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14-2
午前11時になる頃、俺は冷たくなったコーヒーを飲み干し、缶を机の上においた。
「ふぅ……」
小さくため息をついて、座りながら背伸びをする。
あたりを見回すと、同僚たちがバタバタと駆け回っていた。
昨日、キーボードが悲鳴をあげるほど働いたおかげで、今日は月初だというのに俺だけは時間に余裕があった。
しかも、朝から仲直りした優成とイチャイチャしてきたばかりだ。
昨日の俺、本当によく頑張ってくれた。
今日の俺から感謝を述べたい!
そして、夜には優成と一緒に、レイチェルがいる占いの館に行く予定になっている。
──そうだ、トモロウに連絡しないと!
今夜、占いの館に行くことをトモロウに連絡するため、俺はLINEを開きトモロウに初めてのメッセージを送った。
『立花世利です。
今夜、レイチェルに会いに、そちらにうかがいたいと思っています。高藤も同伴します。ご都合よろしいですか?』
「こんな感じでいいかな」
俺は、短い文章をトモロウとのトーク画面に送信した。
今夜、レイチェルに会えたら、呪いの解除について詳しく聞こう。
そして、呪いが完全に解けたら、俺は優成と……
「んふっ……ふふふ……」
俺は、優成とのイチャイチャを想像して、ニヤつく口元を手で隠した。
──んふふ、今夜が楽しみだ
「おーい。誰か、これを経理に持っていってくれ」
すると、座ったまま書類を持った手だけを上に上げて、課長が声を張った。
「俺、行ってきます」
忙しそうにしている課長から書類を受け取り、俺は一つ下の階の経理部に向かった。
今日はなんだか体も軽い気がする。
俺はエレベーターを使わず階段を下りて行こうとすると、階下から塩野が登ってきた。
「塩野!」
俺の声に気がついた塩野が、こっちを見てニカッと笑った。
俺は階段を数段下りてから、塩野に近づいて声をかける。
「昨日はありがとな」
「先輩、おつかれっすー。
いえいえ、それより二日酔いとか大丈夫っすか?」
「二日酔いは大丈夫だったけど、あの後すぐ、盛大に吐いちゃってさ」
俺は少し恥ずかしくて頭をポリポリと掻いた。
「え……盛大に吐いた?
高藤さんに怒られませんでしたか?」
塩野は、心配しているような引いてるような言葉を俺にかけてきた。
そして、俺は何事もなかったかのように、サラッと塩野に伝えた。
「怒られなかったし、付き合うことになったよ」
「急展開っ?!まじっすか!!」
驚いた塩野の大きめな声が廊下に反響した。
そして、塩野は一つ咳払いをしてから、少し抑えた声で続けた。
「いやー、良かったっす。これでも心配してたんで。
昨日、悩んでたことも解決したってことっすね?」
塩野が言う“昨日悩んでたこと”とは、『誠実』についてのことだ。
そのことについても、俺は正直に塩野に答えた。
「誠実かどうかってことは、実はまだ解決はしてないんだ」
「えー……?それは……大丈夫っすか?」
できるだけ明るく伝えたつもりだったけど、塩野は不安そうな声をあげた。
俺はさっきよりも明るく、そして笑いながら塩野に告げた。
「大丈夫だよ。だって、お前が教えてくれたんだろ?
『恋人を大切にしてれば誠実』ってさ」
「先輩……」
「だからさ、これから誠実な関係を積み上げようと思うんだ。
こう思えたのも塩野のおかげだよ、まじでありがとな!」
俺は照れくさくて、視線を少し逸しながらお礼を告げた。
塩野は面食らったような顔をしていたけど、直ぐに困ったように笑った。
「ま、先輩が幸せなら俺も嬉しいですよ」
「あはは!なんか恥ずかしいな」
俺は、甘酸っぱい空気に耐えられなくて、少しおどけて笑った。
「それにしても……」
塩野が少し声を落として話を続けた。
「俺の助言を真に受けたのは、先輩くらいなもんっすよ。
まじで人選ミスだと思います」
神妙な顔で自虐する塩野が面白くて、俺は吹き出してしまった。
「ブハッ!自分で言うなよ。
まぁ、俺だって相談する相手間違えたかなって、最初は思ったけどさ……」
「うわー……人に言われると傷つくんですけど〜」
「アハハ、嘘つけ!」
俺たちはそこまで話すと、お互いに仕事に戻った。
塩野は別れ際に『先輩に風俗の紹介し辛くなりますね』なんて、本気か冗談かわからないことを言って去って行った。
今回、俺は本当に塩野に助けられた。
優成と付き合えたのも塩野のお陰だと思ってる。
今度、何かお礼しないとな。
──ブブブ、ブブブ……
そんなことを考えながら歩いていると、ポケットに入れているスマホが振動した。
トモロウから返信が来たのかもしれないと思い、画面を見るとまさかの優成からだった。
『ごめん、突然出張になった。
今夜の予定は延期して、別の日に占いの館に行かないか?』
優成、行けなくなっちゃったな。
仕事だもんな、仕方ない……。
どうしよう。
行くなら二人で行きたい。
さっきトモロウに連絡したばかりだけど、予定を変更してもらおうかな。
俺はトモロウに連絡するためにLINEの画面を開いた。
すると──
「うわ!トモロウから返信が来た……」
『待ってるわ。
きっと彼は来られないだろうから、世利さんだけでいらっしゃい』
「…………え?」
トモロウからの返信を読んだ俺は、背筋がゾワッと震えた。
それはまるで、全てを知っているかのような内容だった。
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