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第3話
カチ、カチ、と、規則的に進む時針の音。
それだけならいつものことだけど、蛇口から流れる水の音に違和感を覚えた。
あれ、水流しっぱなしになってる……? 止めてなかったっけ。
「っ!」
反射的に飛び起きると、キッチンの方から物音がした。寝ぼけ眼で向かうと、そこにはシンクの周りを掃除している帷がいた。
「ああ、起きた?」
「……すまん。休んでって言った俺が寝てたな……」
壁に手をつき、思わず高い声を上げる。
「えっ! 皿洗ってくれたの?」
シンクにためていた洗い物が一つもなくなり、全て水切りトレイに入っている。感動しつつ、同時に血の気が引いた。
「具合悪かったのに、そんな動いて大丈夫?」
「大丈夫だよ。お前が寝た後、俺もしばらく横になってたし。今はぴんぴんしてる」
「はああ……ありがとう。ごめんな」
「全然」と言って帷は手を拭き、荒れ放題だったテーブルも拭いてくれた。あまりに慣れているから、普段から家事をしてるんだろう。密かに感心してると、彼は部屋の隅に積み上げられたゴミ袋を見て、神妙な顔で尋ねた。
「いつも何食ってんだ?」
「色々食ってるよ。カップ焼きそばだろ、それからカップ麺のしょうゆ、味噌バター、とんこつに担々味」
「バリエーション豊かだけど、体壊しそうだな……」
帷は逡巡したのち、鞄を持ってドアへ向かった。
「ちょっと出掛けてくる。また戻ってきてもいいか?」
「えっ。いいけど、倒れない? むしろ一緒に行こうか?」
財布とスマホをポケットに突っ込み、彼の方へ駆け寄る。すると彼はどこか嬉しそうに口角を上げた。
「付き合ってくれるなら助かる。買い物行こう」
会ったのはせいぜい数時間前なのに。
名前しか知らない青年と、カートを押して食品売り場で買い物してる。いささか非現実的で、逆に笑えてきた。
自宅近くのスーパーはわりと安いことで知られているが、こんなにじっくり買い物したのは初めてかもしれない。帷は野菜の選び方を熟知していて、丁寧に教えてくれた(でもほとんど右から左に流れていった)。
「迷惑かけたから、飯作るよ」
家に戻ると、帷は台所に立ち、手際良く調理を始めた。
料理系男子だったか……。またまた密かに感心しながら、彼の隣に並んだ。
「むっちゃ有り難いけど。迷惑なんかじゃないのに」
「うーん。……じゃ、世話になったから」
帷はこちらを見ず、鍋の水を沸騰させた。
「お前、俺が女だったらやっぱり声かけてた?」
「お、おぉ。具合悪そうにしてたら、もちろん」
「そうか。そうだよな」
どこか可笑しそうに返し、帷は俺の方を向いた。
「お前はただの善意だろうけど。それされたら多分、大抵の娘は落ちると思うぞ」
「あはは! どうかな~。告られたことないし」
女友達は多いけど、実は恋人がいたことがない。彼氏にするには頼りないと思われてるのだろう。
そう思ってひとり頷いていたが、帷は腰に手を当て、真剣な表情で告げた。
「実は今まで何度も告白されてたんじゃないのか。自分が気付いてないだけで」
「そこまで鈍感じゃないよ」
「そ。ま、俺は助かったから良いけど」
助かった……?
その言葉の意味が分からなかったけど、ツッコむタイミングを逃してしまった。
それからはただ、料理を作る帷を盗み見て。野菜たっぷりの、めちゃくちゃ美味しいシチューを一緒に食べた。
「美味い!!」
「良かった。いっぱい作ったから、明日の朝ご飯にしな」
「マジか……ありがとう! 久しぶりに手料理食った……」
感動しながら、焼きたてのパンと一緒にシチューを食べる。帷は少食で、ほとんど俺が食べてる姿を黙って眺めていた。
「もうこんな時間か。そろそろ本当に帰るな」
「え。あ、そうか……」
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