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第15話
いつもなら食器洗いをして、雑談して、居間でだらだら休むところ。だけど、俺達は近くの自然公園まで来ていた。
目的はひとつ。これも帷の希望で、手持ち花火をする為だ。
「やー、分かってたけど蒸し暑いな」
「ほんと。せっかく冷たいもん食べたけど、元に戻ったな」
帷は苦笑しながら、持っていたバケツを地面に置いた。
「付き合わせてごめんな」
「ううん! 俺もやりたかったし」
小学生以来、と言って線香花火の用意をした。水をしっかり入れ、チャッカマンで点火する。手持ち花火を禁止する公園が多い中、近所に花火を許可してる公園があったのはラッキーだった。
真っ暗な世界で、パチパチと可愛い音が鳴る。それと同時に弾ける、オレンジ色の光。
数年ぶりに見る閃光に、心が躍った。
「うわあ~! テンション上がる! やばいな、帷」
中学生どころか、本当に小学生に戻った気分だ。こんなに小さな光で、こんなに幸せな気持ちになれるなんて。
隣を見ると、帷も頬を紅潮させていた。
「あぁ! 楽し過ぎてやばい」
「……!」
子どものように無邪気に笑う彼を見て、心臓がドクンと
跳ねた。
さっきまで花火から目が離せなかったのに。今は、花火より眩い彼に目を奪われている。
何だこれ……。
息が苦しい。
喉になにかつっかえたみたいで、胸の辺りを軽く叩く。
そうこうしてるうちに花火はみるみる勢いをなくし、地面に光の粉を落とした。
「あぁ、さすがに終わるの早いな。……迎?」
帷は新しい花火を袋から取り出そうとしたが、すぐにその手を止め、こちらに向いた。
「どうした? 具合悪い?」
「いや……そういうわけじゃないんだけど」
自分でもよく分からない。ただ、落ち着かない。胸がざわざわして、全身が火照っている。
何だろう……。
前髪をかき上げ、火が消えた花火をバケツに入れる。
帷に頬を撫でられた時、不調の理由が垣間見えた気がした。
「帷の笑ってるところを見てると、何かこう……胸がぎゅーってすんだ。呼吸困難になる」
「どゆこと?」
「俺も分からん。ただ何か……うわーってなるんだ。テンション上がりすぎちゃってんのかな……」
自身の膝を抱え、額を押さえる。
頭も働いてないのか、全然言語化できない。この違和感の正体が分からない。友達と遊んでいてこんな感情になるのは初めてだ。
でも嫌なわけじゃない。むしろ、
「もっと見たい。帷の笑顔」
きらきらして、陽だまりのように温かい。
どこか懐かしくて、両手を広げてあおぎたくなる。
初めて会った日からずっと、彼はそういう存在だ。
「帷が笑ってると、自分のことみたいに嬉しいんだ。……いや、自分以上かも」
「迎……」
そうだ。そして、彼が悲しそうな顔をしてるとこちらも辛くなる。
心はいつも帷と連動している。それが分かってようやく、彼がどれほど大切なのか理解した。
「なぁ、夏らしいことたくさんしよう。怖い映画観たり、お祭りに行ったり。色んなことして遊ぼうよ」
お前には笑っててほしいんだ。
そう告げると、帷はまた心配になるほど顔を赤くした。
困ってるのか、顔を手で覆いながらため息をついている。迷惑だったかな、と少し不安になり、身を縮める。
「……帷。嫌?」
「んなわけないだろ。……何でそんな、俺の願望を叶えようとしてくんのか……本気で分からなくて、混乱してただけ」
帷は真剣な表情で、凄まじい圧をかけてきた。あまり喜んでるようには見えないけど、どうやら俺の提案には賛成らしい。
たくさん遊ぶし、たくさん話そう。そう言って、彼は俺の頭を撫でた。
「……俺もだよ」
「え?」
「俺も、迎が笑うとすごく嬉しい。普通に可愛いし、癒されるし。でもそれ以上に、幸せな気持ちになるんだ。辛いことや悲しいことなんか全部吹っ飛んで、元気になれる」
二本目に点火し、帷は俺の手に花火を持たせた。
「母親がいなくなってから……先が見えない、真っ暗な場所にいたんだ。それを照らしてくれたのがお前」
帷は目を細め、懐かしそうに話した。
「こんな天使みたいな奴がほんとにいるんだって驚いたよ」
「天使ぃ? おい、酒飲んでないだろうな」
「飲んでるわけないだろ」
彼は不服そうに口を尖らせる。しかし、だとしたらもっと問題だ。
可愛いとか天使とか……聞き馴染みのない言葉ばかりで、さっきから全然処理できない。恥ずかしくて爆発しそうだ。
でも、俺もおかしい。彼の言葉を本気で嫌とは思ってなくて……むしろ、高揚感で溺れそうになっている。
どうしよう。俺変態かもしれない。
まさかこんなことを本気で悩む日が来ようとは。
真剣に悩んでいると、帷も気まずそうに咳払いした。
「まぁ、かなり痛いこと言ったのは謝る。忘れてくれ」
「いや、全然謝ることではないけど……」
花火に視線をそらしながら、小声でぽつりぽつり本音をこぼす。
「俺も、お前の光になれてたなら……すっごい嬉しいことだし」
いつだって誰かに助けられていた自分が、大好きな帷を支えられている。
もしそうなら、嬉し過ぎて自惚れてしまう。
今はただの学生だけど、もう少し経ったら色々な方面から手助けしたい。
帷は、ただの友達じゃないんだ。大袈裟な話になるけど、……生きる意味そのものを与えてくれた存在だから。
笑いかけると、帷はまた優しく俺の頭を撫でた。
「光どころか、世界だよ」
「壮大だなぁ」
ちなみに、俺も。
でも言えない。それを言ったら、今の関係性が崩れてしまう気がした。
もっと近付きたいけど、それには大きなリスクが伴う。
この心地良い関係を失うぐらいなら、無理して動かなくてもいい。
夏空の下にいるから忘れがちだけど、俺達の足元に広がってるのは薄氷なんだ。一歩間違えれば、もう以前のようには戻れない。
そう思うと怖くてたまらない。
帷まで失ったら……俺は多分、本当に耐えられない。
最後の一本が燃えて、花火は儚く散った。あっという間だった。
「これで終わりか。もう一袋買っとけば良かったな」
「あはは。でも満喫できたよ。ありがとう」
童心に戻ったみたいで楽しかった。
同時に、ずっと押し殺していた感情に気付くことができた。
俺は帷が好きなんだ。
友達としてじゃない。それよりもっと深くて大きな、……恋愛感情で。
でも、絶対に隠さないといけない。気付かれたら、この日常が終わってしまう。
水の張ったバケツとビニール袋を持ち、アパートに向かって歩き出した。人は少ないが、虫の鳴き声が聞こえる為寂しくはなかった。
また、花火もしたいな。
夜空を見上げて考えていると、軽く肘でつつかれた。
「迎」
「ん?」
「嫌じゃなかったら……また、来年も花火しよう」
ハッとして隣を見る。
いつものように澄まし顔をしてるんだと思ったが、違った。
帷は耳まで真っ赤になって、俯いていた。
「……」
そういえば声も若干震えていた。もしかしたらもしかすると、照れてるのかもしれない。
─────俺がこんなにも喜んでるとは知らずに。
「あぁ。約束する。絶対来年もやろう」
「……サンキュー」
帷は知らない。
俺にどれほど好かれているか。
でも知らない方が幸せだと思うから、口を噤んで夏の星座を数えた。
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