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ショッピングモールの裏通り、そこには昔からの居酒屋通りがある。
昼間は閑散としていた道も、夜の6時にもなると店に明かりが灯り、サラリーマンがチラホラと歩いている。
まだ夕焼けが残っているのに、その道は夜の雰囲気になっていた。
店の前を通るたびに香ってくる美味しそうな誘惑を通り過ぎ、俺はビルとビルの間の路地に入る。
すると、目の前にビルの裏口のような扉が見えてきた。
ここは、目的地の占いの館『ダングリング・ポンチオ』。
今夜、俺は一人でこの場所に来ていた。
今日の昼、トモロウから意味深なLINEが入ったあと、俺はすぐにトモロウに返信した。
『それは、優成が来れないって意味ですか?
なんで知ってるんですか?』
『その説明もするわ。
レイチェルと話をしたいなら、世利さんだけでいらっしゃいな』
トモロウからの返信は、やはり不穏な内容だった。
なぜ優成が来れないことを知ってるのか。
その理由は、トモロウに会えば説明してくれると言っていた。
俺は一人で会いに行くことが怖かったけど、どうしてもトモロウの言葉の真意を知りたかった。
『わかりました。今夜、うかがいます』
俺は、今夜会いに行くことを決めた。
そして、すぐに優成に電話をかけたけど、仕事が忙しいらしく直接話すことはできなかった。
俺は仕方なくLINEで文章を送った。
『トモロウから何故か俺一人で来るように言われた。今夜会って理由を聞いてくるよ』
『本当は俺も優成と一緒に行きたかったんだけどさ』
『出張お疲れさま!いってらっしゃい』
しばらくすると、優成から『ごめん』と言ってる犬のスタンプだけが送られてきた。
きっと時間がない中で送ってきたんだろう。
そのスタンプは、俺の気持ちを少しだけ軽くしてくれた。
そして退勤後、俺は一人で占いの館『ダングリング・ポンチオ』に向かうことになった。
──カチャ……
「……こんばんは」
占いの館の扉を開けて、恐る恐る足を踏み入れる。
中に入るとあの日と同じ、やけに甘ったるい匂いが鼻についた。
霞んだ空気、たくさん置かれているガラス細工、そして高級そうなカーペットが異様な世界を作り上げている。
しかし、前回と違って照明が少しだけ明るいような気がした。
それだけのことで、俺の気持ちは僅かに軽くなった。
しばらく待っていると、奥のカーテンがガバッと開いて人が出てきた。
その人は、スラリとした細身の高身長の男性だった。
俺は、てっきりレイチェルかトモロウが出てくると思っていたせいで、彼と目を合わせながら体が固まってしまった。
彼は、緩めの白いTシャツと細身の黒いパンツ姿だった。
長い髪の毛を無造作に後ろで束ねているのが、オシャレでかっこいいと感じた。
──ここは、原宿の服屋だったか?!
俺は一瞬、自分の居場所がわからなくなるほど、彼の存在に衝撃を受けた。
「こんばんは、世利さん。早かったわね」
彼は俺の名前を呼んで微笑んだ。
そして俺は、その声を聞いた瞬間驚愕した。
「もしかして……トモロウ、ですか?」
「そうよ、当たり前じゃない。お久しぶりね」
そう言って彼──トモロウは、奥の部屋からコーヒーカップを二つ運んで、脚の長い小さなテーブルに置いた。
トモロウが椅子に座るのを見てから、俺もそっと椅子に腰掛けた。
「別人じゃないですか」
俺は思ったことをそのままトモロウに告げた。
この別人っぷりは、声優が一緒の別キャラくらいの難易度だ。
トモロウを見るたび、俺の脳は混乱を起こしている。
すると、トモロウはスルッと足を組んで口を開く。
「今日は定休日なの。
ふふ、イケメンでしょ?」
「はい、めっちゃイケメンで体が凍りましたよ」
俺の言葉に、トモロウがまた小さく笑った。
「ところで、レイチェルは?」
俺は部屋を見渡した。
他に誰かいそうな雰囲気はなさそうだった。
「もうすぐ帰ってくると思うわ。
本当なら、お昼には裁判所の用事が終わっていいはずだったのよ?」
「さ、裁判所……?」
なんだか不穏な言葉を聞いて、俺は無意識に聞き返してしまった。
「ほら、あの子詐欺罪でいろいろあったでしょ?まだ片付いてないのよ」
トモロウは世間話でもするかのように、レイチェルの罪状の話をしてきた。
「あ、あぁ……なるほど」
そういえばそんな話もあったな。
本当なのか嘘なのか、よくわからないところではあるけど。
それでも突っ込んで聞けない話なので、曖昧に話を濁した。
気持ちを落ち着かせようと、俺はコーヒーカップを手に取った。
俺には少し熱くて、フーフーと息で冷ました。
すると、トモロウが思いもよらないことをゆっくりと、しかしはっきりと告げた。
「あの子が詐欺罪で捕まったのも、今ここに来ていないのも、全て呪いのせいよ」
「…………へ?呪いの、せい?」
驚いた俺はコーヒーカップを持ったまま、トモロウに視線を向けた。
トモロウは俺を見つめて小さく頷く。
「そう、世利さんと優成さんとレイチェルに起きているいくつかの不幸は、全て呪いの代償で起きているわ」
トモロウの告げた言葉で、部屋の空気がズシッと重くのしかかる。
気づけば、一度も口を付けていないコーヒーカップを、そのままソーサーの上に戻していた。
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