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第26話

その手は空を切り、最終的に幸耶の背中に着地した。 「大丈夫」 ぽんぽんと、子どもをあやすように背中を叩く。 幸耶が求めてるものとは違うかもしれないけど、今俺ができるのはこれが限界だった。 独りじゃないと伝えること。彼が望む限り、これからもずっと一緒にいること。……何度も繰り返し、耳元で囁いた。 「幸耶。俺は、お前の味方だ」 頭の中では警鐘が鳴っている。 やめた方がいい。部屋の熱気が上がって朦朧としてるから、変なことばかり口走ってしまう。 なんて、それも変な話だ。 俺は色んな要因を環境のせいにしようとしてる。 本当は、ずっと前から言いたかったことなのに。 「俺も……気が付けばいつも、お前のこと考えてるから」 絶対に隠さないといけないこと。 これからも笑い合う為に引いていないといけなかった一線。それを踏み抜いてしまった。 「風月、それって……」 「あ! 違う違う、お前のことが心配って意味!」 思わず絶壁に足をかけそうになったが、ぎりぎりで我に返った。 手を振り、全力で否定する。 「幸耶ってしっかりしてるけど、どっか危なっかしいんだよ。悩みがあっても誰にも相談しないで、ひとりで抱え込みそうだし。……だから、一番近くで支えたいんだ。よ、余計なお世話だったらやめるけど」 何とか、あくまで友人として心配なのだと告げることができた。 こんな近い距離感で話してることもおかしいけど……それはもう、互いに疲れてるってことにしよう。 実際幸耶は目の下にクマができてて、あまり眠れてないようだった。 「と、とにかくだな。お前が困ってたら俺は絶対助ける。ずっとここにいるし、どこにも行かないから。……遠慮しないで、頼ってよ」 「……っ」 逡巡したものの、彼の目を見てはっきりと言った。幸耶の目元はわずかに光って見えて、やっぱり泣いてるのかな、と思った。 でもそれを指摘したりはしない。それも、あの夜と一緒だ。 辛かったら泣いていい。泣きたくないなら、堪えればいい。俺はどっちの選択も受け止める。 幸耶が本当に望んでることを汲み取ってやりたい。 「ありがと、風月」 「どういたしまして。……って、何もしてないけど」 笑って返すと、幸耶はかぶりを振って体を起こした。 「お前といるだけで元気出るんだ。ありがとな」 「おぉ。……そりゃお互い様かな」 ようやくいつもの距離に戻り、互いに可笑しくて笑った。 あんな風に押し倒されて、まだ何も気付いてない風を装う俺も卑怯だ。 けど、これは幸耶の為でもある。 幸耶もきっと、混乱の真っ只中にいる。自分の気持ちに対処できずにいる。 俺は彼と友達でいられるように、これからも上手くやらなきゃ。 「……そろそろ寝るか。布団出すよ」 「あぁ、大丈夫。俺がやるよ」 幸耶は、普通に女の子が好きなんだと思う。 だから俺にかまわず、大学生活を楽しんでほしい。 彼の為だ。“普通”の人生を送る為……。 明かりを消して、ベッドに寝転ぶ。幸耶はいつも通り、床に布団を敷いて横になった。 以前なら、ふざけてベッドに来るよう言っていたけど……今それを彼に言うのは酷だし、意地悪にもなりそう。 つら……。 好きで好きで仕方ないのに、何でこんなに苦しいんだろう。彼の為を思えば思うほど、首を絞められていくみたいだ。 背中を叩くだけじゃなくて、本当は力いっぱい抱き締めてやりたかった。 俺もお前のことを考えるだけで頭の中が真っ白になって。……でも胸の中がいっぱいになるんだ、って。 壁の方を向き、枕に顔をうずめる。 苦しくなることを分かってるのに顔を押しつけてしまう。自虐的な自分に心底うんざりする。 やっぱり、俺なんかを好きになっちゃいけない。 「風月」 奥歯を噛み締めていると、消え入りそうな声で名前を呼ばれた。 鼻をすすり、慌てて返事する。 「な、何?」 「本当にごめんな」 「何で謝んだよ?」 「いや……怖がらせただろうから」 幸耶は息と一緒に、沈んだ声を吐き出した。 「もう、ああいうことは絶対しないよ。……おやすみ」 ……! 幸耶なりに悩み、俺を安心させる為に絞り出した言葉なんだろう。 それが分かったから何も言えなかった。けど、このことで俺の心はさらに荒れ狂うことになった。 夏の嵐だ。 幸耶は次の日から、俺の家に来なくなった。

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