18 / 35

第18話

「これは……」  ロッカーを開けると、身に覚えのない本が一冊入れられていた。 「あ!これアイーダが学園時代にノリで出したやつだ。ワカゲノイタリー」  イェンチは、新しいおもちゃを手に入れた子供のような表情ではしゃぐ。ラセットブラウンの表紙に金色の文字で『禁忌の尊厳』というタイトルが書かれている。確かに、著者は『アイーダ・ショウカワ』だった。 「知らなかったです」 「あんまり売れなかったからねー。手に入れるの難しいよ?これ」 「本人が見つけたら、速攻焼却処分だろうね」と笑うイェンチを見て、リュートは今後のために大事にしまっておこうと決意した。 「それにしても、なぜこの本を?」  他に異常は見受けられなかった。ただ、本がロッカーに置かれていただけだ。リュートは表紙を注意深く観察した後、1枚ずつ頁をめくる。 「なんか挟んでありますね。マップ?」  建物内の間取り図をシンプルに書かいた羊皮紙が、頁を20枚ほどめくった所に現れた。 「……ここのフロアだね。ほら、私たちが居る更衣室がこれ」  イェンチが、間取り図の隅の方にあるL字型の部分を指で叩く。基準となる視点を与えられたため、リュートは自身の記憶するフロアと、紙上に並んだ連続する図形を一致させる事が出来た。 「この印、何でしょうか?」  リュートが指摘したのは、更衣室から通路を二本挟んだ所にある一画で、大きなバツ印が描かれていた。その場所には、全階を繋ぐダストシュートがある。 「これって……リュート君危ない!伏せて!」 「あだっ!」  リュートがイェンチに両肩を押さえつけられ、床に沈みこむ。途中、開け放していたロッカーの扉に頭をぶつけ、手で負傷箇所を庇おうとする反射よりも速くて力強いイェンチの動きには、従わざるを得なかった。 「ドカーン!」  リュートは理解した。やはり見かけに騙されてはいけない。エニー・コビンスは本気で自分 を陥れようとしている。これは、敵を侮った自分のミスだ。爆発後、建物内に居る魔術師は1人残らず拘束され、取り調べを受けるだろう。今、小脇に抱えているアイーダの本は押収され、新聞記事がばらまかれる。「アイーダ・ショウカワのファナティックであるクーデター首謀者リュート・リヒスト」の完成だ。願わくば、死傷者が1人も出ないよう。出来る限り低い体勢をとり、衝撃に備える。  複数の足音が聞こえる。内容は分からないが、話し声もだ。遠くで聞こえるガラガラという音は、エニー・コビンスのカートだろうか。爆発音は、いくら待っても聞こえてこない。 「……ってなると思ったんだけどナ~」  イェンチが頭を掻きながら離れていく。リュートは、膝に付着した埃と少しの気まずさも払うようにズボンをはたく。 「ラブのチート技でこれ見つけたんですから、向こうもそんなに慌てないのでは?」    時間がないのはお互い様だが、だからこそ確実にいきたいはずだ。こんな小細工だけで大勝負はしないだろう。 「あ、そうかぁ!じゃあ、これ回収して部屋戻ろう!そろそろ瞼が限界だ」 「……そうですね」  確かに、メガネの陰で目立たなかったが、イェンチの目の下には濃いクマが刻まれていた。エニー・コビンスには引き続き、忠実な使い魔2匹に後をつけさせ、リュート達は部屋に帰って休むことにした。 「リュート君、やっと2人きりになれたね」    風呂から上がったばかりの、まだ髪も乾ききっていないイェンチがリュートに詰め寄る。下着しか身につけていない大男に手を伸ばされると、自分が男であるにもかかわらず、畏縮してしまうのだなとリュートは学んだ。 「な、なんですか?今日はずっと2人きりだったでしょう」  気づかれないように後ずさり、イェンチから距離をとる。 「プライベートで、だよ。私ね、実はリュートくんの事‥‥」  必死で確保した間合も、イェンチの長い足ではたったの一歩でゼロになった。手を握られ、妙な緊張と焦りから全身に力が入る。湯につかって血行が良くなり、湿度が十分高くぽかぽかと温かいイェンチの手の感覚が、そこだけ切り取られたかのように濃くなる。

ともだちにシェアしよう!