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第10話

「あー……何しに来てんだ、俺は」  いつのまにか、ベッドで大の字になって眠りこけていた。目覚めてからしばらくそのまま、昨日の夜の己を思い出し、自己嫌悪に陥っている。  薬を盛られていたとはいえ、自分がここまで自制のきかない人間だとは思っていなかった。自分には「容疑者ラブ・ウェルシアの監査を命じられ、任務を遂行しに参上した総務局人体部監督係リュート・リヒスト巡査長」を最後まで貫く義務があった。 「あー」  欲望に負けた己を恥じ、ため息しか出ない。しかしそれは、行為自体を否定しているように思えてきたので、リュートは恥じるのをきっぱりやめた。「そもそもなぜ、薬を飲ませたのだろう……単なる探究心からか」淡い期待を抱き、すぐに打消し頭を振る。確かなのは、この件に関してラブに謝罪をするのは絶対に違う、という事だ。リュートはとにかくラブの体を気遣うために、リビングで朝食の準備をしているであろうラブに会いに行くことにした。   「おはよう、ラブ。身体、大丈夫?」 「……リュート・リヒスト氏、これはあなたですか?」  ラブは包丁の代わりに、質の荒い紙を持っていた。鳩の足に括り付けて運ばれてきたのだろう、横方向に折り目がいくつも入っている。そこには、リュートの顔写真が印刷され「クーデター首謀者」の文字がくっつけられている。 「……俺だけど、俺ではない」  自分では、何を言っているかわからなかったが、ラブには通じたようだ。「でしょうね」と呟くとともに、紙を破り始めた。リュートはそれが嬉しくて、もう何でもよくなったが、足元に黒い猫がすり寄ってきたので我に返る。 「ナーオ、ニャー!」  訓練生時代に、サバイバルという実技の授業があった。その中で、動物たちの行動を頼りに危険を察知する方法を教わった。足元の猫は、何かを訴えている。 「ラブ、嫌な感じだ。逃げるぞ」  ラブの手を引いて玄関へ向かう。もちろん戸惑いを見せるラブだったが、耳鳴りのような音が長く響き始めたのでリュートに従う。  至近距離での落雷のようなけたたましい轟音と同時に、先程までラブが居た場所の真上の天井に、風穴があく。外まで貫通しており、朝日が降り注いできた。それを辿って床を見ると、リンゴ程の大きさの黒いつぶてがめり込んでいる。 「……火山弾か?」 「この地方に火山なんてありません」  警戒心より好奇心が勝ったラブが、ゆっくりと落下物に近づいていく。 「熱っ!」  突如、高温の蒸気が噴き出す。驚いて後ろに飛びのいたラブがバランスを崩し転倒しそうになるのをリュートが受け止める。つぶてから、とろとろした炎が床に広がり、一瞬で家具をのみ込む。 「やばい!逃げよう!」  リュートは、酸素と水素を結合させて水を作り出す魔法陣を急いで空に残し、ラブを担ぎ上げて玄関の扉を蹴破り外へ出る。 「ああっ!あーっ!」 「ラブ、危ないから!」  暴れるラブの膝が鳩尾に入り、顔をしかめるリュートだったが、何とか抑え込み、炎と十分に距離をとる。残してきた魔法陣の効果は、期待できないようだ。炎は勢いを保ったまま、ラブの家を瞬く間に覆っていく。 「リュート君!ラブ!何事だい?」  向こうからイェンチがやってきて、心配そうに問う。リュートもラブも、少し安堵した。 「こぶし大の黒い塊が突然降ってきて、発火した様です」 「勢いが強いな。魔術によるものかもしれない。とりあえず、うちへおいで」  

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