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第11話

 イェンチの屋敷は、ラブの家から歩いて20分ほどの場所にあった。イェンチいわく「今はここにあるけど、明日はどこに行くかわからない」らしい。ただ、ラブの家から半径3㎞圏内になるように設定しているという。 「うちにも届いたよー。でもこれ、まだ公になっていない記事なんだって」    リュートが、おそらくもう灰になってしまっているだろう、先程までラブが持っていた紙についてイェンチに相談すると、予想外な答えが返ってきた。 「知らせてくれた、差出人は誰なんですか?」 「君の上司で私の親友でもある、アイーダからさ。一応聞くけど、クーデターなんて、そんな気はないよね?」 「当たり前です。こんな事書かれて心外だ」 「だよねー」と、ラブと同じように紙をびりびりと破いて捨てる。嬉しいが、2度も自分の顔が破られる光景を見るのは、複雑な気分だとリュートは思った。 「ラブの家が燃えたのは、天災か、リュート君を狙ったのか、ラブの商売敵か定かではないけれど……ん?どうしたんだい?」  イェンチは、部屋の隅で膝を抱えてコンパクトにまとまり、何かを呟き続けているラブにようやく気付く。 「長い間この状態でしたけど……色々、一瞬で無くなりましたから」  無理もない。何かを持ち出す余裕はなかった。黒猫は、どうなってしまったんだろう。 「やも……んが、なかに……まだい……のに」  ようやく、こちらへ向けて何か発言したようだが、あまりに小さな声だったので、リュートは聞き取れず、ラブの近くへ移動する。 「ああ、飼ってたヤモリかい?」  ラブがコクリと頷く。イェンチは聞き取れたようで、リュートは苦杯をなめる。 「ヤモリ、ですか?」 「ラヴィが大事に育てていたヤモリが居てね。アルビノ固体で身体が真っ白で、目がくりっとしてて可愛かったなー。あ、今頃、ヤモリの丸焼きが出来てるね!」  質の良い洒落を思いついたかのように人差し指をピンと立て、無邪気な笑顔で無慈悲な事実を突きつけるイェンチに、リュートは絶句する。 「うわあーん!」 「は、博士っ!」  幼子のように声をあげて泣くラブをニヤニヤしながら眺めるイェンチを見て「この人は敵に回してはいけない人だ」とリュートは確信した。 「ごめんごめん、で?ラブ、どうする?」  ラブは、イェンチの問いかけにピタリと泣き止み、あまり音を立てずにすっと立ち上がる。 「仇をとります。犯人を同じ目に」  死んだ魚の目でそう言うラブに、リュートは昨日の燃え上がる傀儡を嫌でも思い出す。 「それはちょっと……」 「とにかく、アイーダの所へ行こう!連絡は入れておいたよ!」  確かに、記事を知らせてくれた部長なら、これからの対策を練り、力を貸してくれるかもしれない。しかし、彼女の居る中央都市は、あまりに遠い。鉄道で2日はかかる。その間、安全を保障できないし、もし、記事が公になれば、逃げきれる自信もない。そう考えたリュートは、すぐには首を縦に振れなかった。 「危険すぎませんか?」 「大丈夫、ダイジョーブ!着いてから考えよう!それより緊張するなー。箒に跨るのは何年ぶりだっ たかな?」  そう言って屈伸を始めたイェンチに、リュートとラブは開いた口が塞がらない。足の腱を伸ばし始める頃、リュートは勇気をもって声を出す。 「博士。魔術師が箒で空を飛んでた時代があるなんて、最早おとぎ話の域ですよ?」 「えっ!ウソでしょ!?じゃあこの距離、どうやって移動するんだい?」 「鉄道が繋がっています。乗り換えは必要ですが」 「鉄道で行けるのかい!?でも、あれはおしりが痛くなるナー。仕方ない……」  イェンチが部屋の奥の壁に貼られている、世界地図が描かれた大きなタペストリーを剥がすと、壁が四角く切り取られていて、真っ暗な闇が広がっていた。 「教えたくはなかったけど、地下道(みち)から行こう」  

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