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09 ひいちゃん
「……ん」
ふと、甘い匂いに誘われて、柊は目を覚ました。
ぼんやりと目を開けると、見慣れない天井に一瞬戸惑い――すぐに、先ほどの出来事がよみがえった。
「……そっか、俺、南さんと……」
我に返ると、急に全身が熱くなる。
自分のやらかしと、恥ずかしい記憶が一気に押し寄せてきて、思わず顔を両手で覆った。
身体は、腰のあたりを中心に鈍い痛みがあった。喉の奥もかすかにひりつく。
こんなふうに体の節々が軋む感覚は、ずいぶん久しぶりだった。
部屋の中は静かだった。
時計を見ると21時。
どうやら俊一は2階にはいないようだ。
身を起こすと、自分が黒いスウェットを着ていることに気づく。
サイズが大きいから、きっと俊一のものだろう。
袖口に鼻を寄せてみると、彼の匂いがして、なんだか身体がほてってくる。
慌てて袖を離して、軽く頭を振った。
「……外、どうなってるのかな」
ベッド脇のカーテンに手を伸ばし、そっと引いてみる。
窓の向こうには、街灯の明かりに照らされた白銀の世界が広がっていた。
降り止んだばかりの雪が音もなく積もり、あたりはしんと静まり返っている。
まるで世界が一枚の絵のように止まってしまったかのようだった。
ちらほら雪かきしている人もいた。
「……結構積もったな」
「あ、ひいちゃん、起きたね。身体大丈夫?」
ぼうっと窓の外を眺めていた柊に、突然声がかかる。
振り返ると、黒いダウンを着た俊一が階段を上がってきたところだった。
ついさっきまで雪かきをしていたのだろう。鼻先が赤くなっていて、髪が汗で額に張り付いている
「汗かいたぁ〜」と笑いながらダウンを脱ぎ、ストーブの前に帽子と靴を置いて乾かし始める。
「ひいちゃん……」
「ん?柊くんだから、ひいちゃん。せっかく恋人になれたんやし、なんか呼びたくなって。……嫌やった?」
しゅん、と眉を下げて見せる俊一。
そんな顔をされたら、嫌なんて言えるはずもない。むしろ、胸の奥がくすぐったくなる。
「……嫌じゃないです。もっと呼んでください、その、俊一……さん」
「もう、ひいちゃん可愛すぎ。また襲いたくなってまう」
「な、何言って……!」
不穏な言葉に慌てて視線を逸らす。
そんな様子を面白がるように、俊一がふと話題を変えた。
「そうだ、お腹すいてへん? お夜食作ったんだけど、食べる?」
そう言われて、ようやく自分が空腹だったことに気づく。
そういえば、最後に口にしたのは、あのおはぎだったな。
「お腹空きました。ぜひ食べたいです」
柊は頷いて、素直に言葉を返した。
「了解。ちょっと待っとって」
そう言って、俊一はふわっと頬にキスを落としてからキッチンへと向かった。
しばらくすると、ぐつぐつと煮える音とともに、ほんのりとした甘い香りが部屋に広がっていく。
それだけで、お腹がきゅるっと鳴りそうになる。
「お待たせ」
木目調のトレイを手に、俊一が戻ってきた。
お椀に盛られていたのは、たっぷりの小豆が入ったお粥。
柚子の皮と黒ごまがトッピングされ、見た目にもあたたかみがある。
「……いい匂い。これ、なんですか?」
「これは、小豆粥。もともとは無病息災を願って1月15日とか冬至の日に食べるもんなんやけど、消化にいいから食べてみ」
「小豆粥……初めて知りました。でも、すごく美味しそうです」
目を輝かせる柊に、俊一が満足そうに微笑む。
「……食べさせてあげよか?」
「だ、大丈夫です! ちゃんと自分で食べられますから……っ」
慌てながらも、柊は「いただきます」と小さく呟いて、蓮華でひとすくい。
ふうふうと熱を逃してから、口に運ぶ。
素朴な甘さがじんわりと広がる。
柚子の爽やかさがあとから追いかけてきて、体の中まであたたかく満たされていく。
「……優しい味で、美味しいです。俊一さんと出会って、小豆の可能性に驚いてばかりです」
「そう言ってもらえると、ほんまに嬉しいな」
気づけば、ぺろりと完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
「はぁい、お粗末さまでした」
「……あの、片付けは僕が――」
「ええから。ひいちゃんはゆっくりしてて」
「……」
結局、何から何まで甘やかされっぱなしだ。
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