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第16話

夏休みだから、どこへ行くにも家族連れが多い。 久しぶりに近くのショッピングモールへ足を運ぶと、平日だというのにとても賑わっていた。 ( のどかだなー…… ) 活気があるのに和む。迎は銀行で用事を済ませた帰り、モール内の雑貨屋を回った。 「ねー、このコップ欲しい!」 「はは。そうだな、そろそろ新しいのに変えようか」 小さな男の子と、隣で寄り添う父親。微笑ましい光景に癒やされつつ、胸の奥に小さな火が灯った。 あぁ。そうだ、そろそろお盆も来る。 忘れないようスマホのカレンダーに予定を書込み、リマインダーを設定した。タイトルはシンプルに、「お墓参り」として。 「……よし!」 ちゃっちゃと必要なものを買って、早く帰ろう。 「これ良いな……」 実は食器も、今の部屋を借りる前にほとんど捨ててしまった。ひとりで暮らすのにあまり荷物を持ちたくないと思ったのだが、そのせいで来客用の食器もない。 今帷に使ってもらってる食器はどれも統一性がなくて、やや年季も入ってる。せっかくだから新調して、帷専用の食器を買うことにした。 彼はどんな色が好みなんだろう。そういえば、あまりそういう話はしたことがない。 お母さんが亡くなって、今はお兄さんと二人暮らし。 小さい頃に両親が離婚した為、父のことは全く分からないと聞いた。 今通ってる大学はかなりの難関校だから、中学高校も真面目に勉強し、充実した学生生活を送っていたんだろう。 しかしあれほどのイケメンで彼女がいたことない、というのは不可解だ。勉強に熱中し過ぎて告白されてることにも気付かなかったとか? 空気を読むタイプだからそれはないか……。 帷は落ち着いてるけど、冗談も言うし返しが上手い。時々教習所で知り合いの学生と会うと、大抵向こうの方から笑顔で話し掛けられていた。 人望もあるし、社交的。そんな彼が、大学の次に一番長く滞在してる場所は……俺の家。 ( お互い、まだまだ知らないことが山ほどあるけど ) ため息を飲み込み、綺麗に飾られた食器に視線を戻す。 とりあえず奇抜な色を避ければ大丈夫かな。今日は平皿だけにして、今度都合の良い時に一緒に買い物に行けたら良いな。 帷の食器を置く為のスペースもちゃんと作って。……そんなことを真剣に考えていたら、帷がずっとウチに住むような気がしてきた。 そんなわけないのだが、そうなったら毎日楽しくて仕方ない。 考えれば考えるほど顔がにやけそうになり、必死に感情を抑え込んだ。 落ち着け、俺。帷が家に来るのは“今だけ”だ。 全ては自動車学校を卒業する為。そのついでで、目の前にある俺の家にやってくる。 友達になれただけでも嬉しい。けど、あくまでただの友達。 そう。 でも、この間の夜にはっきり分かった。俺は帷と、“友達以上”になりたいのだと。 同性に対してこんな感情を抱いたのは初めてだし、未だに困惑している。自分の立ち位置が急に傾いて、今までの常識がひっくり返ったみたいだ。 仮に男と付き合ったとして、何をするんだ? 一緒に遊んで、ご飯食べて。でもそれじゃ、友達と何も変わらない。 今過ごしてる時間に劇的な変化があるとは思えない。 俺は帷とどうなりたいんだろう。 「って……」 やばいな。完全に帷と付き合う方向で色々考えてる。 自分のことも分かってないのに誰かを巻き込むなんて絶対いけない。恋人同士になるっていうのは、つまり二人で生きていくことだ。責任感を持たないといけない。 自分が幸せになることも大事だけど……自分が相手を幸せにするんだ、という気持ちがないと。 まさかこんなことで悩むなんて……。 帷もノーマルだろうし、この気持ちは隠していかないと。 レジで会計を済ませ、お店を出る。もう大体の用は済んだのに、ふらふらと未練がましくお店をはしごしていった。 幸せそうな家族を見たいのかもしれない。いつかこんな家庭を築きたいと、心のどこかで願ってるんだ。 そして今も、ずっと昔に見た景色を求めている。 「お」 そのとき、偶然店先の什器に置かれたグラスが目に入った。コロンとしていて形が可愛いのだが、それ以上に中央を一周する向日葵の装飾が素敵だった。 食器に一目惚れしたのは初めてだ。気づけばレジへ持っていき、丁寧に梱包された紙袋をぶら下げていた。 二個買っちゃった。我ながら行動の速さに震える。 でも、普段使いのグラス欲しかったし。帷に使ってもらってるグラスはかなり大きいから、ちょっと飲みたい時に丁度いいサイズだと思う。 帷、気に入ってくれるといいな。 どきどきしながら家路を急ぐ。こんな風に足が軽いのはいつぶりだろう。 帷と会ってからずっとこうだ。外はうんざりするほど暑いのに、俺の心にはずっと清涼な風が吹いている。

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