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第34話
「やあ、ラヴィ。3年ぶりだね!」
大きめの水晶に映し出されたのは、存在を証明するかのように両手をせわしなく動かすイェンチだ。
「・・・・・・先生、前回から3日しか経ってないけど、僕も会えて嬉しい」
ラブが微笑んで、控えめに小さく手を振る。
「あー!早くラヴィの手料理が食べたいよう!」
水晶の中でバタバタもがくイェンチに、ラブはくすりと笑う。「イェンチ居るの?」と猫が寄ってきて、水晶を覗き込んだ。
「イェンチ、マグロをありがとう」
猫は、イェンチから届いたマグロを今まさに食べていた。口の周りを舌でペロリとなめながら、感謝の意を表する。
「こちらこそ、色々手伝ってくれてありがとね」
「トマトもおいしいんだよ?贈ろうか」「ううん、マグロがいい」というイェンチと猫のやり取りを、ラブは愛おしそうに眺めた。
この国は、10年以内に隣国に戦争を仕掛ける。理由は、資源の枯渇により、新たな領土が必要となったからだ。今は賛否が半々に分かれているが、いずれ賛成派が多くなり、国民を丸め込んで目的を達成するだろう。自分の皿にクッキーがなくなったら、他人の皿から奪い取るのが一番簡単で手っ取り早い。
イェンチは、厳密には彼に限らず国内の優秀な国家魔術師たちは、国が軍事力を高めるため、秘密裏に召集された。
「……そっちはどう?」
イェンチは昔から、一方的な争い事を嫌う。力の有る者が無い者をねじ伏せるのを、誰よりも嫌悪していた。だからラブは、本人が目の前で笑って大丈夫だとアピールしている姿を見ても、心配だった。
「今はね~、傀儡をローリスクハイリターンで創れる術式を説明してる」
「それ、僕も知りたかった」
「違うよ、ラブ!みんなへたっぴ過ぎるんだ!この方法で創っても、ラブが創る個体の10分の1の完成度だ。ね、猫くん」
マグロに夢中になっているところに急に話を振られた猫が、「ちゃんと聞いてたよ」という顔をする。
「本当に始まっちゃうのかな?戦争」
「心配ないよ、ラヴィ。そんな事させない。アイーダも黙って見てはいないよ!」
嘘偽りなく、堂々と自信を持って答えるイェンチに「やっぱり先生はすごいな」と感心し、この人の教えが染み渡っている自分をも誇りに思う事が出た。
「アイーダと言えばラブ、アレは本当に……」
イェンチの言わんとしている事が分かり、ラブの口元が自然と緩む。「なんか悪い顔してるな、二人とも」と猫がつぶやいた。
「そうだね、先生、それはもう……」
「大成功!!」
声がぴったり合い、同時にふき出して笑う。
「『For You~スペシャルエディション~』!すごい効果だね!だってあの得票数を見たかい?」
「うん、見たよ見た見た!ぶっちぎり!」
ケタケタ笑う二人を猫がぽかんと見る。「えっと、どういう事?」
「アイーダ先輩の邪魔をしてたウィロー・クローのお身体を拝借して、少々実験をしてたんだ」
「そうなんだよ、猫くん。簡単に言うと、飲んだら人を惹きつけるフェロモンが出るお薬」
「まだ開発段階だから薬の方が人を選ぶんだ。強欲で、頭の回転が速くて、ちょっと変わった思考を持っている人じゃないと効果が出ない。ウィロー・クローは条件ピッタリ!」
イェンチとラブがかわるがわる饒舌に説明をしていく。猫は呆れてため息しか出ない。
「でも、エニー君には悪い事をしてしまったね。一番近くに居たからフェロモンに当てられちゃって」
「そうだね。でも、任せて。僕が責任を持って社会復帰させる」
つまり、今回の一連の騒動の半分くらいは、結局のところ、このぶっ飛び師弟によって引き起こされた、という事か。猫は、開いた口が塞がらない。
「狂ってる!」
塞がらないついでに、そう叫んでやった。
「エニーの事もそうだけど、先生。僕は今回、アイーダ先輩に教えてもらったんだ。人の意思は動かせても、想いは動かせないってことを」
その教えの正しさを、ラブは身をもって知った。どんなに閉じ込めても、自分を騙しても、リュートへの想いが消えることはなかった。
「アイーダらしい答えだね……あれ?なんか思いついた顔してる?」
ラブが堪えきれずニヤリと笑う。
「……えへへ。先生、僕、仮説を立てたんです。それでも想いを動かす方法!」
「本当かい!?詳しくお聞かせ願おうか……ぐへへ」
「やっぱりお前ら狂ってる!」
猫が2度目の叫び声をあげた。
「まったく、主人を2回も狂人呼ばわりするとは、失礼な猫だ。マグロ没収」
ラブが頬を膨らませて猫の方を向き、わざとらしく怒りを表現した。「マグロだけは勘弁して!」と、本気で焦る猫を見て、イェンチが笑った。
「あははっ!……でもラブ、猫くんの答えはそれほど的外れじゃないよ?」
その言葉に、ラブだけではなく猫も興味を持つ。「と、言いますと?」ラブと猫が声を揃えて問うと、イェンチがびしっと決めた顔で答えた。
「恋は、狂ってなきゃできないものさ」
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