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第9話

「じゃ、行ってくる」 「行ってらっしゃい!」 一週間後。迎はアパートの二階から、教習所へ行く帷を見送った。 帷との半同棲生活は現在だ。 休日に教習を入れてると、帷は必ずその前夜にやってくる。なので、教習前夜は泊まりが定着した。 夕食を食べ、朝ご飯も二人で食べて、帷は向かいの教習所に行く。 出勤の見送りみたいで、専業主夫になった気分だ。 ( 帷の奥さんになる人は幸せだなぁ ) キッチン周りは綺麗に、また使いやすくレイアウトされていた。自分だったら一生思いつかない配置で統一されて、ひたすら感動してしまう。 自分は使わないからと、迎の為にお洒落なカップやコーヒーメーカーも持ってきてくれた。コーヒーがあるとないとでモチベーションがだいぶ変わるので、これも本当に有り難い。 帷は何をするにも俺の確認をとる。 正直なところ、ちょっと気を遣いすぎてる面がある。迷惑かけてるのは俺の方なんだから、気を遣わなくていいって何度も言ってるけど……律儀な彼は、俺の心の中までは踏み込んでこなかった。 程よい距離を保とうとしてくれてる。 何でもないようなことに思えるけど、実際はすごいことだ。 相手の生活を守りながら、相手の部屋で過ごす。逆の立場だったら、俺はそんな完璧に振る舞えるだろうか。……正直、ちょっと自信ない。 「……お」 空が夕闇に変わりつつある頃。窓から下を覗き込むと、ちょうど帷がアパートの入り口を抜けるところだった。 「帷っ。おつかれ」 「あぁ。疲れた……」 帷はこちらに気付いて、ゆっくり階段の方へ回った。 「早く涼みな。アイスあるよ」 軽く手を振ると、彼は子どもみたいに笑った。 冷房をつけた部屋で、ちょっと高めのアイスを二人で食べる。棒アイスだからか自然と無言になる。俺は床に座り、帷はソファに座りながら、ぼうっと天井を見上げていた。 帷の前で大号泣してしまった日から、確実に何かが変わった。でも“何”が変わったのか分からずにいる。 ぶっちゃけ自意識過剰で、俺だけがそう思ってる可能性があるけど。……でも、何か。 「迎」 「ふぁ」 突然後ろから、顎に手を添えられる。気付かなかったが、アイスが口元についてたみたいだ。 「服に落ちるぞ」 「あ、ああ。ゴメン」 急いで残りのアイスを頬張り、ティッシュを取る。しかしそれすらも、帷が代わりにやってくれた。 「夜に洗濯機回すとうるさいからな」 「そうだな。このアパート壁薄いし」 家事もほとんど帷の領域。俺がやることが日々減っていってる気がする。 そう。俺が抱いてる違和感。否、危機感はこれだ。 帷って、俺に甘過ぎんか……? 同い年の、最近知り合った男の接し方じゃない。もちろん、寄りかかってる俺も相当やばいけど。 いくら帷が面倒見良いからって、これはまずい。 帷が自分の家に帰ってから、冷静に考えた。 少し真面目に、堕落した生活を整えよう。まずは早寝早起き。大学最優先、それから収支を把握して、家計を管理する。 家賃や光熱費も、引き落とされる口座がバラバラなんだよな。今度の休みにちゃんと確認して、銀行に行こう。あと不要なものを捨てて、家の中を大掃除する! それと……。 「あと何ヶ月残ってるっけ……」 いつしか積まれた本の一番下敷きになった、教本や契約書。ずっと目を背けていたことに、そろそろ向き合わないといけない。 帷が頑張ってんだから、俺も前を向かないと。 短いため息をつき、窓の方に向く。遠くに見える建物を見て、迎は目を眇めた。

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