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第54話 フォーマンセル ー轟獣竜戦ー③

 金色の闘気を纏った獣人たちが咆哮を返すルギドを前に散開する。  恐怖は、誰一人として浮かべていない。  最初に飛び込んだのは、やはりガウルだった。  ルギドの注意が騎士団に向いた刹那、瓦礫を踏み砕き、銀の残光を引く跳躍。  手にしたミディアムソードが陽光を弾き、まるで神具の光のように煌めく。  巨大な尾が空を裂いた。  風圧だけで岩が砕け、砂塵が爆ぜる。  ――だが。  ギィィィンッ!!  ガウルは咆哮のような衝撃を受け止めた。  土が沈み、足元の石が粉々に砕ける。  それでも、退かない。  反動を刃に乗せ、尾の付け根――鱗の継ぎ目を狙って叩き込む。  ドゴンッ!!  黒曜の鱗が初めて割れ、血が滲む。  騎士団の全火力を嘲笑った装甲を、力と精度で砕いたのだ。  ルギドが地鳴りのような悲鳴を上げた瞬間、二つの影が視界を乱す。  アヴィとリーヤ。  風のように駆け、雷光のように舞う。  アヴィの双短剣が爪の根元と肉の境目を十数回斬り裂き、赤い火花のような血飛沫が散る。  リーヤは投げたダガーの反動で軌道を変え、跳び、滑り、翻る。  竜の巨体に、まばたきより速い動きで死角を作り続ける。  「グガアアアアアアッ!!」  振り下ろされる前足。砕ける地面。  だが二人は当たらない。  獣人の機動力が、ルギドの力を上回った。  後方から、クーの弓が低く唸りを上げた。  ヒュンッ――!  狙うは口腔、そしてガウルが抉った裂け目。  筋肉と骨を読み切った射線が、咆哮の隙間を正確に突き抜ける。  鋼を練り込んだ矢は、肉を裂く鈍い音とともに、口腔奥の柔肉へねじ込まれるように突き立った。  直後、重い振動音と共に、リィノの魔導銃が唸る。  「――貫けッ!」  放たれた魔導弾がルギドのひび割れた鱗を深く抉る。  さっきまでベアトリスたちすら苦戦した装甲が、今は確かに崩れ始めている。  前衛ではライトが鉤爪(クロー)で巨竜と殴り合っていた。  「うおおおお!!」  爪と爪が打ち合い、金属音と火花が散る。  巨体に飛びつき、鱗を指先で剥ぎ取ろうと食らいつく狂気の執念。  そして――地面では、最も自由で最も狂気じみた集団がいた。  元チビーズ。  包丁、ナタ、そして巨大な鍋の蓋。  それぞれが武器とも防具ともつかぬものを掲げ、竜の足元で跳ねる。  「兄貴のバフ入り! この鍋ブタ、最強の盾ッス!!」  ドガァン!!  巨大な足が降り、鍋の蓋がきしみ、火花を散らしながらも踏み潰されない。  そして包丁が指の隙間を的確に突き刺す。  「ちょっと! あれユーマ君ちの猛獣軍団じゃん! 激アツ展開きたー!!」  魔道士団副長のロイドが歓声を上げ、拳を震わせる。  その横で、騎士団も魔術士団も――ただ息を呑んで立ち尽くした。  視線の先、獣人部隊が戦場を切り裂く。  ​ガウルの一撃が巨鱗に亀裂を叩き込み、  アヴィとリーヤが影のように躍り、急所を狙いながら攻撃を誘導。  ライトたち給仕組が吼えて前に立ち、  その身ごと衝撃を受け止め――仲間を通すための肉盾となる。  そして後方、  クーの矢とリィノの魔導弾が、わずかな隙間を正確に射抜いて、弱点へ集中砲火。  獣たちの連携は、もはや軍勢のそれだった。  その頃、俺はチビの背に担がれたまま、悲鳴と怒号の渦巻く前線へ突入していた。  砕けた地面、焦げた血の匂い、折れた槍が散乱する。  生きている者まで、地に伏し――助けを求める手が震えている。  「……っ、ユーマ殿!? 来てはダメだ!」  前線に復帰したばかりのコンラッドが、血の気を失った顔で手を伸ばした。  「コンラッドさん! 治癒魔術士団は!?」  「もう動いている! だが――負傷者が多すぎる。物資も、人手も、まるで足りていない!」  地面には呻き声。血と煙。助けを求める手が、瓦礫の中でもがいていた。  俺はチビの背に縋りつきながら、身を乗り出す。  胸の奥、擦り切れた魔力がまだ燻っている。  (……大丈夫、まだやれる。まだ残ってる……!  俺は俺にできることをやるだけだ。全部まとめて――治す!)  「チビ! なるべく群衆の真ん中へ!」  「オッス!! 兄貴!!」  魔力を一点に圧縮し、解き放つ。  ヒールはチビを媒介として増幅され、金色の巨大な魔法陣となって戦場を覆った。奔る光は騎士団、魔術士団、ベアトリス中尉率いる魔導銃隊へと一斉に流れ込む。  「こ……これは、エクストラヒール……!?」「傷が……塞がっていく……!」  鍛錬の果てに辿り着いた新境地。ガウルたち媒介者の存在は不可欠だが、俺は一日三度、限界強化のエクストラヒールを放てる。  続けざまに最後の一発を撃ち込むと、倒れていた負傷者が息を吹き返し、次々と立ち上がった。  失われた四肢や折れた武器こそ戻らないが、体力は満ち、命が繋ぎ止められる。  そしてなにより――チビのバフによって、全ステータスが1.5倍に跳ね上がった。  さらに、俺の“ソウルリトリーバル”が全軍の士気を引き上げる。圧倒的な恐怖に押し潰されかけていた心に、闘志と確信が灯る。  最初に咆哮したのはベアトリス中尉だった。筋肉が膨れ、魔導砲を握る腕が雷鳴のように震える。  「これだ! この力が欲しかった!」  彼女は血管を浮かせ、叫び飛ばす。  「魔導銃隊、聞け! 我らは今、神に祝福されている! ルギドの目と口を狙え! 一斉射撃、開始ッ!」  ドドドドドッ! キュルルルルル!!  超高速の魔導弾が閃光の雨となり、ルギドの眼窩に殺到する。硬鱗を抉る火花が散る。ついに巨躯が怯んだ。  士気を取り戻した騎士団長が剣を掲げ、咆哮する。  「この勝機を逃すな!! 突撃――!!!」  強化された剣撃がひび入った鱗を裂き、肉に達する。  その足元では、ガウル、アヴィ、ライト、そして給仕部隊チビーズが動く。  ガウルが膨れ上がった前脚の腱を深く断ち切り、巨体が揺らぐ。アヴィとリーヤが閃光のように走り、目眩ましと傷口の拡張を担う。  チビーズは鍋蓋を投げ捨て、包丁とナタを構えた。  「コイツぁ、活きのいい食材ッス!」と叫びながら足指を一斉に叩き割る。  巨体が崩れかけたその瞬間。  「今だ……!」  クーの放った全霊の矢が、ベアトリス隊の弾で穿たれた左目へと直進し、深々と突き刺さる。  「グギャアアアアアアアア!!」  絶叫が爆ぜ、暴発したブレスが空を焼く。狙いは定まらない。魔術士団長が腕を掲げた。  「全魔力を一点へ!! 放て!!」  「フレイム・バースト……!!!」  集束した魔力が太陽めいた光球となり、ルギドの口内へ突き刺さる。  ゴオオオオオオオオオオッ!!  内部から爆ぜる衝撃。巨躯が痙攣し、壁を砕きながら、視界を埋め尽くすように崩れ落ちる。  ズゥゥゥゥゥン――。  地響きが一度轟き、やがて全てを呑み込むかのような沈黙が訪れた。  ルギドの動きが完全に止まったのを確認し、騎士団長は剣を天へ突き上げた。  「勝利だァーーーーッ!!」  咆哮のような歓声が噴き上がる。  剣が掲げられ、涙が滲み、黄金の光が戦場を洗う。  歓喜と解放が奔流のように広がっていく。  その中心で、俺はチビの背にだらりと凭れながら、ただ息をしていた。  体が重い。動かない。力を行使した代償が、骨の奥で軋むように、俺の肉体を削り取っていた。  じわり、と温かい感触が上唇を濡らす。  鼻の奥で鉄の味が広がり、鼻血が一筋、ぽたりと地面に落ちた。  すぐにガウルが駆け寄り、俺を抱き上げる。  乱れた呼吸。震える腕。  それでも――この身体を離さない。  誰の手からも遠ざけるように、野生の光を宿した眼で周囲を睨む。  轟音と歓声の中で、俺の世界だけが、静かに、温かかった。  最後に見たのは――  雲ひとつない、澄みきった青。  その下で、胸元に顔を埋めるガウルの震える熱と、  駆け寄ってくるアヴィとクーの、泣きそうなくらい安堵した笑顔だった。

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