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俺たちはショッピングモールの裏通りを歩いていた。
ここには昔からの居酒屋通りがあって、昼間の時間帯は閑散としている。
優成はズンズンと奥に進んでいき、ビルとビルの間にある暗がりの道へ入っていった。
俺は優成の後を追って暗がりを曲がると、そこにはビルの裏口のような小さな扉があった。
扉の前でスマホを確認している優成に俺は恐る恐る声をかけた。
「な、なぁ……目的地ってここなん??」
「たぶん、そう」
たぶん?
優成も初めてくる場所ってことか?
俺は少し怖くなって優成のTシャツの裾を掴んだ。
そして優成はスマホを閉じてドアを開け、中に入っていった。
俺も優成のTシャツの裾を皺くちゃになるほど掴んで、一緒に入っていく。
中に入ると、やけに甘ったるい匂いが鼻を突いた。
空気も霞んで、照明の光が乱反射しているほどだ。
天井にはランプが吊り下げられ、壁には山のようにガラスの置物が、床には高級そうなカーペットが敷いてあった。
一言で言うと、異様な空間だった。
「優成……ここ、どこなの?」
俺はTシャツから優成の腕へと掴む場所を変えていた。
怖さを紛らわすために、少しでも優成とくっついていたかった。
優成は俺の問いかけに声を潜めて答えた。
「ここは占いの館、ダングリング・ポンチオだ」
「占いの館、ダングリング……ポンチオ?」
「俺はここにいるはずの、レイチェルっていう占い師に会いに来た」
優成の顔は至って真面目だけど、俺の耳にはお笑い芸人のネタにしか聞こえなかった。
「ダングリング・ポンチオ……。絶対ヤバいとこじゃん……」
たぶん、風俗店か何かだぞ……?
でも何故か声に出して言いたくなる。
「ダングリング・ポンチオ……ダングリング・ポンチオ……」
「シーッ、静かにしろ」
優成が口の前で人差し指を立てる。
その時、奥のカーテンがガバッと開いた。
「ようこそ……ダングリング・ポンチオへ……」
現れたのは、派手な衣装にターバンを巻いた、妙齢の女……男……あ、いや女が出てきた。
「さぁ、ここに座って」
ターバン女の言葉に俺たちは素直に従い、目の前の椅子に座った。
「はじめまして、私の名前はトモロウ」
「男?!」
まさかの“トモロウ”という名前に俺は反射的に声を上げてしまった。
「男……という括りで考えてもらいたくはないの。もっと垣根を超えた存在よ」
「俺と同じじゃないっすか」
きっと俺の状況とは違うだろうけど、トモロウに親近感を覚えた。
「優成さん、というのはどちらかしら?」
トモロウが目を細めて俺たちを見比べる。
「俺です」
優成がまっすぐトモロウを見つめて返す。
「ふふ、わかっていたわ」
──それなら、聞くなよ
「それなら聞くなよ、なんて思わないでね」
トモロウの言葉に俺は目を丸くした。
「え、わかるんですか?」
「わかるわよ」
ふふ、と怪しげに笑うトモロウが、異質なものに感じた。
──トモロウ、本物かもしれない。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「さて、優成さん。悩みを聞かせて」
「悩み……というか、人を探してます」
「名前を聞いても?」
「はい。その人の名前はレイチェル、この館で占い師をしていたと知って来ました」
「…………レイチェル、ねぇ」
トモロウは、一度考えるように目を瞑り、息を吐いた。
そして、ゆっくりと優成に視線を向ける。
「今はいないの」
「いない?どこに行ったんですか?」
「……刑務所よ」
え?
「詐欺罪で捕まったの」
何それ、突然めっちゃリアルじゃん。
俺は口をあんぐりと開けて優成を振り返った。
「もしかして、あのサイトですか?」
「たぶんね。でも詳しいことは何も……」
トモロウは、そう言ってキセルをふかした。
「もし、レイチェルがここに来たら連絡をもらうことはできますか?」
「約束はできないけど、あなたの気持ちはわかったわ」
トモロウはそう言ったきり、何も言わなくなった。
キセルの先から立ち上る白い筋が、螺旋を描いて部屋に散っていく。
俺はトモロウの口から溢れる煙をただ黙って見ていた。
「ごめんなさいね、力になれなくて。代わりと言ってはなんだけど、あなたを占ってあげるわ」
トモロウはそう言って長い爪で俺を指差した。
「え、俺?」
「あなたよ。さぁ、あなたの手相を見せてちょうだい」
俺は言われるまま両手のひらをトモロウに見せた。
トモロウの指が俺の手相をなぞっていく。
占いはあまり信じない方だけど、なんだか胸がドキドキした。
「あなた……性欲がすごいわね」
「えへ、そうなんです。出ちゃってますか?」
俺はポッと頬を赤くした。
「喜ぶな、アホ」
隣から優成の冷静なツッコミが飛ぶ。
「それから、今日買ったものは、決意したときに使いなさい」
「……へ?」
今日買ったものって、パンツだよな。
俺は決意してパンツ穿かなきゃいけないのか?
決意ってなんの?
爆発でもすんのか?
……怖いこと言われたな。
俺がパンツ爆発を想像していると、トモロウは席を立って優成の近くに行っていた。
そして、何かを耳打ちすると、優成の顔色が一気に青白くなっていった。
──なんだ?優成の様子がおかしい。
「さぁ、そろそろ時間だわ。また何か困ったら来てちょうだいね」
そのままトモロウは奥のカーテンの中に消えていった。
残された俺たちは、トモロウの言葉を聞いて素直に占いの館を後にした。
占いの館、ダングリング・ポンチオから外に出ると、あたりはすっかり夕焼けに包まれていた。
トモロウの怪しい占い結果を聞いた俺たちは、お互いに何も言わずに駅に向かう。
俺は優成に聞きたいことが山ほどあるはずなのに、顔色が悪い優成を見たら何も言えなくなっていた。
ついにアパートの最寄り駅まで来てしまった。
結局、俺は何もわからずにここまで帰ってきていた。
どうしよう、優成に真実を聞いてもいいのかな……
俺は優成の顔色を覗いながら、口を開いたり閉じたりを繰り返した。
「今日は付き合ってくれて、ありがとな」
ついに優成が声をかけてきた。
当たり障りのない感謝の言葉だった。
「いや……俺もパンツ買えたし、ありがと」
俺も当たり障りのない返事をした。
「……世利には、ちゃんと話すから」
優成は意味深なことを伝えながら、俺の手を握る。
その冷たい手は、少し震えてるように感じた。
「とりあえず、家に帰ろう」
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