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第13話

一時間ほどパソコンで勉強し、迎は勢いよく立ち上がった。 結局、あまり集中できなかった。自分よりずっと大事な人の、大事な試験だから。 結果を訊くのがちょっとだけ怖い。不安と期待が綯い交ぜになって、心と足を突き動かした。 一階へ降りると、ちょうど教習を終えて外から生徒達が入ってくるところだった。 邪魔にならないよう端に移動し、目的の人影を捜す。つま先立ちでひとりひとり確認していると、無事彼を見つけることができた。 「帷。おつかれ!」 「迎」 帷と、こちらを見ると少しホッとした顔でやってきた。 「俺から会いに行くって言ったのに」 「あはは、何か俺まで緊張して、あんま集中できなくてさ。……どうだった?」 人はいなくなったものの、声を潜めて問いかける。 心臓を掴まれてるような嫌な感覚にずっと支配されていた。 頼む。受かっててくれ。 心の中で必死に祈る。帷はこちらを見ようとせず、暗い面持ちになった。 気まずい沈黙と、重いため息。……まさか。 「駄目だった」 「うそ……」 帷に限って、そんな馬鹿な。そう思ったけど、静かに俯く帷に掛ける言葉が見つからない。 ……いやいや、何回でも受けられるんだ。また次頑張ればいい。 「だ、大丈夫だよ! お前のことだから、絶対惜しいミスしただけだろ。今日は俺が飯作るから元気出せって」 「マジで? ありがと。じゃあ、そうだな……しょうが焼きが食べたい」 「OK、任せろ」 「あとデザートは白玉あんみつ」 「レシピ調べながら作る。そんだけでいいのか?」 「うーん……あ」 顎に手を添え、真剣に考えていた帷は手を打った。 「花火したいな。線香花火。もう何年もやってないから」 「突飛だなー! ……でも、そういや俺も。面白そうだし、線香花火買いに行くか」 「やった。頑張った甲斐あったわ」 買い物に行くことが決まると、帷は楽しそうにポケットに手を入れた。 彼の元気が出たことは良かったけど。……絶対何かおかしい。 「おい、ちょっと効果測定の用紙見せろ」 「え? あっ」 帷がわきに抱えていた解答用紙を素早く奪い、確認する。 しかし内容に目を通すまでもなかった。用紙の下には、仮免許合格に関する用紙があったから。 「おいっ!! 受かってんじゃねえか!」 「そりゃあな。ちゃんと予習したし」 帷は悪びれもせず、掛けていた眼鏡を外した。堂々と騙すなんて、いくらなんでも酷い。 どうりで落ち着いていたはずだ。めちゃくちゃ要望言ってくるし、内心は俺を躍らせて笑っていたんだろう。そう思うと何か腹立つ。 「騙して悪いな。最初は普通に合格したって言うつもりだったんだけど、俺より緊張してるお前見たら、ちょっと弄りたくなって」 「絶対許さん」 「ごめんごめん。だって可愛いから」 可愛いって……。 言い訳になってないし、不意の笑顔に顔が熱くなる。悔しいことに、怒りより羞恥心が勝ってしまった。 完全にフリーズした俺の頭を、帷はぽんぽんと叩く。 「頑張ったのは本当だよ。合格したお祝いにしょうが焼き作ってほしいなぁ」 「……」 全く。 まぁ俺も……教習所に通ってたことは言おうとしなかったし。今回はおあいこだな。 「分かった分かった。飯は作るよ。花火もやる」 「サンキュー。やっぱり迎は優しいな」 「もう……」 絶対、してやったりと思ってる。 でもあどけない顔で笑われると、それまでの感情は置いてけぼりになる。胸の中にあるのは、甘酸っぱい気持ちだけ。 「おめでとう、帷」 「ありがと」 そして、自分が合格したのと同じぐらいの喜びを抱いてる。 仮免でこれじゃ、卒検や本免のときはどうなるんだろう。心臓がもたないかもしれない。 ま、何も今心配しなくてもいいか。 「じゃ、買い物行きますか」 「ああ」 帷とスーパーに行って、食材を調達した。その他必要なものを買い足して、自宅に戻る。 家が目の前だから仕方ないんだけど、教習所に帰ってきてるみたいで変な気分だ。 でも俺以上に帷の方が不思議に感じてそうだな。 ちょっと可笑しくて笑ってると、帷が隣にやってきた。 「何か手伝おうか?」 「大丈夫! 一から百までやらせてくれ。でないと一人で作ったって言えないし」 袋から食材を取り出し、手を洗う。帷は急に不安になったのか、台所にやってきた。 「やる気満々なのは有り難いけど、包丁の持ち方は大丈夫?」 「それぐらいは大丈夫だよ」 「油はフライパンを熱してから入れるんだぞ」 「分かってる! テレビでも観て待ってなさい」 料理はしないけど、彼が心配してる最低限の知識は持ってるつもりだ。 落ち着かない帷を居間へ追いやり、早速しょうが焼きの調理に取り掛かる。 結果として、中々美味しそうにできたと思う。スマホという文明の利器のおかげだけど、誰でもできる! しょうが焼きの作り方で検索して、レシピ通り忠実に作ったからだ。 そもそもシンプルな料理だし、普段からやってればレシピ調べるほどでもないんだろうけど、俺の中では超大作である。キャベツの千切りを添え、味噌汁をつければ、立派な定食に見えた。

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