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第13話

 ガラス板を抜けると、リュートの見慣れた部屋に到着した。中央の立派なデスクで、総務局人体部本部長アイーダ・ショウカワが書類に目を通してはサインを書きつけている。こちらに気付くと、犯罪者のような形相から一変、小動物を愛でているときの少女のような目を向ける。 「ラブたん、久しぶり!」 「うわっ」  当たり前のように、軽やかな身のこなしで近づいて、ラブに抱き着く。 「部長!ラブは一応男ですよ?」 「ねえラブ。この男はいつも一言多いと思わないか?」  後ろから耳元で囁かれ、ぞわぞわする感覚に、ラブは体を強張らせる。タイプの似た二人に囲まれ圧倒されっぱなしのラブは、アイーダの腕からすり抜けて子猫のような威嚇をするので精いっぱいだった。 「僕に絡むなあ!」 「やあ、アイーダ!久しぶりだね」 「ああ。久しいな、イェンチ。ラボの方にはコソコソ出入りしているようだが?それより、久しすぎて……」  アイーダがパチンと指を鳴らすと、デスクの後ろから浮力を与えられた木箱が5つ、イェンチの前まで流れていき、再び鳴らされた音を合図に、ごとりと落ちて自分の重さを主張した。木箱の中は全て、イェンチ・ケドーの認可待ちの書類だった。 「お前の、局での仕事が山積みだぞ」 「ラヴィ、助けて!」  まとわりつくイェンチを片手間に、けれど確実に受け止めながら、ラブはポケットから小さな本と万年筆をとりだす。スカルの形に彫刻されたカーネリアンが革紐で縛り付けられている、年季の入った万年筆は、ラブの持ち物にしては浮いていた。 「ショウカワ先輩。早急に、やもりん……僕の家を燃やした奴、呼んでくれません?」 「いやーえっとー、それで何を?」 「これですか?ただの筆記用具ですよ」  ぱちりと開いた丸い目でこちらを見つめ、にこりと笑うラブに、アイーダは「そうか」と納得する他なかった。 「それが、面目ないことにまだ絞り込めていなくてな」 「あの記事はどうやって手に入れたんだい?」  木箱の書類を迷惑そうに眺めながら、イェンチが問う。 「あれは、私の知人が昔の誼で教てくれた。ただ、彼も仕事だからね……」 「証拠がそろい次第バラ撒くんですね」  アイーダが、リュートを見る。偽の情報を記者に流したのは、ほぼ間違いなく『投票』を目前にした 候補者の内の誰かだ。そして、その候補者はあらゆる手段を使い、何としてもリュートをクーデターの首謀者に仕立て上げるだろう。自分の欲に、部下を巻き込んでしまったと、表情が曇る。 「……俺は光栄ですよ。アイーダ・ショウカワに痛手を負わせられる存在として認められたって事ですから」  アイーダは無言で頷く。その表情は柔らかく、もう不安を微塵も感じさせない。ラブが二人を食い入るように見つめる。 「ラブ」 「は、はい!?」 「君の家を焼いた犯人と同一とは限らないが、これを見てくれ」  アイーダが、1枚の羊皮紙を差し出す。正式な文面で書かれた、監査の依頼書だった。 「私は局から命を受け、リュート・リヒスト巡査長にラブ・ウェルシアの監査を行うよう依頼し、保管していたのだが」  本文の要所を指でなぞり、説明を加える。 「リュートに、ラブの所へ薬を買いに行けと依頼する文に書き換えられていたんだ。私の筆跡で」  リュートは、自分が持つ依頼書の存在を思い出し、苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。今、問題になっている物の写しであるそれは、ラブの家と一緒に燃えてしまった。 「見せてください……これ、どのインクで書きました?」 「そこの机にあるインクだが」 「少し拝借します。アイーダ先輩、そのインクでアルファベット全部書いてもらえます?」  ラブは、アイーダの方を一度も見ずに言い終えると、部屋の隅にうずくまって作業を始める。羊皮紙の匂いを嗅いだり、文字を擦ってみたり、ポケットから液体の入った小瓶を取り出し、その液体を垂らしたり、忙しなく動く。この空間に、自分しかいないような様子で近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。 「アイーダ先輩って呼んでくれたよ」  アイーダが机に向かい、ラブに言われた通り、指定されたインクを使ってアルファベットをすらすら書く。スピードに結びつかないほどの綺麗な字だった。リュートは、見慣れた字でアルファベットが書かれていくのを黙って見ていたが、二度目のアイーダの主張に、耐えかねて声を荒げる。 「アイーダ先輩って呼」 「わかりましたよ!」 「ラブたーん、全部書けたー」  アイーダは逃げるようにラブのもとへ駆け寄って行った。

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