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第19話
「お、俺には心に決めた人が居るんです!」
リュートは己の純情を守るため、先手を打った。
「それって、もしかしてラブの事かい?」
想いを隠そうとしていたわけではないが、言葉にされると途端に顔が熱くなる。しかし、否定も誤魔化すのも、もうしたくはない。リュートは素直にイェンチの問いかけに答える。
「……はい」
「あんなにひどいこと言ったのに?」
「え……」
目の前の穏やかな締まりのない表情と、地を這うような重い声が結びつかず、リュートは一瞬混乱する。でもそれは、間違いなくイェンチから発せられた言葉だった。
「リュート君は学園時代、ラブを拒絶したよね」
あの日からずっと片隅に引っかかり、ふとした瞬間に頭を支配する。その度に後悔が押し寄せてきた。イェンチの言うとおり、確かにリュートは学園時代、自分の想いを顔を赤くしながらぶつけてくれたラブに対して、「近寄らないでほしい」「血が途切れるから」と、拒絶の意を示した。理由もはっきりと覚えている。自分に力と覚悟がなかったからだ。
「それはっ!」
何かを否定したくて口を開くも、すぐに閉ざす。背負っていくと決めた事だ、言い訳も真意も、ただの逃げでしかない。
「はい……俺はラブを傷つけました」
自分に言い聞かすかのように呟き、俯くリュートに、イェンチは少し安心したようだ。
「分かるよ。ラブを守ろうとしたんだよね?」
十年前。同性同士がパートナーになるのは、今よりもずっと難しかった。子供を作らないという事はつまり、魔術師として良い血を残す責任を放棄することだ。ラブには当時、パトロンが付いていた。ラブの才能を見込み、学費や研究費を全額負担、やがては養子に迎え、血を残すことも考えていたはずだ。自分の欲のために、その全てを奪う事は、ラブにとってマイナスにしかならない。そう結論付けたリュートは、拒絶するしか方法がなかったのだ。
「でもね、ラブは君に拒絶された辛さに耐えられなくて、死のうとしたんだよ」
イェンチがここで嘘を吐くとは思えない。その理由もない。しかしリュートは信じ難かった。自分が学園を卒業するまでラブは、以前よりあたりが強くはなったものの、その分距離が縮まり、何かと世話を焼いてくれる良き後輩だったからだ。
「私がね、魔術で記憶を改ざんして、感情を抑制した」
イェンチの表情が、曇る。まるで自信の塊のような、いつもの彼からはかけ離れた、しおらしい一面を目の当たりにして、リュートは見入ってしまう。
「私もね、守り方を間違えた」
困ったように笑うイェンチは、ずっと一人で、誰かに罰せられるのを待っていたのだろうか。
「ラブは禁忌の子なんだ」
***
禁忌の子――。生命の創造に魔術を介入した、言わば、自然の摂理に反して生まれた子供。そのほとんどが母体から生まれておらず、ある程度の個体になるまで魔術によって成長させられる。その行為は命を弄び血を軽んじるに等しいとされ、重い罰が科せられる。近年、生まれた子に罪はないとし、保護法が敷かれるも、未だ世論は否定的である。ゆえに、生まれてきた子は戸籍等、偽りを重ねて生きて行くしかない。
「ラブは禁忌の子なんだ」イェンチはなぜ今、自分にこの事を話したのだろうか。確かめようにも当人は『お偉いさん』に呼び出され、どこかへ行ってしまった。「4徹目くるかー!?」という、妙な昂揚感のある捨て台詞から、彼の疲労が見て取れた。
「はー……」
天井を見つめたまま、ため息を吐く。リュートは今、自分が犯した罪の重さを改めて存分に味わっていた。
「初めて人を好きになった」「先輩なら受け止めてくれる」ラブはそう語っていたという。その信頼を理由はどうであれ、踏みにじってしまったのだ。
「んー……」
もし仮に、学園時代にラブの出生について知っていたとしても、返す答えは変わらなかったと思う。それほどまでにあの頃の自分は、バカで無力で何にもできない、ただのクソガキだったのだ。
「よし」
リュートは十分に天井を見つめ終え、決意する。というより、とうに決まっていた。誰のために、決して平坦ではない道をここまで這い上がってきたのか。もう、自分のクソガキ加減を嘆く必要はない。アイーダからラブの監査の話を聞いたときは、柄でもないが運命ってやつを信じた程だった。「今度は俺から気持ちを伝えよう」リュートの固い意志を揺るがすように、今までに遭遇した、ラブとイェンチの仲睦まじい場面が次々とフラッシュバックする。……もし、想いが届かなくても、関係ない。一生をかけて償おう。
とはいえ、今一番心配なのは、真夜中に部屋を訪れてきた迷惑な先輩に、機嫌を損ねるラブをあやす事が出来るかどうかだ。しかし、その心配は杞憂に終わる。携帯用水晶が光を放ち、しばらくしてラブが映し出された。
「先輩、もしお暇なら、助けていただけませんか?」
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