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第55話 フォーマンセル ー轟獣竜戦ー④
次に目を覚ました時、俺は7人の小人――ではなく、10人の大男に囲まれていた。
視界いっぱいに迫るのは、鋼の胸板と、心配でくしゃくしゃの獣人たちの顔。
ここは王城隣、魔道士団塔の救護室。
「……ユーマ?」
クーの瞳が揺れている。
無意識に伸ばした指先が、クーの頬に触れる寸前――
「ユーマーーッ!!」
ガバッ!
「ぐへっ!」
100キロ超級の抱擁。押し潰されたカエルみたいな声が出た。
「ご主人様!」「ユーマさん!」「兄貴ーーッ!!」
「お……おも……っ……死ぬ……」
十人の圧がのしかかり、ベッドが悲鳴と断末魔を上げる。視界が白む。
その時、割って入る声。
「こらこら! ユーマ君を押し潰さないで。我が団の貴重な人材なんだから」
筋肉の壁を押し分け、治癒魔術士団室長マルコムが姿を見せた。
「大丈夫かい? 魔力を使いすぎたね」
(……そうだ、俺。三回目のエクストラヒールのあと、意識が遠のいて――)
「……っ、ルギドは?!」
体の芯がまだ痺れる中、掠れた声で叫びながら飛び起きた。
「心配ない。君たちのおかげで倒せたよ」
その一言に、胸の奥の緊張がほどける。
心臓が、うるさいほど脈打っていた。
「……そうか。おまえら、本当にありがとう」
言葉にした瞬間、熱いものが胸の奥から込み上げる。
チビたちは、その逞しい体に似合わず、照れくさそうに鼻先を掻いたり、耳を伏せたりしている。
轟獣竜 ――あんな“災い”そのもののような竜を、こいつらが倒した。
不可能を可能にしてみせた、その存在が、ただ誇らしかった。
「……でも、普段は高地の山奥でひっそり暮らしてるような竜が、どうしてわざわざこんな麓まで降りてきて、王都を襲うような真似をしたんだろ……?」
ふと胸に浮かんだ疑問を口にすると、マルコム室長は眼鏡を押し上げ、静かに答えた。
「それについては、まだ上で協議中だよ。他国の陰謀説なんてものも密かに囁かれてはいるが、証拠は上がっていない。……まあ、ルギドも生き物だからね。それこそ、本人にでも聞かなきゃ分からないんじゃないかな」
「そうなんですね……」
「ご主人様。難しい話はあとにして、今はゆっくり休んでください」
アヴィがそっと俺の手を握り、やわらかく笑う。見渡せば、他の皆も頷いていた。
その顔には、戦い抜いた疲労と――生き残った者だけが持つ、静かな安堵が浮かんでいる。
だが――その輪の中に、ひとりだけ、見慣れた銀の影が見当たらなかった。
「……そういえば、ガウルは?」
尋ねると、アヴィが落ち着いた声で答える。
「国王と謁見中です」
グローデン国王と……?
ルギド討伐――獣人たちを統率し、勝利へ導いたその功績。
正当に評価されるべき瞬間が、いま訪れているのだ。
胸の奥が、誇らしさと少しの寂しさでじんわり満たされる。
その時だった。救護室の扉が、静かに音を立てて開く。
ガチャリ――
銀の毛並み、鋭い眼光。
堂々とした足取りで、ガウルが中へ戻ってきた。
「……ガウル」
名を呼ぶと、銀の耳がぴくりと揺れた。
「起きて大丈夫なのか?」
「ああ……。ありがとう、ガウル。ここまで運んでくれたのも……お前だろ?」
一瞬、ガウルの視線が揺れる。だが次の瞬間には、つれない声音に戻っていた。
「……別に。当然の事をしたまでだ」
そっけない――けど、その尾はわずかに揺れている。
その小さな誤差を、クーとアヴィが見逃すはずもなく。
「あ、ガウル照れてるー♡」
「ほんと素直じゃないですね。さっきまで死にそうな顔で看病していたくせに」
「……黙れ」
ガウルが眉をひそめる。
けれど、灰色の耳の先がほんのり赤く染まっているように見えて、思わず頬が緩みそうになるのを堪えた。
「ところで、王様からなんか言われたの?」
俺が尋ねると、ガウルは短く息を吐き、肩をひとつ落とした。
「……ああ。ひとまず――『よくやった』と伝えろ、だと」
「え? それだけ?」
「いや。正式な場はまた後だそうだ。今は王都が慌ただしいからな」
「そっか……なら、とりあえずは一段落だな」
「ああ」
俺が安堵の息を吐いた瞬間、周りの大きな肩たちも、同じようにふうっと力を抜いた。
張り詰めていたものがようやくほどけて、救護室には、しんとした温かさが満ちる。
犠牲者がまったく出なかったわけじゃない。
それでも――もしこいつらがいなかったら、今ごろ王都は跡形もなく焼け落ちていたはずだ。
崩れた外壁はすぐに修復できる。
壊れた家も立て直せる。
けれど、人の命は戻らない。
地獄みたいな結末を、獣人たちが希望のある未来へと書き換えたのだ。
そして何より――こいつらが誰一人欠けることなく、生きてここにいること。
その事実だけで、胸がいっぱいになった。
ただ、ただ、ありがとうと、心の底から思った。
***
3日後――ルギド襲撃の混乱を乗り越え、アルケイン王立魔法学院の授業はようやく再開された。
あれから、空っぽだった俺の魔力は、驚くほどの速さで満ちていった。
理由は分からない。ただ、ガウルとアヴィ、それにクーが、まるで毛繕い でもするように、いつも以上にぴったりと距離を詰めてきて――気づけば三人とも、俺に張り付くように離れなかった。
それは“弱った番”を守る獣の本能なのか。
けれどその体温に包まれるたび、俺の方こそ救われていた。
触れる手のぬくもりが、静かに、深く、疲れきった心の底に沁みていった。
「兄さん……ッ!!」
「リセルーー!!」
学院の庭を横切り、リセルが駆けてくる。
白いローブの裾を乱し、息を切らしながら――その勢いのまま、俺の胸へ飛び込んできた。
「兄さんっ、兄さん、兄さん……!!」
声が涙に濡れて掠れている。
前線に出た俺の噂をどこかで聞いたのだろう。
リセルの顔は汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、子どもの頃のように俺の肩へ顔を押しつけてしゃくり上げていた。
「リセル……お前が無事でよかった」
震える背中を抱き寄せ、髪をそっと撫でる。
リセルはハッと顔を上げ、俺の肩や胸に手を這わせるようにして確かめた。
「兄さんは!? どこも怪我してないですか!?」
「はは、大丈夫だよ。あの日はちょうど処置室のバイトでさ。……ヒールを使いすぎて、一瞬ぶっ倒れただけだ」
「えっ!? そんなの全然大丈夫じゃないじゃないですか!」
「ほんとに平気だ。今はもうピンピンしてる」
そう言って笑うと、リセルはようやく息を吐いた。
「リセルは? ずっと寮にいたのか?」
「……いえ。警鐘が鳴って、すぐに教師の指示で――寮生全員、講堂の防御結界の中に避難してたんです」
「そうか。そっちまで被害が出なくてよかった」
リセルは小さく頷き、涙と鼻水を拭いながら尋ねる。
「やっぱり……ルギドを倒したのは、ガウルさんたちなんですね?」
「ああ。あいつらだけの功績じゃないけど、一番頑張ってくれたのは間違いないな」
言葉にすると、胸の奥がじんわり熱くなった。
あの瞬間――命を懸けて支え合った仲間たちの姿が、鮮やかに蘇る。
その時――。
学院の門前に、眩い金装飾を施した王室専用の馬車が音もなく横付けされた。
扉が勢いよく開き、陽光の中から金髪をなびかせながら飛び降りてきたのは――ミシェル王子だった。
「ユーマさんッ!」
勢いそのまま、王子は芝を蹴って駆け寄ってくる。
「貴方がたの活躍を耳にしました! あのルギドを討伐したとか! 本当に見事です!」
「い、いえ……俺はほんの後方支援で――」
言いかけた途端、王子は胸に拳を当て、苦悶の表情を浮かべた。
「本当は僕も竜退治に参じたかったんですが! でも……ジョバンニに死に物狂いで止められてしまって……っ!」
(いや、そりゃそうだろ……!? 王族が最前線出たら国が泣くわ!)
「……殿下をお止めできたこと、褒めていただけますか……」
背後で、満身創痍のジョバンニ氏が魂の抜けたような目で呟き、腰をさすっていた。
俺は苦笑しながら頭をかいた。
どうやら学院の平穏が戻るには――もう少し時間がかかりそうだった。
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