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第6話
夜、帷が作ってくれたのは肉たっぷりのスタミナ丼だった。野菜も取るように、とトマトのマリネと夏野菜のソテーも用意してくれた。
栄養について滔々と語る時は母親みたいなんだけど、それすら聞いてて楽しい。
店で食べるのと変わらない味も含め、全部が嬉しい。
「美味い……」
「まだあるから、好きなだけ食べろよ」
「ありがとう。俺もう、帷がいないと生きてけないわ」
白飯を頬張りながら言うと、帷は一瞬固まった。
「そういうこと、軽々しく言うなよ」
「軽々しくない! 本気で言ってる!」
「本当にお前は……」
帷は頭が痛そうに、ぶつぶつ文句を言ってる。
俺は麦茶を飲み干し、ずっと気になっていたことを訊いた。
「帷は何でそんな料理上手いの?」
自分が壊滅的にできないだけで、最近は料理ができる男性も多い。けど帷は凝った料理や、スイーツも難なく作る。
ただ少し、機械的な印象を受けた。誰かの為に作ることが当たり前、とでも言うような。
答えてもらえないような気がしたが、帷は空になったグラスに麦茶を注ぎ足し、俺に差し出してきた。
「……母親が、料理研究家だったから」
「へぇ、すご! お母さんから教わったんだ!」
それなら納得だ。今でも時々教わってるんだろうか。
「片親で、大黒柱だったから手伝いをしてただけだよ。作り方は、見て勝手に覚えただけ」
「ふうん……それでこんな美味いもん作れるなんて、やっぱりすごいな」
頬をパンパンにしながら言うと、帷は自身の膝に頬杖をついて笑った。
「そんなに喜んでくれたの、迎が初めてだよ」
「うっそ。他の家族も喜んでくれただろ?」
「どうかなー。母親には一度も作らなかったし、兄貴はいるけど仕事忙しくて中々帰ってこないから」
ほとんど一人暮らしみたいなもんだよ、と付け足し、彼も飯をかき込んだ。
なんてことないやり取りだったのに、急に嫌な胸騒ぎがした。
変な予知能力でも身についてしまったのかもしれない。そう思うほどに、息が詰まる。
「あのさ。……その、……お母さんは?」
帷は以前、実家暮らしと言っていた。なのにほとんど家に一人でいる、というのが引っ掛かる。
踏み込み過ぎかもしれない。彼が少しでも嫌がる様子を見せたら、この話はフェードアウトさせようと思った。
でも彼は肩を竦めて、淡々と答えた。
「もういないよ。車で事故ったんだ。……全然寝てなかったし、疲れてたんだと思う。他に人を巻き込んだりしなかったから、それは不幸中の幸い」
頭の中が真っ白になる。
なんて声をかければいいのか分からなかった。
大変だったな、とか、辛かったな、……とか。たくさんあるけど、それらが適切なのかどうか、正直よく分からない。
俺自身、そう言われる度に愛想笑いしかできなかったから。
「迎」
「っ!」
目の前に手を差し出されて、ビクッとする。あからさまに驚いたせいで、帷は困ったように笑った。
「大丈夫か? 急にすごい汗かいてる」
「あ……」
彼に言われて気付いたけど、確かに額からは汗が伝っていた。慌てて腕でぬぐい、首を横に振る。
「大丈夫。……それよりごめん。辛いこと訊いたりして……!」
大切なひとを失う。それは思い出すのも辛いことだ。無遠慮に触れてしまったことに凄まじい罪悪感を覚える。
「本当にごめん……」
ところが帷はむしろ申し訳なさそうに首を傾げた。
「そりゃ、お互いまだよく知らないんだから、訊くのは当然だろ。謝ることなんか何もない」
「でも……」
「大丈夫。むしろ知ってほしいし……俺も、お前のこともっと知りたい」
視線が交差する。優しいのに強い光を宿した瞳に見つめられ、心臓が跳ねた。
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