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第2話

「……どちら様?」  どちら様かはほぼ見当がついていたが、ラブは念のため、玄関のドアを片目分だけ開けて様子をうかがった。そこには、深緑色の軍服で身を包んだ長身の青年が一人、立っている。 「はっ!自分は、総務局人体部監督係、リュート・リヒスト巡査長であります!第2種国家医魔術師、ラブ・ウェルシア殿の、監査に参りました!」  青年は、ラブの頭上5センチあたりを見ながら、一気にそれだけ言うと、敬礼をしたまま動かなくなった。 「こんな辺境の地までご苦労様。私は、すべて法を遵守した運営をしているけれど……」 「はっ!そこを監査させていただきたく、馳せ参じました!」  先程と同じ言い方で、視線を合わせようとしないリュート・リヒストに、下手に出ているようで有無を言わせぬ威圧をかけられる不快さが、ラブの機嫌を一気に損ねた。 「……中へ。さっさと調べて」 「はっ!失礼します!」 「あと、その喋り方やめたらどうです?」  リュートは入室してすぐに、自分のために用意されていると決めつけた様子で、木製のチェアにどかりと腰を下ろす。 「あらそう?それはありがたい。久しぶりだな、ラブちゃん。5年ぶり?」 「ちゃ……早く始めましょう、リヒスト巡査長殿」  リュートの変容ぶりに、眉をひそめるラブだったが、客人には変わりないのでお茶の準備を始める。客人にお茶を出すのは、一番初めに「先生」に教わった事なので、ラブはその教えを大事にしたいと思っていた。 「リュートでいいって。同じ学園出身だろ?」  学生時代は、ラブが思い出したくない過去の一つだが、事実は変わりようがない。人懐こい笑顔を向けて、懐に入り込もうとするこの男は、5年ほど前の記憶だが、確かに、ラブの知っているリュート・リヒストその人だった。脳の中で、記憶の古い引出しを開けたためか、右目の奥がちりりと痛んだ。 「……リヒスト先輩。総務局が私に抱いている疑念はなんですか?」  どうしても距離を置こうという姿勢のラブに、苦笑しながら肩をすくめ、淹れたてのお茶を受け取る。お世辞ではなく、本当に美味いお茶を「うまい」と称賛しても、ラブは眉ひとつ、動かさなかった。 「人体実験、莫大な数の人体サンプル回収、禁忌魔術の使用、違法薬の密輸」  リュートは、羊皮紙に書かれた監査内容を読み上げる。紙の一番下に、直属の上司のサインが目に入り、気がぐっと引き締まる。 「これ、全部事実か?」 「シャー!ウゥー」  テーブルの下で様子を探っていた猫が、毛を逆立てリュートを威嚇する。一瞬にして変わった空気に反応したのだ。やっと視線を合わせてきたのが、人を蔑むような冷たいものだったので、「勝手な奴だ」とラブは思った。 「それはあなた自身で調べる事でしょう?でも、まあ、答えは半分イエ……」  床に、赤い液体が散らばる。それが自分の体内から出た血液であることに気づくと、熱くて冷たいものが全身を駆け巡るように「痛み」という感覚が押し寄せ、思考を支配する。生理的な涙が零れた。 「かはっ……」  ラブは、自分の腹に違和感を覚え確認する。大剣の刃先が目視できた。大剣はラブの腹を刺したまま、鍵を回す要領でゆっくりと床と並行になり、内臓をえぐる。 「場合によってはどれも終身刑になり得る。発言には気を付けた方がいい」  そう言い放つリュートを横目で見ながら、ぱたんと膝をつくと、大剣も、散らばった赤い血も、ラブの視界から一切消え去った。 「はぁ……はっ、んっ」  荒れた息を整えようと唾を飲み込むと、その振動で、両の目から大粒の滴が落ち、先程まで血溜まりが出来ていた床に、本物のしみを作った。 「……幻覚魔法、完成させたんですね。そっちの方が性質が悪い」  すっと立ち上がり、膝の埃を払うラブをリュートが凝視する。「幻覚魔法」の解除条件を満たさぬうちに、自分で気づき動き出す人間を初めて見たからだ。リュートは、辛そうとも、怒りを表しているとも捉えられる表情で、一つの結論にたどり着く。 「お前『分離』か?」 「ええ。まあ」  ラブは、まだ止まらない涙を鬱陶しそうに袖で拭い、リュートを睨みつけた。 「ところで今日は、完成させた幻覚魔法を自慢しに来たのですか?」 「いや、元々挨拶と説明だけだ。本格的な監査は明日からになる。七日ほど」    ラブが、チッ、と舌打ちを聞こえるようにしてから「こっちだって忙しいのに」と聞こえないように言ったのをリュートはすべて聞いた。機嫌を悪くさせるために来たわけではないし、気持ちよく監査に協力して欲しい、何より、久しぶりの再会を喜び、充実した七日間を共に過ごしたいという思いがあったため、ご機嫌をとる。 「ラブ、お前に言うなと上司からは口止めされてるが、証拠を見つけるんじゃなくて、無いのを確認するための監査だから」  リュートは、人差し指を立て、自分の口元に当てながらラブに耳打ちをする。それでもなお、ラブは怪訝そうな顔をした。 「あと、これもイエナイコトだけど、何事もなく終われば、迷惑料として少しだが謝礼が出る」 「……この辺り、宿ありませんよ。空き部屋使いますか?」 「マジで?助かる!」  リュートがとっておきの切り札を切り、あからさまに対応が柔らかくなったラブを見て「どうやら少し機嫌を直してくれたようだ」と胸をなでおろした。それにしても金でここまで対応を変えるなんて、よほど金銭的に余裕がないのだろうか。言ってくれればいくらでも支援するのに。5年も逃げておいて、自分は何を言っているのだ、等をうだうだ考えていると、ラブがリュートの眼前に、ふっと手を差し伸べる。 「宿代。前金制なので」

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