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第32話
りんご飴を齧ると、幸耶はくっくと笑った。
今度はなにかと思っていると、彼は俺のぱんぱんになった頬を指でつついてくる。
「落ち着いて食えよ。たこ焼きが入ってるみたい。……いや、りんご飴か」
「う……だって美味いんだもん」
こんなに美味しかったら、落ち着いてなんかいられない。
喉に詰まらなきゃいい言うと、幸耶はまた楽しそうに笑った。
可愛い……。
はしゃいでる子どもと同じくらい、彼も可愛い。
なんて言ったら絶対怒るから、これは自分の心の中だけに押し留めた。
幸耶といると“最高”が更新される。全部が宝物になるせいで、宝箱に仕舞いきれなくなっている。
ちょっと困ることもあるけど、そしたらまた箱を用意するっきゃない。
そもそも今まで持ってた宝箱が、すごく小さかったのかもしれないし。
「幸耶。暑いな」
「ん? そうだなぁ……」
幸耶は俺にラムネを渡し、悪戯っぽく笑った。
「夏だからしょうがないな」
屋台の前に飾られた提灯が、ビー玉の中で煌めいている。
視線をずらすと、眩し過ぎて直視できない彼の姿。
青春って、夏のことなのか。
汗を拭いながらラムネをあおる。体の中を流れる爽やかな涼と、熱すぎる心がずっと対立していた。
淡くて儚くて、それ故に愛しい。
やぐらから人が下りて、撤収する人達が増えてきた。
どうやら祭りも終わりみたいだ。お土産の袋だけ下げて、川沿いの道を幸耶と歩く。
「祭りって、ほんとすぐ終わっちゃうよな。飲み会だったら夜はこれからなのに」
「飲み会って、お前酒飲んでるのか?」
「いやいや、俺はちゃんと二十歳まで待つつもりだよ。いつもはコーラ!」
幸耶の鋭い眼差しを受け、慌てて片手を振った。俺の周りではこっそり飲んでる奴がいるけど、幸耶は真面目だから絶対飲まなそうだ。
でも、早く飲めるようになりたい。幸耶が泥酔したらどうなるのかすごく気になる。
泣き上戸だったら可愛いだろうなー……。
完全に願望が入っているけど、楽しくて仕方ない。こんなにも未来が待ち遠しいなんて、幸せにも程がある。
幸せ過ぎてバチがあたりそうだ。
川のせせらぎと蛙の泣き声。横を走り抜ける子ども達。
こんなささいな時間が、渇いた心を潤していく。
「あ。なぁ、小さいときって光る玩具好きだったよな」
「あぁ~……確かに。腕につけたくて親にせびった記憶ある」
ぴかぴか光るものをつけてる子どもを見て、二人で笑い合った。
大学生は、世間的にはほとんど大人の括り。でも戻ろうと思えば簡単に小学生の心に戻れる。
十代最後だし、今日ぐらいははしゃいでも許されるかな。
辛いことや難しいことなんて全部忘れて、……ただ無邪気に。
軽い足取りで駅へ向かおうとすると、不意に腕を掴まれた。
「幸耶」
「んっ?」
幸耶が立ち止まった為、足を止める。振り返ると、彼は何故か足元を見ていた。
「どした? クワガタでもいた?」
「違う」
冗談で言ったんだけど、幸耶は殺気立った目で睨んできた。
さっきまで和やかに話してたのに、一体どうしたんだ。
どきどきしながら見返すと、彼は少し気まずそうに頭を搔いた。
「俺の家、すぐそこなんだ」
幸耶は視線を下げたまま、消え入りそうな声で呟く。
「良かったら……少し上がってかないか」
「え」
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