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第8話※

 部屋にかちゃかちゃと響く、磁器が軽くぶつかり合う音で、リュートは目を覚ます。まだぼやける視界の先で、ラブがリズミカルに食器を洗っていた。 「あー。寝てた。ごめん、片づけ手伝うね」 「いいですよ。もう終わります」 「博士と、略式魔術について熱く語り合ったのまでは覚えてるんだが……」 「語り合うというか、とても自由に発言してましたよ。お互いに」  つまりそれは、会話がかみ合ってなかったという事か。記憶にはないが、自分の失態をラブに見られてしまったようで、リュートは頭が痛くなった。バツが悪そうに頭をかいているリュートをラブが凝視する。 「え、何?涎とかついてる?」 「……いえ。明日はラボを調べるんですよね?」 「ああ。俺が見た所で何もわからんと思うが……つっ!」  リュートが突然、膝から崩れ落ちる。咄嗟にラブが肩を支え、転倒は免れた。 「なんだ?急に動悸が……」  リュートは、まるでそれ自体が意思を持ち、生きているかのように激しく脈打つ自分の心臓に戸惑う。加えて、先程から全身に上手く力が入らない。 「大丈夫ですか?とにかく、ベッドへ行きましょう」  リュートは自分の不甲斐無さに苛立つが、今は、頼る相手がラブしかいないため、その細い腕に身を委ねることにした。 「リヒスト先輩、お酒弱かったんですね」 「え、これ酒のせいなのかな?こんな風になったの初めてだ」  ベッドに運んでもらい、ぐるぐる回る天井を愉快な気分で見つめるリュートに、ラブが水分の摂取を促す。 「この地方のお酒は、飲みやすいのにアルコール度数高めなので」  ラブにもらった水をいっきに飲み干す。水と一緒に、肺の辺りの不快感を洗い流したように、気分が幾分よくなった。まだ思うように体を動かすことはできないが、昼間、マーケットへ行くときに着たシャツが汗で張り付いている感覚だけは嫌というほど感じられる。 「服、脱がせましょうか?」 「心が読めるのかっ!?」  リュートは叫んだあとで、自分の発言に顔を赤くした。「は?」と、不思議そうに見てくるラブと、目を合わせられない。 「お、おねがいします」  とはいえ、全てを任せるわけにはいかないので、ラブにボタンを外してもらい、後は自力で衣服を剥ぐことにした。通常の3倍時間はかかったが、リハビリを兼ね身体を動かしたため、少しずつ、力の入れ方を思い出してきた。 「まあ、ご立派」  ズボンを脱ぎ捨て一息ついているリュートに、ラブが指摘する。不思議に思い、ラブの視線の先 を見ると自分の下半身に向けられており、布越しに自身が膨れ上がっていた。 「うそ!何で!」  リュートの意思に関係なく勃起した自身に驚き狼狽えている本人をよそに、ラブは「少し効くのが遅かったかな」と、次に繋げるためのデータを蓄積していた。  「気にすることないですよ?私も同じ経験ありますから」 「そうか。ラブも、こんな風になる事があるのだな」そう考えると、どうしようもない罪悪感に苛まれたが、ラブの手が、下着の上から自分の昂ぶりに添えられ、一瞬にして頭の中が真っ白になる。 「ラ、ラブさん?何を!?」 「何って、力、まだ入らないでしょう?」  確かに、完全に意のままには動かせず、歯がゆい感じのする今の身体では、自分で処理をすることは難しそうだ。けれども、そんな理由で出来る行為なのかと、リュートの理性が警鐘を鳴らす。 「そうだけど、でもほらっ、ね?」 「あのねぇ。同じ男として、ここで先輩を放置するなんてできません」  ラブがずるりとリュートの下着をずらし、固くなったものに直に触れる。その刺激に過剰に反応するリュートを見て、ラブがほくそ笑む。 「大丈夫。この様子だと、3往復で終了です」 「んなわけあるか!あうっ!」  ラブが根元をぐっと握ると、どくどくと打つ脈が手のひらに伝わる。握り込まれることで、リュート自身も脈動を余分に感じる事ができ、体温が一気に上昇する。もう、抗う気力も理由もないことに気付くと、流されるのは早い。 「……っ……マジで……してくれるの?」 「出すときは報告お願いします。僕にかかったら許さない」 *** 「んっ……ふっ……」  大分、身体の調子が戻ってきたリュートは、上体を起こしベッドに腰かけ、ラブから与えられる刺激に意識を集中する。 「先輩……」  ラブは、跪いてリュートの足の間に入り、左手を絶えず動かしながら、リュートの太ももを枕に、退屈そうな表情でその時を待ちに待つ。 「まだですか?」 「うるさい!お前がビビらすからだっ!」  ラブの傍らにビーカーを見つけた。隠しているつもりなのだろうが、不自然な場所に突如鎮座するガラス製の実験用具は、その存在感をどうしても消し切れない。数日過ごしてリュートは、ラブに少し潔癖な部分があるのを確認した。他人の体液を一滴も取りこぼすことの無いよう、準備したに違いない。失敗したら、宣言通りラブはリュートを「許さない」だろう。そう思うと、プレッシャーと、やはり緊張もあり、リュートは最後の恥を捨てきれずにいた。 「気持ち、いいですよね?こんなになってるんだから」  ラブが、リュートのかわいそうなほど膨れ上がった屹立を手前に倒してから手を離すと、勢いよく元に戻り、その反動で腹に当たってパチンと音を立てる。 「ッつ!……やっ、やめんか!」  普段なら射精してもおかしくない刺激を受け続けているのに、なかなか解放されない。焦りと終わりの見えない快楽に、リュートは自分でも、抑制が効かなくなるのを感じ取っていた。そのうえ、ラブのこの傲慢な態度が拍車をかける。 「なあ……口でして?」 「絶対ヤダ!唾液が混ざる!」  その後に「せっかくのサンプルが」という台詞が続くところを何とか飲み込む。 「え?」 「いえ、その、さすがにそれは抵抗が……」  こんなにも張りつめ、絶えず刺激を享受しているのにも拘らず、なかなか熱を解放できない苦しさは、ラブにも想像に容易い。しかし、ラブの一番の目的を遂行するためには、リュートの要望を呑むわけにはいかない。 「このままじゃ、イケる気がしない」 「それは困るなぁ。えっちな本はないけれど、生殖器の解体書ならありますが。見ます?」 「萎えるわ!……あのさ、駄目元で提案するけど……ちょっとこっち来て」  ラブは、一旦作業を止め、手招きをするリュートの方へ近づく。リュートはラブの腕を引き、よろけたラブを抱きとめ、耳元で囁いた。 「なか、いれさせて?」  同時に尻を掴まれたため、リュートの言葉の意味を理解したラブは、慌てて拒絶する。 「冗談!何でそこまでしなきゃいけないの!?」 「それ以外、イケそうにないしもう頭の中めちゃくちゃだ!放置できないんだろ?助けて」  怒りを表したつもりが、逆に怒られ懇願されたので、ラブは少し動きが鈍くなる。全く余裕のない様子のリュートを見ると、欲情して潤んだ瞳と視線がぶつかり、受け入れそうになる。しばらくして、乱暴に尻をまさぐり始めたリュートの手に意識を引き戻され、抗った。 「危ない!流されるところだった!」  腕を目一杯伸ばし距離をとろうとしたが、またすぐに抱き寄せられる。 「ごめん、もう抑えらんない」 「うわっ!」  武術の技をかけられたみたいに、いとも簡単にベッドに埋められ、組み敷かれる。訓練で鍛え上げられた肉体の前では、ラブは赤子同然だ。「サファイアの硬度とは!」心の中で叫ぶラブに、にやりと笑う黒猫の顔が脳裏をよぎった。

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