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第17話
今日は金曜日。
土曜に教習を入れてる帷は、今夜ウチに泊まりに来る。
台所とテーブルを片付け、おかえりを言う準備を万端にしていた。
冷蔵庫の中は食材で充実してるし、今日はいの一番に見せたいグラスもある。
早く来ないかな。
わくわくしながら時計を見てると、インターホンが鳴った。
この時間は間違いない。すぐに玄関へ向かい、ドアを開けた。
「帷、おかえり! ……って」
「こんばんは。……夜分にすみません」
ドアの先にいたのは、見知らぬ若い青年だった。一体どちら様だろうと思ってると、彼の後ろにいた人影がひょこっと横にずれた。
「悪い、迎」
「あれ、帷?」
意外なことに、青年と一緒にいたのは帷だった。何故か少し気まずそうに見えるが、帷の知り合いなのだと分かってホッとした。
「こんばんは~。帷、こちらの方は?」
「あぁ……兄貴」
「へぇ、兄……貴!?」
驚いて、思わずその場で叫んでしまった。夜なので慌てて口を手で塞ぎ、青年に会釈する。
「はじめまして。帷陽介です。弟がいつもお世話になってます」
「む、迎風月です。あ……どっちかっていうと、俺が弟さんにお世話になってます……」
とても礼儀正しい帷兄に、こちらも背筋がぴんとなる。
何故急遽やって来たのか分からないが、丁重におもてなししないといけない気がした。
「と、とりあえず中にどうぞ! 狭いし、散らかってて申し訳ないんですけど」
「あぁ、大丈夫ですよ。幸耶と仲良くしてくれてるみたいだから、御礼を言いたかっただけなんです」
陽介はそう言うと、持っていた紙袋を差し出した。
「つまらないものですが……これからも、幸耶と仲良くしてやってください」
「あ、ありがとうございます。もちろん……」
「兄貴、もういいだろ。迎が引いてる」
物腰が柔らかく、にこにこしてる陽介さんとは反対に……帷はハラハラして、ずっと頭が痛そうにしていた。
陽介さんのことを帰らせようとしてるのは察したけど、手土産までもらって帰すわけにはいかない。ドアを止めて、中を指し示した。
「あの。ほんと何もなくて申し訳ないんですけど、上がっていってください」
「いや、突然来たのは私の方ですから……」
「遠慮なさらず。帷……じゃないや、幸耶君のお兄さんに会えて俺も嬉しいので!」
笑いかけると、陽介さんはわずかに目を見開いた。けどすぐに微笑み、安堵したように頷く。
「ありがとうございます」
帷は落ち着かない様子だったけど、何とか陽介さんを招き入れることに成功した。私服だけど鞄や靴はフォーマルで、仕事帰りに見える。疲れてるだろうと思い、少し甘めの紅茶を淹れた。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとうございます」
「全然。というか、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。俺はただの学生だし」
トレイをテーブルに置き、よっ、と腰をおろす。そこかしこに落ちている本を手早く積み重ね、隅に移動した。
ソファは物を置かないようにしていて良かった。
陽介さんも床に座ろうとしたが、全力で止めてソファに座ってもらった。
「汚くてほんとにすみません」
「あはは、全然問題ないよ。一人暮らしなんでしょ? こんな風に丁寧にお茶も淹れてくれて、むしろすごくしっかりしてる。迎君は偉いよ」
「……!」
お世辞だと思うが、一人になってからそんな風に褒めてもらったのは初めてだ。地味に感動して、深々とお辞儀してしまった。
「ありがとうございます。陽介さんてすごい優しい……」
優しいだけじゃなくて、陽介さんもすごいイケメンだ。こんな兄弟が俺の家にいることが非現実的に思える。
ちなみに帷は、台所でご飯を作り始めていた。
「陽介さん、ここで寛いでてください。俺、ちょっと夕食作り手伝ってきます」
「あ、ちょっと待って……幸耶、いつもあんな風に君の家で料理してるの?」
陽介さんは台所に視線を移し、声を潜めた。少し困ったような顔で、今度は俺の方を見る。
「大丈夫? 迷惑じゃない?」
「とんでもない! 迷惑かけてるのは俺の方です! 俺が、手料理を食べたいって……我儘言ってるんです」
それを言うのは勇気が必要だった。けど誤解されて、帷が責められでもしたら大変だ。陽介さんに相対し、震えそうになりながら声を振り絞る。
「俺全然料理できなくて、カップ麺ばかり食べてたんです。そしたら幸耶君がご飯作ってくれるようになって……めちゃくちゃ美味いし、栄養とか考えてくれてるし、本当に感謝してるんです」
正直に告げる。すると陽介さんは、「そうなんだ」と胸を撫で下ろした。
「良かった。幸耶が暴走して、迷惑かけてるのかと思って」
「まさか! 幸耶君はいつも冷静で、すごく助けられてますよ」
「冷静か……確かに、テンション低いからそう見えるのかもね」
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