12 / 44

5-3

俺たちはショッピングモールの裏通りを歩いていた。 ここには昔からの居酒屋通りがあって、昼間の時間帯は閑散としている。 優成はズンズンと奥に進んでいき、ビルとビルの間にある暗がりの道へ入っていった。 俺は優成の後を追って暗がりを曲がると、そこにはビルの裏口のような小さな扉があった。 扉の前でスマホを確認している優成に俺は恐る恐る声をかけた。 「な、なぁ……目的地ってここなん??」 「たぶん、そう」 たぶん? 優成も初めてくる場所ってことか? 俺は少し怖くなって優成のTシャツの裾を掴んだ。 そして優成はスマホを閉じてドアを開け、中に入っていった。 俺も優成のTシャツの裾を皺くちゃになるほど掴んで、一緒に入っていく。 中に入ると、やけに甘ったるい匂いが鼻を突いた。 空気も霞んで、照明の光が乱反射しているほどだ。 天井にはランプが吊り下げられ、壁には山のようにガラスの置物が、床には高級そうなカーペットが敷いてあった。 一言で言うと、異様な空間だった。 「優成……ここ、どこなの?」 俺はTシャツから優成の腕へと掴む場所を変えていた。 怖さを紛らわすために、少しでも優成とくっついていたかった。 優成は俺の問いかけに声を潜めて答えた。 「ここは占いの館、ダングリング・ポンチオだ」 「占いの館、ダングリング……ポンチオ?」 「俺はここにいるはずの、レイチェルっていう占い師に会いに来た」 優成の顔は至って真面目だけど、俺の耳にはお笑い芸人のネタにしか聞こえなかった。 「ダングリング・ポンチオ……。絶対ヤバいとこじゃん……」 たぶん、風俗店か何かだぞ……? でも何故か声に出して言いたくなる。 「ダングリング・ポンチオ……ダングリング・ポンチオ……」 「シーッ、静かにしろ」 優成が口の前で人差し指を立てる。 その時、奥のカーテンがガバッと開いた。 「ようこそ……ダングリング・ポンチオへ……」 現れたのは、派手な衣装にターバンを巻いた、妙齢の女……男……あ、いや女が出てきた。 「さぁ、ここに座って」 ターバン女の言葉に俺たちは素直に従い、目の前の椅子に座った。 「はじめまして、私の名前はトモロウ」 「男?!」 まさかの“トモロウ”という名前に俺は反射的に声を上げてしまった。 「男……という括りで考えてもらいたくはないの。もっと垣根を超えた存在よ」 「俺と同じじゃないっすか」 きっと俺の状況とは違うだろうけど、トモロウに親近感を覚えた。 「優成さん、というのはどちらかしら?」 トモロウが目を細めて俺たちを見比べる。 「俺です」 優成がまっすぐトモロウを見つめて返す。 「ふふ、わかっていたわ」 ──それなら、聞くなよ 「それなら聞くなよ、なんて思わないでね」 トモロウの言葉に俺は目を丸くした。 「え、わかるんですか?」 「わかるわよ」 ふふ、と怪しげに笑うトモロウが、異質なものに感じた。 ──トモロウ、本物かもしれない。 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。 「さて、優成さん。悩みを聞かせて」 「悩み……というか、人を探してます」 「名前を聞いても?」 「はい。その人の名前はレイチェル、この館で占い師をしていたと知って来ました」 「…………レイチェル、ねぇ」 トモロウは、一度考えるように目を瞑り、息を吐いた。 そして、ゆっくりと優成に視線を向ける。 「今はいないの」 「いない?どこに行ったんですか?」 「……刑務所よ」 え? 「詐欺罪で捕まったの」 何それ、突然めっちゃリアルじゃん。 俺は口をあんぐりと開けて優成を振り返った。 「もしかして、あのサイトですか?」 「たぶんね。でも詳しいことは何も……」 トモロウは、そう言ってキセルをふかした。 「もし、レイチェルがここに来たら連絡をもらうことはできますか?」 「約束はできないけど、あなたの気持ちはわかったわ」 トモロウはそう言ったきり、何も言わなくなった。 キセルの先から立ち上る白い筋が、螺旋を描いて部屋に散っていく。 俺はトモロウの口から溢れる煙をただ黙って見ていた。 「ごめんなさいね、力になれなくて。代わりと言ってはなんだけど、あなたを占ってあげるわ」 トモロウはそう言って長い爪で俺を指差した。 「え、俺?」 「あなたよ。さぁ、あなたの手相を見せてちょうだい」 俺は言われるまま両手のひらをトモロウに見せた。 トモロウの指が俺の手相をなぞっていく。 占いはあまり信じない方だけど、なんだか胸がドキドキした。 「あなた……性欲がすごいわね」 「えへ、そうなんです。出ちゃってますか?」 俺はポッと頬を赤くした。 「喜ぶな、アホ」 隣から優成の冷静なツッコミが飛ぶ。 「それから、今日買ったものは、決意したときに使いなさい」 「……へ?」 今日買ったものって、パンツだよな。 俺は決意してパンツ穿かなきゃいけないのか? 決意ってなんの? 爆発でもすんのか? ……怖いこと言われたな。 俺がパンツ爆発を想像していると、トモロウは席を立って優成の近くに行っていた。 そして、何かを耳打ちすると、優成の顔色が一気に青白くなっていった。 ──なんだ?優成の様子がおかしい。 「さぁ、そろそろ時間だわ。また何か困ったら来てちょうだいね」 そのままトモロウは奥のカーテンの中に消えていった。 残された俺たちは、トモロウの言葉を聞いて素直に占いの館を後にした。 占いの館、ダングリング・ポンチオから外に出ると、あたりはすっかり夕焼けに包まれていた。 トモロウの怪しい占い結果を聞いた俺たちは、お互いに何も言わずに駅に向かう。 俺は優成に聞きたいことが山ほどあるはずなのに、顔色が悪い優成を見たら何も言えなくなっていた。 ついにアパートの最寄り駅まで来てしまった。 結局、俺は何もわからずにここまで帰ってきていた。 どうしよう、優成に真実を聞いてもいいのかな…… 俺は優成の顔色を覗いながら、口を開いたり閉じたりを繰り返した。 「今日は付き合ってくれて、ありがとな」 ついに優成が声をかけてきた。 当たり障りのない感謝の言葉だった。 「いや……俺もパンツ買えたし、ありがと」 俺も当たり障りのない返事をした。 「……世利には、ちゃんと話すから」 優成は意味深なことを伝えながら、俺の手を握る。 その冷たい手は、少し震えてるように感じた。 「とりあえず、家に帰ろう」

ともだちにシェアしよう!