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第15話※

「学費を稼ぐため。コネクションを作るため。両親が多額の借金……泣けるねー」  グレーの作業着に、同じ色のキャップを目深にかぶった男が、扉の前でどかりと座り、何かをぼやいていた。辺りは仄暗く、非常灯として点火された、小さな蝋燭の炎が所々で揺らめいている。 「なんだかなー」  男のぼやきに被せるように、靴音が響く。サーベルを帯刀した警備員が、男の居る方へ近づく。それらしい体格に似合わず几帳面な性格のようで、手に持ったランプをかざしてくまなく異常を探している。ランプが男の鼻先をかすめたが、警備員はそこには扉さえ存在しないかのように通り過ぎて行った。 「何ひたってんの?」  頭上から降ってきた声に男が顔をあげると、あきれ顔でこちらを見ているラブ・ウェルシアと目が合った。そんなやりとりも、警備員には届かないらしい。 「おー、ラブ。久しぶりだな。もう来ないと思ってたぜ」 「うん。ちょっと欲しい情報があって」 「ほい。顧客リスト。あと、血液サンプル」  丈夫で柔らかい布で作られた横かけの鞄から、革紐で束ねた羊皮紙と使用済みの注射器を数 本取り出し、投げてよこす。 「注射器?『会わせ屋』って、そんな権限あるの?」  『会わせ屋』と呼ばれた男は、右手を顔の前でヒラヒラさせながらラブの勘繰りを訂正する。 「違う違う。メディカルチェックアップのをくすねたの」 「だよね。でもありがとう、助かる」  ラブは早速、注射器に付着した僅かな血液を採取して、ポケットから出した道具一式でタイプの確認を始めた。 「お互い様だ。お前ほどの上玉紹介できるとなりゃあオレの株が上がるからな」  器用に素早く作業を進めているラブを眺めながら、会わせ屋が礼を言う。 「珍しいだけでしょ、お偉いさんは。禁忌とか好きだから」  シャーレに赤い模様が浮かび上がるのと同時に、ドンドンと扉が叩かれる。会わせ屋がそこを離れると、少年が飛び出してきた。部屋の中の灯りに照らされて、一瞬、はっきりと見えた姿は、衣服を一切纏っておらず、体質なのか、全身の皮膚の柔らかい部分が赤くなっていた。そのまま少年は、走り去ってしまった。 「あっ、逃げちゃった」  会わせ屋が言い終わるのと当時に、鞄の底が淡く光る。光の正体は水晶で「早すぎだ、エロ親父」と悪態をつきながら通信を開始した。 「これでは代金を支払えないが?」  水晶に映ったのは、髪を撫でつけてぴしりと固めた中年男性で、背筋が不自然なくらいに伸び、その挙措や話し方に品性と知性を感じ取れる。ただ不気味なのは、顔の上半分をすっぽり覆う、白い仮面をつけており、その陰で目が隠れ、表情が読み取れなかった。 「勿論、代わりを用意します」  会わせ屋が愛想笑いでその場をしのぐ。通信が切れた後、舌打ちをしながら、鞄から取り出したメモ帳を漁り始めた。 「面倒な客?」 「いや、オレにとっては羽振りのいい有難い客だよ。けれど如何せん、特殊な性癖をお持ちでして」  差し出された羊皮紙をラブが受け取る。名前は伏せてあったが、今、この扉の向こうに居る男は、会議局の重役らしい。 「ふーん……僕が行こうか?」 「えっ、助かるけど、いいのか?」 「うん。いつも『ぬるぬるくん』贔屓してもらってるし。それに多分、新しいタイプだから」  会わせ屋はラブの申し出に顔を綻ばせ、メモ帳を鞄にしまう。代わりに、錠剤と水をラブに差し出した。見覚えのある、色と形だった。 「わるいな。今度また、お前のとこの商品、大量に購入するから」  ラブは差し出された錠剤をいっぺんに飲み、「毎度あり」と笑顔を向けながら部屋へ入って行った。   ***  汗の臭いが鼻を突く。嗅覚が優先されたのは、この空間には光量が不十分で、細部まで確認する事が出来ないからだ。部屋の一番奥に設置された無駄に装飾がなされたベッド脇のランプだけが光源で、それを中心に同心円状にだけ、様子が認識できた。 「待っていたよ。おいで、顔をよく見せておくれ」  ラブが声のする方へ視線を送ると、ベッドの上に先程水晶に映っていた仮面の男の姿があった。ベッドに鎮座し、下半身を白い布で覆っている。男からはやはり、気品が溢れていた。  ラブはその男の、仮面の陰に隠れた目と視線をぶつけたまま、纏っている衣服を1枚ずつ剥がしながら距離を詰めていく。仮面の男の白い布が床に落ちると、怒張したものが現われた。すでにスキンが被せられており、ぬらぬらと艶めいている。相違なく『ぬるぬるくん』だが、あれは、新しい物だろうか。逃げ出した少年の横顔が嫌でも浮かぶ。 「ああ、かわいいね。会わせ屋が出し惜しみするのも解かる」  男がラブを引き寄せ、自分の膝の上へ招く。ラブはおとなしく従い、ベッドへ上がり膝立ちで向き合う。挿入を待ちきれないのか、男は荒い呼吸でラブの尻にペニスをぐいぐい押し付けてくる。薬の効きがまだ浅く、見ず知らずの、好意も無い相手と体を繋げることが久しいのもあり、どうしても気分が滅入るが、幸いにも相手の顔が半分仮面で隠れているため、ラブは別の事を考えて男を受け入れる準備をすることにした。 「あ……」  リュートの顔がちらつき、ラブは戸惑いを覚える。薬が急に体内を巡ったのか、体温が一気に上昇した。 「はぁ……はっ」 「いやらしい顔だ。ご褒美をあげよう」  男がラブの腰を掴み、力を込めて自分の下腹部に打ち付けるようにすると、一度に根元まで挿入され、麻酔で防ぐ事のできなかった痛みがラブを襲う。 「うああっ!痛いっ痛い、痛いよぉ……」  ラブが堪らず、男の肩を拳で叩く。落とした涙が、白い仮面の上を伝う。痛みに耐えきれず泣くラブを堪能するかのように、男は静止して動かない。その間に、麻酔より先に分離によって痛みを克服したラブが、早く終わらせたい一心で男を煽り始めた。  恍惚とした表情を見せつけ、仮面の上から頬をゆっくり撫で上げる。 「あぁ……本当に君は……」  甘く、満たされた声で囁き、男もまた、ラブの頬に手を伸ばす。壊れ物を扱うように、優しく、丁寧に触れていく。 「なんて穢らわしい。この世界は君を拒絶している」  男が乱暴に腰を打ち付ける。ベッドが軋む音と、湿った肉同士がぶつかる音、男の低い声が、ラブの耳を支配していく。 「ふっ、はぁ、あ、ああっ!」 ***  男が饒舌に罵る声、「違う」と否定する声、淫らに喘ぐ声、鼻をすする音、荒い息遣い、女々しい泣き声。全てが会わせ屋の神経に障る。苛立ちを覚える自分に苛立つ。 「なんだかなー」  会わせ屋は、グレーのキャップをさらに深くかぶり、のしかかる何かを遮断した。

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