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第29話
得票数1位はやはり、ウィロー・クローだった。仮にアイーダに半分票を譲ったとしても、おそらく3位にはつけるほど、多くの票をあつめていた。
2位は、安全保持部のフリップ・クラウン。年はアイーダより少し上で、候補者の中では若年層に分類されるが、由緒正しき魔術師家系で上層部にも顔が利く。それに加えて、安全保持部は、多岐にわたる業務から、国家組織の中で最も人員が多い。ラブの調査通り、部内のほとんどの票を集めていたのが勝因となった。
1位2位と3位の間にはかなりの票差があり、3位以下は得票数に大差がないのが、今回の投票の特徴となった。
その差17票。
アイーダは届かなかった。
かける言葉が宙を浮く。3位には、補佐の経験がある、会議局の古老が入った。アイーダは若い。出身も、ごく一般的な魔術師の家系だ。時間をかけて重ねた実績、確かなコネクション、経験値。どれも上位3者にはとても及ばない。その状況で、4位だ。彼女に、それらに引けを取らない価値があることが証明され、本来なら及第点以上であるはずだ。
けれども、そんな事は全く意味がないのだ。
アイーダは、椅子に深く腰掛け、デスクに両ひじをついて顔を伏せている。その姿は、何かを考えているようにも、正気を失っているようにも見え、リュートはただ側にいてアイーダのアクションを待つしかなかった。
「……まだ方法はあるんだ」
アイーダが俯いたまま、淡々と言葉を発する。リュートは、嫌な予感がした。
「私が、クローに下って、イェンチを解放してもらう」
「絶対にやめてください」
偶然だった。偶然、コビンスを尾けていたネズミの一匹が、クローを追い始めた。アイーダとクローが話している内容も、ネズミの耳を通して入ってきた。ラブを辱めたのは、間違いなくウィロー・クローだ。そんな外道に、アイーダが従うなど、リュートは許せなかった。
「イェンチ・ケドーが狭い世界で他人の力に屈するなんて、あってはならない」
「もっと全体を見てください!」
「あいつの才能があいつの正義を踏みにじるために使われるなんて、絶対に阻止しなければ」
「ラブが望む世界にすると言っていたじゃないですか!」
「全体が見えていないのはお前の方だろ!」
目指すところは同じはずだ。何に重きを置くかで、こんなにも噛み合わない。アイーダとリュートは、お互いそれが分かっていて、だからこそ、一歩も譲れなかった。
「何ケンカしてるんです?外まで聞こえてますよ」
野次馬のような軽さで、ラブが部屋に入ってきて2人を見比べる。
「ラブ、今回の結果、すまない……イェンチは別の方法で助けるから」
「駄目だと言っているでしょう!ラブ、博士は必ず助かる。ただ、時間はかなりかかるかもしれない」
切羽詰まった様子で、必死に言い訳をするように口々に喋る2人をラブは訝しげに見る。状況が
分かっていないのだと思ったリュートとアイーダは、イェンチを解放するには投票で3位以内に入って最高長補佐の地位を得るのが必須条件だったこと、それが叶わなかったことを説明する。
「何言ってるんです?それならアイーダ先輩が補佐なんかすっ飛ばして、最高長になればいい話でしょ」
ラブがあまりにも、それが当然のように言うので、リュートとアイーダは「なるほど」と頷きそうになる。寸での所で目が覚めた。
「ラブ、残念だがその前例はないんだ」
「でも先輩。補佐になるのが必須なんて、そんな規定どこにも書いてなかったですよ?」
ラブが、部屋後方の本棚を指さす。そこには、国家組織の運営規則が細かい文字でびっしりと書かれた分厚い本が、30冊程置かれていた。各部署に設置されているそれは、ルールや様々な案件の処理法などが事細かに書かれている。
「しかし……」
「ラブ、それは不可能に近い」
「そんなの知らないよ。偉そうに宣言したんだから、何とかしてよ先輩ズ」
ラブはそれだけ言うとドアを大袈裟に閉めて出て行ってしまった。
リュートとアイーダは顔を見合わせる。お互いに、笑いを堪えているのが分かった。ラブが先ほど指さした、分厚い本群を眺める。
「……部長、試してみる価値あるのでは?」
「ああ、そうだな。ブルーベリーを用意しよう」
「まったく、世話の焼ける人たちだ」
ラブはぼやきながら自室へ向かう。部屋まであと十数歩という所の曲がり角で、猫と鉢合わせた。
「ただいま、ラブ。にゃー」
「おかえり。その設定ちゃんと守ってるんだ」
猫は小走りでラブに駆け寄り、器用に身体を伝って腕の中へすっぽり収まった。ラブが頬を撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らした。
「イェンチから伝言。『リーサルウェポン投入~』だってさ」
猫が顎をしゃくって、ラブの部屋の前を指す。そこには、ローブを目深にかぶった男が立っていた。
「君は……」
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