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第30話
「風月。ハンバーグ、洋風と和風どっちがいい?」
ちなみにおろしポン酢かデミグラスソースな、という声が台所から聞こえた。
洗濯物を畳みながら、再び訪れた幸せに深く息をつく。
「デミグラスで頼む!」
「了解」
幸耶が家に来るようになり、また一週間が過ぎた。
大学は夏休みに入り、幸耶は教習所に行く日が増えた。もう高速教習も終えたので、あと数回実技教習を受ければ卒検だ。
早いなぁ。俺が通ってた時、こんなにあっという間だったっけ。
三カ月不登校してたからボケてるのかもしれないけど、幸耶の進み具合の速さにビビってしまう。
俺も幸耶も無事に卒業できたら万々歳。だけど……心のどこかで、その時が来るのを恐れている。
「いただきまーす」
「召し上がれ」
幸耶が作った美味いご飯を食べて、二人で勉強して、ゲームして。彼と出会ってから、ある意味毎日が夏休み。
今まで手をつけなかった家計のことや、将来のことを考え始めていた。
「幸耶はさ……マジで将来就きたい仕事ないの?」
「今のところはな。でも、できれば手堅い方にいきたいな。若い時に金貯めて、老後はのんびりしたい」
「もう老後のこと考えてんのか。早いなー」
確かに、二十歳を過ぎたら後は老いてくだけと言う。ても二十代はまだピチピチ世代だと思うし、仕事も大事だけどいっぱい遊ぶべきな気もする。
難しい……とりあえず一年生だからとうかうかしないで、自分が進みたい業界ぐらいは考えとくか。
幸耶が作ってくれたハンバーグは、やっぱり店で食べるのと同じぐらい美味かった。
「風月はどう? なりたいものある?」
「なりたいもの……働かないでいい金持ち」
「アホ。職種を訊いてるんだよ」
食後、テーブルに問題集を広げていたが、集中力が切れてしまった。最近人気のお笑い動画を見ながら、左手を握ったり開いたりする。
「職種……うーん……まぁ計算は嫌いじゃないし、技術系も良いかも。それこそ車関係とか」
今までは絶対ないと思ってたけど、考えが変わってきている。そのことに自分自身も驚いた。
幸耶は目を丸くし、コーヒーを淹れる。
「……そうか。もしかして作る方?」
「まだ全然考えてないよ。……でも、よく考えたら免許持ってなくても作る側に回れるのか」
それもいいな、と言って手を開いた。
「うん。……ところでさっきから何してんだ?」
「しばらく乗ってないからクラッチ忘れないようにしてんの。あ~あ、運転は好きだけど試験が憂鬱」
「あぁ、お前マニュアル選んだのか。そりゃ大変だ」
「え、幸耶ってオートマなの?」
「当たり前だろ。乗りたい車がマニュアルなら仕方ないけど、そうじゃなきゃ売ってんのもオートマばっかなんだし。年取った時なんか絶対オートマしか乗りたくないと感じるぞ」
うは。びっくりするぐらいの模範解答が返ってきた。
「レンタカーでも何でも、もう全然マニュアル車に出会わないよ」
「幸耶、マニュアルにロマン感じないのかよ。あのめんどくささが良いんだろ」
エンストした時は恥ずかしいけど。隣に彼女を乗せてたら、ドン引きされること間違いなしだ。
「風月は案外形から入るっていうか……体裁を気にするよな」
「う、うるさいな! いいだろ別に!」
幸耶が子どもを見るような目で見てきたから、必死に言い返した。
くそ、恥ずかしい。こっちが意地張ってるみたいになって、顔が熱かった。
「ははっ。ま、頑張れよ。さっさと免許とって、大学の方に集中しないと」
「……あぁ」
そう。
だけど、どうしても暗くなってしまう。
せっかく幸耶と一緒にいられるようになったのに。……終わりが来てしまうことを考えたら。
「……」
幸耶は静かにコーヒーを飲んでいたが、急になにか思い出したように指を鳴らした。
「風月、明日の夜って暇?」
「うん? ええと……あ、暇」
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