防壁。その影から、ベアトリス中尉率いる魔導銃隊が一斉に銃口を突き出していた。鍛え抜かれた兵士たちは、反動など存在しないかのように身体を沈め、ひたすら標的を狙い澄ます。  「撃て! 号令があるまで手を止めるな、押し切れぇぇ!」  ベアトリス中尉の怒号が、咆哮と破砕音の混じる戦場に響く。  彼女自身も巨大な対竜狙撃砲を肩に担ぎ、照準器越しにルギドの眼と関節だけを選り抜くように狙い定めていた。  バババババ! キュルルルル!  魔導弾が空気を裂き、雨のようにルギドへ叩き込まれる。  カンッ! カキン! キン!  しかし、音は軽かった。  銃弾はすべて弾かれ、鱗の表面に白い痕すら残らない。跳ね返った魔導弾が瓦礫を穿ち、壁を砕く。だが当の怪物は、まるで鬱陶しい砂粒でも払うかのように、微動だにしなかった。  「な……中尉! 徹甲弾も通らねぇ!」  「クソッ……! 噂以上か……! 次装填! 目と口腔部以外は撃つな、弾を無駄にするな!」  歯を噛み締めながら、ベアトリス中尉は再び対竜狙撃砲を構え直す。  全員の必死の集中砲火は、確かに勇ましく、希望の火にも思えた。  ──だが、決定打には遠い。  ルギドの鱗は、騎士の剣も魔法も、そして最新の魔導兵器すら無意味にしていた。  その絶対の防壁が、兵士たちの士気を片端から削ぎ落としていくのが分かった。  ルギドは、地を這うような巨体からは想像できない俊敏さで騎士団の隙間をすり抜け、王都外壁に体当たりを敢行した。  グシャアアアアア!!!  歴史ある外壁が、紙を潰すように陥没した。  このままじゃ――街が沈む。  (……こんなの、どうやって倒すんだよ!? いや、でも――ガウルたちなら……!)  絶望と希望がごちゃ混ぜになった思考を、轟く声が切り裂いた。  「ご主人様ッ!!」  「ユーマーーッ!」  「「「兄貴ィィィーーッ!!!」」」  土煙を裂いて、アヴィとクー、リィノ、リーヤ、ライト――そして、かつてのチビたちが、逞しい肉体を揺らしながら駆け込んでくる。  騒ぎを聞きつけた獣人たちは、すでに『狩る者』としての装備を整え、ルギドとの決戦に備えていた。  瓦礫を蹴散らす音が、戦場の喧噪の中で唯一、胸に光を灯す響きとなった。  ガウルは屋根から瓦礫の頂へと降り立ち、俺を静かに地へ下ろした。  同時に仲間たちが、俺たちを取り巻くように展開し、ルギドと対峙する。  その瞳――恐怖も迷いもない。ただ「俺を守る」という確固たる意志だけが宿っていた。  「ガウル、みんな。頼む。俺の命と、この国の未来は――お前らに託す。あいつの絶望を、ぶち破ってくれ!」  声が震える。だが、迷いはない。  俺はガウルの腕にしがみついたまま、魔力の扉を全力でこじ開ける。  (ここで出し惜しみしてどうする――! 俺たちのエクストラヒール!)  全身の血管が熱く脈打つ。魔力が骨を軋ませ、視界が白く弾ける。  「――ヒールッ!!!」  爆ぜる光。金色の魔法陣が戦場一帯に広がり、烈光の奔流が仲間たちを包み込む。  ガウルの銀髪が、稲光のように閃いた。  肩と腕がさらに膨れ上がり、全身に「狩りの王」の威が満ちる。  空気が震え、ルギドに向けた殺気が剥き出しになった。  アヴィのしなやかな四肢には猛禽の刃が宿り、瞳は未来を射抜くように細められる。  クーは静かに表情を引き締め、身体から迸る闘気が熱風のように揺らめいた。  リィノの静かな闘気は、熱でも鋭さでもなく――揺るぎない「重力」そのもの。  その場に立つだけで、要塞のような存在感を放つ。  リーヤは温厚な仮面を脱ぎ捨て、狩りを控えた捕食者のように、冷ややかな眼光を宿す。  下肢の筋肉が、瞬発のためのしなやかな曲線を描いた。  ライトは不敵に笑い、牙を覗かせる。  握りしめた拳の甲では筋と血管が浮き上がり、今にも叩きつけんとする闘志があらわになる。  そして、元チビたちは歓喜と闘争心を同時に爆発させた。  「うおおおっ!! 力が……湧くッ!!」  「兄貴のバフだ! 負ける気がしねぇ!!」  全ステータス1.5倍――。  そして、ガウルを媒介にした時だけに発動する固有スキル『王者の心眼』。  仲間の視界と意思を共有し、戦場全体をひとつの生命のように連動させる、究極の共闘スキルだ。  それは、絶望をぶち破るための最初の反撃の号砲だった。  ガウルは口角を上げ、牙を覗かせ、獰猛な笑みを浮かべた。  「……ユーマ。任せろ」  その一言で、胸の震えが闘志に変わった。

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