30 / 52

第30話

「風月。ハンバーグ、洋風と和風どっちがいい?」 ちなみにおろしポン酢かデミグラスソースな、という声が台所から聞こえた。 洗濯物を畳みながら、再び訪れた幸せに深く息をつく。 「デミグラスで頼む!」 「了解」 幸耶が家に来るようになり、また一週間が過ぎた。 大学は夏休みに入り、幸耶は教習所に行く日が増えた。もう高速教習も終えたので、あと数回実技教習を受ければ卒検だ。 早いなぁ。俺が通ってた時、こんなにあっという間だったっけ。 三カ月不登校してたからボケてるのかもしれないけど、幸耶の進み具合の速さにビビってしまう。 俺も幸耶も無事に卒業できたら万々歳。だけど……心のどこかで、その時が来るのを恐れている。 「いただきまーす」 「召し上がれ」 幸耶が作った美味いご飯を食べて、二人で勉強して、ゲームして。彼と出会ってから、ある意味毎日が夏休み。 今まで手をつけなかった家計のことや、将来のことを考え始めていた。 「幸耶はさ……マジで将来就きたい仕事ないの?」 「今のところはな。でも、できれば手堅い方にいきたいな。若い時に金貯めて、老後はのんびりしたい」 「もう老後のこと考えてんのか。早いなー」 確かに、二十歳を過ぎたら後は老いてくだけと言う。ても二十代はまだピチピチ世代だと思うし、仕事も大事だけどいっぱい遊ぶべきな気もする。 難しい……とりあえず一年生だからとうかうかしないで、自分が進みたい業界ぐらいは考えとくか。 幸耶が作ってくれたハンバーグは、やっぱり店で食べるのと同じぐらい美味かった。 「風月はどう? なりたいものある?」 「なりたいもの……働かないでいい金持ち」 「アホ。職種を訊いてるんだよ」 食後、テーブルに問題集を広げていたが、集中力が切れてしまった。最近人気のお笑い動画を見ながら、左手を握ったり開いたりする。 「職種……うーん……まぁ計算は嫌いじゃないし、技術系も良いかも。それこそ車関係とか」 今までは絶対ないと思ってたけど、考えが変わってきている。そのことに自分自身も驚いた。 幸耶は目を丸くし、コーヒーを淹れる。 「……そうか。もしかして作る方?」 「まだ全然考えてないよ。……でも、よく考えたら免許持ってなくても作る側に回れるのか」 それもいいな、と言って手を開いた。 「うん。……ところでさっきから何してんだ?」 「しばらく乗ってないからクラッチ忘れないようにしてんの。あ~あ、運転は好きだけど試験が憂鬱」 「あぁ、お前マニュアル選んだのか。そりゃ大変だ」 「え、幸耶ってオートマなの?」 「当たり前だろ。乗りたい車がマニュアルなら仕方ないけど、そうじゃなきゃ売ってんのもオートマばっかなんだし。年取った時なんか絶対オートマしか乗りたくないと感じるぞ」 うは。びっくりするぐらいの模範解答が返ってきた。 「レンタカーでも何でも、もう全然マニュアル車に出会わないよ」 「幸耶、マニュアルにロマン感じないのかよ。あのめんどくささが良いんだろ」 エンストした時は恥ずかしいけど。隣に彼女を乗せてたら、ドン引きされること間違いなしだ。 「風月は案外形から入るっていうか……体裁を気にするよな」 「う、うるさいな! いいだろ別に!」 幸耶が子どもを見るような目で見てきたから、必死に言い返した。 くそ、恥ずかしい。こっちが意地張ってるみたいになって、顔が熱かった。 「ははっ。ま、頑張れよ。さっさと免許とって、大学の方に集中しないと」 「……あぁ」 そう。 だけど、どうしても暗くなってしまう。 せっかく幸耶と一緒にいられるようになったのに。……終わりが来てしまうことを考えたら。 「……」 幸耶は静かにコーヒーを飲んでいたが、急になにか思い出したように指を鳴らした。 「風月、明日の夜って暇?」 「うん? ええと……あ、暇」

ともだちにシェアしよう!