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第28話※
エニー・コビンスはいつものように、準備を済ませて寝室で待機していた。
自分には力がない。いや、申し分ないほどの力はあるはずが、それを使いこなす能力がなかった。だから、常々思うのは、血統だけで地位が保証されたら、どれほどいいだろう、という事だった。
「先生、遅いな……」
ウィロー・クローはその点において、エニーの理想そのものを説いてくれた。まるで、自分の心の代弁者みたいな存在だと、エニーは思った。
ある日、父親が禁忌に触れた。
エニーは理解した。一向に開花しない息子に失望し、成果を急いだのだ、と。父親は監禁され、長い間会うことができない。けれども彼が残した最高傑作は、法で守られ咎められることなく、存在を続けた。それが悔しくて、腹立たしくてたまらなかった。「禁忌の子は、存在すべきではない」ウィロー・クローは自分にだけ、内側をさらけ出してくれた。この人に、全てを捧げよう。この日から、エニーは彼を「先生」と呼んで崇めた。
父親の訃報を聞いた。自分を捨てた父親に、愛されたかった。認めてもらいたかった。けれどもう、それが叶わない。さらにエニーを苦しめたのは、父親の死因だった。「最高傑作を失い、生きる希望が持てなくなった」禁忌の子が死んだ次の日に、エニーの父親は自殺したのだ。
絶望の底に居たエニーを、ウィロー・クローは慰めた。「この世から禁忌を失くそう」そう約束してくれた。生きる意味を与えてくれたウィロー・クローは、エニー・コビンスにとって神にも等しい存在だった。
「おかえりなさい、先生」
いつもより一時間遅い帰りだ。待った分だけ嬉しくて、どうしても笑顔がこぼれてしまう。
「後ろを向きなさい」
「……はい」
そうか。今日はとてもお疲れなんだ。それなのに、僕の相手をしてくださる。先生はお優しい。幸せを噛みしめていると、先生の欲望が勢いよく僕を貫ぬく。
「ああっ!!」
慣らしていたとはいえ、激痛が走った。けれど、僕がここで痛がって先生の手を煩わせるなんて、絶対にしたくない。だから、なんとか力を抜いて、先生を受け入れた。
「んんっ……はぁ……きもちいい、です」
「……じゃない」
先生が何かを呟くけれど、聞き取れなかった。先生の動きが激しくなって、肌がぶつかる音や、液体が混ざり合う音、ベッドが軋む音が邪魔をしたからだ。
「あっ!あん、あっ、あっ、……んっ、ふぅ……」
先生が休まず腰を打ち付けるから、だんだん置いていかれそうになる。僕は必至で先生に合わせた。
「あっ、ああっ……いいっよぉ、せんせっ、あん!」
「ふっ……くっ」
その甲斐あって、先生がとても気持ちよさそうだ。僕は、先生の役に立てて嬉しくなった。
先生の動きがさらに早くなる。僕の中の先生は挿入れた時より硬度を増し、張りつめていた。先生の、限界が近いことを意味している。僕は下腹部に力を入れて先生を締め付け、射精を促した。
「せん、せい……僕の、あっ、あっ、なか……に、だしてぇ」
腰を掴まれ、深く打ち付けられる。先生の荒い呼吸が聞こえ、僕で気持ち良くなる先生に、幸福感と独占欲が満たされていく。
「あっ、あん、はぁ……んっ、んっ、ああっ!!」
熱い精液が注ぎ込まれた。僕は中をくねらせて、搾り取るように味わう。先生が小さく呻く。どうやら、喜んでもらえたみたいだ。
「ああ……いい子だ……ラブ・ウェルシア……」
先生の呼んだその名前に、脊髄に冷たいものが流れるのを感じ、そうしているうちに目の前が真っ暗になった。
僕は思い知らされた。『禁忌の子』は、やはり僕にとって忌むべき存在であり、この世から抹消しなくてはならない。僕から全てを奪っていく、この存在を。
僕が一人でそれを成し遂げれば、先生も悪夢から解放される。先生が喜ぶ。先生が喜んでくれる。それがとても楽しみだった。
***
「先生、どうしよう、先生!助けてください!」
ラブ・ウェルシアを撃つはずだった。「禁忌の子は存在すべきではない」「破った者も、生まれた子も罰を受けるべきだ」先生がいつも言っていた。僕もそれを支持している。だから、禁忌の子であるラブ・ウェルシアは、撃ってもいい存在だ。けれど、僕が撃ったのは人間だった。禁忌の子なんかを庇って、自分が血を流した。それが怖くてたまらない。先生にすがりつく。
「……君は昔から、偏った思想を持っていたね」
すがった手は、振り解かれる。まるで汚物に触れるかのような手つきだ。
「先生?」
「……私は君を知らない。誰だ、君は。今すぐに消えないと人を呼ぶぞ」
僕は、逃げ出した。そうしないと、僕の中の何かが壊れて、先生を飲み込みそうだったから。
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