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第26話

 戦況は、芳しくない。さすがのアイーダにも、焦りが見られる。時折、リュートが今まで見たことの無い、思いつめた表情をしていた。    投票まで残り二日。思ったよりも動かない浮遊票に、苦戦を強いられていた。ラブが集めた情報は完璧だ。その証拠に、固定票の一部がこちらに流れるという思わぬ収穫があった。だからこそ、だろうか。浮遊票になにか細工がされているのではないかという疑念を抱く。もしそれが当たっていたなら、これ以上票が動くことは無い。3位以内に入るのはとても厳しくなる。 「部長、俺もう一度、他に増やせる公約がないか調べてみます」  ラブの情報を元に、部署に聞き込みをして状況を確認し、多くの部署で役に立ちそうな公約とその実現方法を掲げる。単純な作業だが、時間と労力は相当かかる。 「いや、リュートはもう十分やってくれた。少し休め」  公務で忙しいアイーダの代わりに、この5日間、リュートは寝る間も惜しんで十分這いずり回った。これ以上、負担をかけるわけにはいかない。 「でも部長、まだ得票数に不安が残ります」 「……もういいと言っているだろう?」  いいはずがない。けれども、リュート一人が駆けずり回った所で、これ以上大きく何かが変わるとは思えない。焦りが苛立ちとなって表に出てしまう。盲目的に奇跡を信じるリュートをアイーダは疎ましく思った。そんな自分の頬をバシンとはたき、叱責する。 「せ、先輩?」 「すまん、リュート。今のは八つ当たりだった。忘れてくれ」  二人の間を微妙な空気が流れる。その時を狙ったかのように、ラブが入ってきた。 「大分煮詰まってますね」 「ラブ!もう大丈夫なのか!?」  リュートがラブの方へ、飛びつくように駆け寄る。顔色もよく、意識もはっきりしている事を確認し、全身で安堵を表すリュートに、ラブは少し照れくささを感じた。 「大丈夫です。その……色々とありがとうございました」  ラブは目を合わせないでリュートに感謝を述べる。なぜか、リュートの目を真っ直ぐに見る事が出来ない自分に、戸惑いを覚えた。 「いや、いいんだ。本当によかった」    リュートの目尻に涙が溜まるのを見て、心臓がキュッとした。 「ラブ、久しぶりに会えて私も嬉しいよ。それと、貴重な情報の提供、ありがとう。助かった」  アイーダがラブに深々と頭を下げる。初めて見るしおらしいアイーダに「いえ、そんな、顔をあげてください」と、ラブが焦る。 「アイーダ先輩。浮遊票ですが、公約よりももっと簡単且つ確実に動かせる方法があります」  アイーダとリュートの、期待の色を含んだ瞳が、ラブを見つめる。その中でラブは、ポケットから、小瓶に詰められた薬を取り出した。 「『For You』の改良版です。アイーダ先輩への好感度が上がるように細工してあります。これを例えば、庁舎の飲料水タンクに混ぜておくと、かなりの人数に飲ます事が出来ます」  ラブはいつものように、目を輝かせながら饒舌に薬の説明をする。自分もリュートやラブのように、周りの目など気にせず何かに打ち込む事が出来た時代があった。興奮した子供のようにはしゃぐラブを見て、アイーダは自然と笑みがこぼれる。それに気付いたラブは、羞恥で赤面した。 「ラブ、提案ありがとう。でも、お断りするよ。その薬で人の意思は動かせても、人の想いは動かせないと思うから」   きっと多くの人が、その者に自分の願いを託して大切な一票を投じるのだろう。そういった人の「想い」を踏みにじることは、したくない。 「人の想い……」  ラブはアイーダの言葉で、自分はとても大切なことを忘れていたのだと気づかされる。「For You」はその象徴だ。「そうですね、失念していました」と、アイーダに謝り、小瓶を出来るだけ早くポケットに突っ込んだ。 「先輩、やはり、最後まで進み続けましょう。そしたら、結果はついてきますよ、絶対!」  リュートが羊皮紙の束を抱えて、そそくさと机に向かう。アイーダはしばらく考えた後、深く頷き「そうだな」と、羊皮紙を半分譲ってもらって目を通し始めた。 「ラブたーん、アイーダ先輩はイェンチをちゃんと助けるから、全てが終わったらハグしてくれ」    アイーダは、いつもの表情をすっかり取り戻していた。それを確認したリュートは、嬉しくて気分が高揚する。その勢いに任せて「じゃあ俺も~」とラブのハグを所望するも、「は?」と、一音でラブに冷たくあしらわれ、アイーダの笑い声が響いた。

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