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第6話
「買い物に行きます」
「……わかった」
リュートが、昼食のスープとミートパイをむさぼっていると、ラブが午後からの予定を告げに来た。
今朝の朝食を作る段階ですでに準備されていたミートパイは、玉ねぎの甘みと牛肉の旨味がぎゅっと詰まったフィリングが、驚くほど軽やかなサクサクパイ生地で丁寧に包まれており、口の中で両者が相乗効果を生んでいた。リュートは「一流の魔術師は料理の腕も一流」という仮説を立ててみたものの、イェンチの顔が浮かんで、ただの空想に終わった。とはいえリュートは、イェンチの料理を一度も食べたことがないのだから、何とも失礼な話である。
そんなことを色々考えながら最後の一口まで堪能し、出かけることにした。
医魔術師御用達のマーケットは、リュートが想像していた物とは随分違っていた。
干されたヤモリ、カエルの目玉、トカゲの尻尾が小汚い屋台に並べられていて、鷲鼻の魔女が商品にたかるハエを払う。お腹が出っ張った男が嘘っぽい笑顔を向けながら、やけに高い鍋を売りつけてくる。事は一切なく、例えば薬草ひとつとっても、すでに煎じられたものがショーケースの中に仰々しく並べられ、値段は勿論、産地や製造過程、効能まで書かれたプレートが必ず置かれていた。
「あの……トカゲの尻尾は?」
リュートは、借りてきた猫みたいに自信無さ気に辺りをきょろきょろ見回しながら、幾分の期待を込めてラブに聞いてみた。
「ありますよ。これ。リヒスト先輩も調合するんですか?」
リュートがトカゲの尻尾を探していることに興味を持ったラブから、真空パックに詰められ、鮮度が保たれた状態の物を紹介される。
「いや……店の様子が、想像してたのと違うなと」
「あー。随分昔の感じを想像してました?そんなだから、現場を知らないお役所仕事になるんですよ」
役人代表として嫌味を言われたみたいになったが、返す言葉もなかった。素直に知識を吸収していくリュートに気をよくしたラブは「社会見学です」と張り切り、リュートに店や商品を紹介して回った。
「今朝、何で女の子だったんだ?」
少し一息入れようと入ったカフェで、濃いめに淹れてもらったコーヒーをすすりながら、リュートは今朝の出来事について、ラブに問う。
今日の朝、昨日より1時間遅く目覚めたリュートが部屋を出ると、リビングに来客があった。身をひそめ様子をうかがっていると、綺麗なブロンドのショートヘアに、愛らしい表情をしている女性と、そんな彼女に引けを取らないラブが、何やら楽しそうに話をしていた。そこでリュートはラブにひっかかりを感じた。元々中性的な顔立ちではあったが、今は完全に女だったからだ。
「例えば先輩は、恰幅のいい人が勧める痩せる薬を買います?」
答えは「ノー」だ。リュートは首を横に振る。
「僕が女性の恰好をするのは、それと同じ理由です」
リュートは、腑に落ちたような落ちないような曖昧な回答よりも、あの完璧な女顔はどうやったのかとても知りたかった。もちろん、知的好奇心から来る欲求だ。
「あの魔術は、どうなってんだ?」
「炭を使って陰影をつけて、女性らしさを出しました。魔術じゃなくて化粧です」
「あれだけ変わるんなら、魔術のようなものだ」
リュートは、実母や交流のあった女性を思い返してみたが、あれほどまでに印象が変わる化粧など見たことがなかった。
「ビジネスチャンスを感じる……」
注文していたカップケーキが運ばれてきた。成人男性が食べるには少し抵抗のある、可愛らしい見た目で、まんまるく乗せられたクリームの上に、カラフルなチョコやベリーの身が飾り付けられている。
リュートは、ベリーをひと粒手でつまみ上げ、今朝の出来事を再思する。小瓶に詰められたピンクの何かを女性に手渡し、金貨を受け取っていた。
「それで、何を売ってたんだ?」
「惚れ薬です。厳密に言うと、すごく精度の高い媚薬」
「ものすごい数の書類を書かせてたけど」
せっかくのラブとのティータイムが、取り調べになってしまう。仕事だから仕方がない、と、リュートは諦めることにした。けれど、ラブは楽しそうだ。目を輝かせながら説明を始める。
「制約があるんだ」
一、 血の繋がりの濃い者には使用しない
二、 0から1を生むものではない
三、 男性の射精により効果が切れることを了承する
四、 同じ相手に使用する際は、6か月以上間隔を置く
五、 女性にしか販売しない(男性に使用する事)
六、 すべての結果に、責任は持たない
ラブはすべてを唱え終えると、はにかみながら付け加える。
「このルール、先生と考えたんだ。名前も。For Youって言います」
「……実際の薬の効果は?」
「最終的には、すごくセックスがしたくなる。血筋を大事にする魔術師にとって、よりよい遺伝子を残すことがなによりも大事だから」
リュートは、そんな事だろうと解かってはいたが、ラブの歯に衣着せぬ言い方に、夢が壊された気分になった。それを感じ取ったラブが補足する。
「でもね、本当に恋をするんですよ?効果の一つとして、フェニルエチルアミンの分泌を促すんだ」
なんて純粋な目をして、こんなことを言うのだろう。リュートは自分が犯した罪の重さを改めて思い知った。あの頃の自分に会えるとしたら、一発ぶん殴ってやりたい。「逃げるな、背負え」と。
「マグロ……買って帰ろう。俺が奢るよ」
ラブは初めて、リュートに本物の笑顔を向けた。
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