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ピピピ……ピピピ……
翌朝、いつものように目覚まし時計のアラームで起きた俺は、眠い目を擦りながらベッドから立ち上がった。
カーテンを開けると、電線にとまっていたスズメが何羽か、雲一つない青空に飛び立っていく。
今日から9月。
まだ暑さが残るけど、気持ちがいい朝だった。
俺はしばらくその風景を眺めていた。
「……俺、優成と恋人になったんだな」
昨夜、俺たちが気持ちを確かめあったあと、優成は宣言通り指一本触れずに帰ろうとしていた。
俺は名残惜しくて、玄関で靴を履く優成に声を掛けた。
『優成、ハグもダメかな?』
俺が両手を広げて見つめると、優成はピタッと動きを止めて眉間にしわを寄せた。
『……ダメ』
『ハグは性的接触とは言わないと思います!』
どうしても諦めきれなくて、俺は両手を広げたまま一歩優成に近づいた。
すると優成は一歩後ずさりをして、玄関の取っ手に手をかけた。
『俺が……性的接触だと思ってるからダメだ』
そう言った優成の耳は、ほんのりと赤くなっていた。
『おま、お前……飢えすぎ』
俺が呆気にとられているうちに、優成は玄関を開けてその場からいなくなっていた。
その後、シャワーを浴びたりしていたら、ベッドに入ったのは結局2時を過ぎていた。
寝不足と昨日の深酒のせいもあって、今朝は少しふわふわとしている。
俺はぼんやりと外を眺めるのをやめて、朝の支度を始めた。
今日は会社帰りに、優成とレイチェルに会いに行くことになっている。
残業になることはないだろうけど、念のため早めに出勤しようと思っている。
俺がいつもより早めに朝の支度を終えて、家を出ようと玄関を開けた時だった。
「おわっ……!」
扉の外から声が聞こえた。
「優成!」
そこにはスーツ姿の優成がいた。
ボサボサ頭じゃない優成は、やっぱりかっこいい。
恋人補正なのか、優成の周りの空気がキラキラと輝いて見える。
「おはよう!」
俺は、初めての恋人に初めての朝の挨拶をした。
それだけで、何かの記念日になりそうなくらいに嬉しくなった。
「おはよ……朝から元気だな」
朝が弱い優成は、目を擦りながら挨拶を返してきた。
小さくあくびをした口元から、優成の赤い舌がチラッと見えた。
気だるげな優成は色気が滲み出ていて、俺は見てるだけで鼻息が荒くなっていた。
「ハァハァ……優成、朝から18禁なのやめて」
「……あ?」
優成はすごく嫌そうに、鋭い視線を向けてきた。
──おかしいな、恋人に向ける眼差しじゃないな
それから、俺たちは一緒に駅まで行くことになった。
俺は恋人との初出勤に心が踊っていた。
「優成も今日は早いんだね」
「昨日は誰かさんのせいで仕事どころじゃなかったから、今日は朝から仕事すんだよ」
そう言いながら、ジロっと俺を見つめてくる優成。
──それって、もしかして……俺がLINEの返事しなかったせい?
「……俺は昨日、仕事捗ったけど?」
「なんでだよ!ちょっとは俺のこと気にしろよ」
優成は不満を口にしながらも、どことなく嬉しそうにしている。
そんな優しい空気が心地よくて、いつの間にか二人で笑いながら話をしていた。
周りに人が増えて、目の前に駅が見えてきた頃だった。
信号待ちをしていると、優成が俺の耳に口を近づけて話しかけてきた。
「仕事終わったらすぐに連絡するから。
それから占いの館に行こう」
俺は隣にいる優成を見上げて、小さく頷いた。
「わかった。
そうだ、俺トモロウの連絡先知ってるから、連絡しておくよ」
「なんでお前がトモロウの連絡先知ってんだよ?!」
優成はいぶかしげな顔をして、俺にたずねてきた。
言われてみれば、俺とトモロウが繋がってるのって不思議だよな。
「レイチェルのスマホが使えないからって、トモロウのを教えてもらったんだよ」
「……なんだそれ。
まぁ、いいか。悪いけど、連絡よろしくな」
信号が青に変わり、俺たちはまた駅に向かって歩き始めた。
俺と優成は路線が違うから、一緒にいられるのもここまで。
なんだか急に寂しくなって、優成を見つめた。
すぐそばには、俺より少し大きな優成の手がある。
周りの人に気づかれない程度に、こっそりと俺の手の甲を優成の手の甲に擦り合わせた。
「……っ!?世利……!」
ビクッと体を震わせて手を引っ込めた優成が可笑しくて、なんだかイタズラが成功したような気持ちになった。
「へへっ……じゃあ、また夜にな」
俺はニカッと笑って、言い逃げのようにして改札を抜けていった。
ホームに着くと、早い時間帯のせいかいつもより空いているように感じた。
俺は列に並びながら、優成と触れ合った手の甲に目をやる。
──ふふ、優成びっくりしてたな
優成と少しだけでも触れ合えたことで、俺の胸の鼓動はお祭り騒ぎだった。
ニヤつきそうな口元を引き締めて、ゆっくりと息を吐く。
それでも手の甲だけが、じんわりと暖かい気がした。
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