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第29話

「亀ってさ。他の亀の上に乗って、のんびり寛いだりするじゃん。アレと一緒じゃね?」 「……分からん」 適当な例を上げてみたのだが、幸耶は眉間を押さえてさっきより気まずそうに俯いた。 俺もこの手のフォローをしたことがないから、実際かなり苦し紛れになってる。 それでも、すれ違う心を掴む為に手を伸ばした。 「安心感を覚える為に、ハグとか効果的だろ! お前は俺にもたれて、ホッとしたかっただけだよっ」 こじつけ感半端ないが、そういうことにさせてもらう。 もうこの際、理由なんかどうでもいい。単純に、俺が幸耶と一緒にいたいんだ。 離れる理由なんて与えない。彼の手を掴み、そのまま彼の胸に押し当てる。 「誰かが傍にいると、あったかい。……だからひっついてたくなる。皆そうじゃん?」 怯えたようにこちらを見つめる幸耶を抱き寄せる。 誰かに見られたら相当まずい。……頭では分かってるけど、止まれなかった。 幸耶も抵抗することを忘れ、踵を引き摺って俺にもたれる。 「大丈夫。絶対受け止めるから、安心して倒れてこいよ」 彼の額を指先でつつき、笑いかける。 俺が幸耶を不安にさせてしまってることは分かってる。だからこそ、俺は大丈夫、ということを全力で主張した。 何だって乗り越えられる。現に、俺達はこうして教習所に来てるんだから。 「風月……ごめん。……ごめんな」 幸耶は上擦った声で、そう繰り返した。目が潤んでいたから、見ないように彼の顔を肩に乗せた。 「へーきへーき。良いからもっと体重かけてこい」 「……ほんとに体重かけてら、多分潰しちまう」 「その時はその時!」 彼の背に手を回し、また叩いた。そろそろ誰か来そうだったから、そっと離れて、幸耶の目元を指でなぞる。 少しだけぬれて、光っていた。でも彼はすぐに袖でぬぐい、いつものポーカーフェイスに戻った。 やはり、あまり弱ってる姿を見られたくないのだろう。 俺の前では特にしっかりしていたいみたいだ。しょうがない奴だと思う反面、可愛くて仕方なかった。 「あー、それはそうと腹減った」 腹を押さえ、ため息をつく。まだ少し戸惑っている幸耶の方を振り返り、手を差し伸べた。 「帰ろ? 幸耶」 そろそろ冷蔵庫の中がすっからかんになる、と言うと、彼は吹き出した。 「……食いたいもん言えよ。何でも作るから」 「あんがと」 久しぶりに見た、温かい笑顔。 あれほど暗かった世界に光が差し込み、きらきらと輝く。春が戻ってくるのは本当に一瞬だ。

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