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第11話 休憩所
「ペース速いから置いていかれそうになるけど……色々悩むぐらいなら、行動した方が楽なんだって気付いたよ」
「そうか……」
立ち止まって、胸を掻きむしるぐらい苦しんで。時間だけ経過し、何をやっていたんだとまた自分を責める。
「確かに、そうかもな」
それじゃ駄目だ。悩むだけならいくらでもできるけど、状況は何も変わらない。目標があるならそれに向かって歩き出さないといけないんだ。
そんな当たり前のことも、時々忘れてしまう。目の前のことに忙殺されて、ただ生きることを目的にしてると……。
迎は静かに息をついた。
俺も、やりたいことがあったはずなのに。
「帷はすごいな。いつも前向きで、向上心あって。そういうところ、マジで見習う」
「ははっ、実際は真逆だけど。迎は素直なのが一番の長所だな。俺も見習うよ」
「それは褒めてんのか?」
「褒めてる」
帷が真剣な顔で答えたので、思わず吹き出した。
自分は適当に生きていたから、彼を見てると自然とやる気が出てくる。
元気をもらえる。俺も、……いつまでも膝を抱えてちゃいけないって。
「次、仮免の試験だっけ? 帷なら絶対大丈夫だよ。頑張ってな」
「あぁ、ありがと。っていうか、お前は免許持ってないんだよな?」
「うん、持ってないよ」
「取るつもりないのか」
「今のところは……」
団扇を取りに行って、また戻る。帷に扇いでやろうとしたが、何故か手で制されてしまった。
「じゃあ、何で教習所の電話番号がアドレス帳に入ってたんだ?」
「え」
帷の切れ長の瞳に、鋭利な光が宿る。それに射抜かれたように、彼から目が離せなくなった。
「初めて会った日……たまたまスマホの画面が見えたんだ。教習所の電話番号を探す時、ネットからじゃなくて、アドレス帳を開いてた」
「あぁ~。バレた?」
笑って言うと、帷は拍子抜けしたように肩を落とした。
「隠してたわけじゃないのか?」
「うん。訊かれたら言おうかと思ったけど。まぁ良いかなって」
「いや、それは教えてくれていいとこだろ」
緊張していたんだろうか。力が抜けた帷は、疲れ切った顔で壁にもたれた。
「……お前も教習所に通ってたんだな?」
「うん。何かごめん」
あえて教えるほどのことじゃないと思ってた。でも帷は尋ねるタイミングを窺っていたようだ。悩ませてしまっていたんだと思うと申し訳ない。
ちなみにもっと怒られそうな気がして、団扇で顔半分を隠した。
「もう次は卒検受けるだけ。……なんだけど、三ヶ月不登校してる」
「何でだよ!」
案の定、キレのあるツッコミが返ってきた。帷はため息混じりに身を乗り出し、俺の団扇を取り上げる。
「期限もあるんだから、さっさと予定入れて卒業すればいいだろ」
「仰る通り。……わかった、受けるよ! もう免許取れなくていいと思ってたけど、帷のおかげでやる気出てきた!」
「…………」
帷の顔は何故かげんなりしていたけど、俺が卒検を受けると言うと少しホッとしていた。
それを見て、本当に優しい奴なんだな、と笑ってしまった。自分のことじゃないのに、ここまで本気で落ち込んで、安心できるなんて。
そんな彼だから、俺も……こんなにも軽々しく、また「教習所に行く」と言えたのかもしれない。
「つうかお前、全部一発で合格してるじゃないか」
部屋の奥底に眠っていた教本を取り出した時、俺のこれまでの予定表も出てきた。帷はそれを見て、また複雑そうな表情を浮かべる。
「へへ。俺、意外と本番に強いんだよね」
「それは何より。じゃあ来週にでも卒検受けろよ」
「無理! 三ヶ月の間に綺麗さっぱり忘れた!」
教本をテーブルに並べて、また帷の隣に移動した。頭ひとつ高い彼を見上げ、グッドサインを出す。
「だから、次は俺も一緒に行くよ。帷は普通に実技と学科教習受けて、俺は自習室に行く! 運転はできないけど、過去問をやりまくる!」
「運転した方が良くないか?」
「大丈夫、仮免試験も運転したの一ヶ月ぶりだったけど一発合格だったんだ。それで確信した。大切なのは技術じゃない、ビビらないマインドなんだと」
「ビビらない運転初心者の隣に乗る教官ってマジで命懸けだな」
帷は肌寒そうに自身の腕をさすった。窓を閉め、俺の額を指でつつく。
「教習所不登校とか、奇遇過ぎるだろ」
「うんうん。受付のお姉さんに顔向けできない」
「そこか……ま、お前が行ったら喜ぶと思うぞ」
ぽんと頭を叩かれる。振り向くと、帷は嬉しそうに微笑んだ。
「……教習所でもお前と会えるのか。尚さら楽しみになってきた」
「帷……」
その笑顔を見た途端、胸が熱くなった。
俺も、遅ればせながら嬉しくてにやけそうになった。もう家で待つだけじゃない。教習所で帷と話せる。
それはやばいな。
免許は諦めようと思ってたけど……彼に会えるというだけで、俄然やる気が出てきた。
至極単純。動機は不純。
神様が見てたら、絶対バチが当たる。
「俺も……楽しみ」
でも、感謝してるんだ。
もう一度だけ挑戦してみようと思えた。そう思わせてくれる人に、出会えたことを。
「宜しくな、迎」
「……こちらこそ!」
顔が火照って仕方ない。
帷と笑い合って、ちょっとだけ一緒に勉強して。
その夜は、熱を飛ばす為に必死に団扇を扇いだ。
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