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第28話
『風月。天気が良いから、今日はドライブに行こうか』
ずっと昔の、色褪せた記憶。
土曜日の朝になると、いつも肩を揺さぶられ、寝てるところを起こされた。
正直まだ寝ていたかった俺は、いつも嫌々起き上がっていた。
なんせ晴れだろうと雨だろうと、結局は車で連れ出されたから。
雨の日はぬれなくていいだろう? と笑顔で言われて。要はドライブしたいだけなんだな、と呆れていた。
俺より子どもらしく、遊び心があったひと。彼の隣に座り、流れゆく景色を眺めていた。
ある日は海。ある日は霧がかった山の中。
夜景を見るのも好きだった。夜に出掛けること自体が非日常感があって、特別な気がしたから。
窓に手をつけ、食い入るように見てると頭を撫でられた。
『綺麗だな。風月も、大人になったらドライブしな。楽しい時も、悲しい時も……走ってるうちに、行きたい場所が絶対見つかるから』
行きたい場所。
そこに行けば、なにか変わるんだろうか。
悩みなんてなかった俺は、その時は何も分からなかった。
でも今なら分かる。答えを知りたくて仕方ないとき、人はじっとなんてしてられないのだ。一目散に走り出して、叫びたくなるときが必ず来る。
走りたい……。
迎は顔を上げ、窓の外を眺めた。
幸耶も今頃頑張ってるはず。公道で走るようになり、これまで以上に気をつけることが増えて。
心に負った傷を、自分の力で塞ごうとしているんだ。
俺は彼を自分に重ねて、それで頑張れる気がしていた。
でもそれじゃ駄目なんだ。……頑張ることが目的なわけでもない。俺はただ、────あいつと。
校内でチャイムが鳴り響く。最終の教習を知らせる音だ。
頭が空っぽなわりに足は自然と動いて、出入り口の方へ向かった。
雨が降っていたから少し肌寒くて、薄いシャツを羽織る。壁に寄りかかり、一斉に散らばっていく生徒達を眺めた。
やっと終わったー、と明るい顔で帰る者達を横目に、疲れた顔で歩く青年の前で足を止める。
「幸耶。おつかれ」
「か、風月? 何で」
声を掛けると、案の定彼は露骨に驚いていた。
一番に怒鳴り倒してもいいと思ったんだけど……狼狽えてる彼を見たら、いやに冷静になった。鞄から教本を取り出し、彼に差し出す。
「忘れ物」
「あ……」
幸耶も分かっていたらしく、徐に教本を受け取った。それから静かに「ありがとう」と呟く。しかし俯いて目を合わせようとしない為、逆に笑ってしまった。
「ふはっ。そんなに俺と会いたくなかった?」
「えっ?」
「めちゃくちゃ気まずそうだから。俺が何かしちゃったなら謝るよ」
今日は、逃げる気も逃がす気もない。
彼の正面を向いて告げると、張り裂けそうな声が返ってきた。
「違う。お前は何も悪くない……!」
誰もいない広い空間だから、声がよく通る。
怖いぐらい静かな場所で、俺達は見つめ合った。
「会いたかったよ。でも、もう会わない方が良いと思ったんだ。俺の存在は、お前にとって悪影響な気がしてならないから」
「何だよ、それ。どこらへんが?」
「……~~っ。……押し倒しただろ」
「あぁ……」
分かってる。それしかないし、それ以上のことは起きてない。
けど狼狽する幸耶と裏腹に、俺は怖いぐらい冷静だった。
ここで幸耶を止められないなら、俺もそこまでの人間ということ。彼を受け止められる器じゃないということだ。
でも、諦める気持ちなんて微塵もない。
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