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第33話

突然の誘いに、頭の中が真っ白になった。 今まで全然考えたことなかった……。 幸耶の、家。 「い……いいの? めっちゃ急だけど」 驚いて言うと、彼は静かに頷いた。 暗がりの中でも、彼の頰が赤らんでいることが分かった。手首を掴む手も尋常じゃなく熱い。 彼の熱が俺にも流れ込んできてるのかもしれない。掌を団扇代わりにし、顔に風を送った。 マジか……。 断る理由がなくて困るな。 初めて家に誘われた。それだけで嬉しくて、顔がにやけそうになる。 「ありがと。じ、じゃあ……お願いします」 「ん」 敬礼すると、彼はわずかに微笑み、俺の手を引いた。 「こっち」 「お、おう」 サンダルが脱げそうになって、慌ててつま先を地面に落とす。 夏はまだ終わりそうにないみたい。 大変だ。また気温が一度上昇したっぽい。 幸耶の家は、本当に目と鼻の先だった。駅にも近いから、交通の便は良さそうだ。 「おー、綺麗な家」 「見た目はな」 夜だから全部は見えないけど、築浅の戸建てだ。ガレージがついていて、庭先には綺麗な花が植えられている。 ちゃんと世話してるようで、ホッとした。 「あ。そうだ、陽介さんは?」 「今日は帰ってこない。ここんところ出張が多いんだ」 そうなのか。じゃあ、今夜は幸耶ひとり。 だから一人暮らしみたいな感覚なんだな。家事もこなして、しっかり者で。……だけど、そうならざるを得ない状況にいただけなんだ。 そっと瞼を伏せ、玄関に上がる。レモングラスの香りがとても爽やかだった。 「すごい片付いてて綺麗じゃん。陽介さんも掃除するの?」 「兄貴は全然しない。だから俺も汚さないようにしてんだ。掃除しなくて済むから」 リビングの明かりを点け、幸耶は俺が持ってた袋をテーブルの上に乗せた。 「さてと。俺の部屋二階だから、行くか」 「幸耶の部屋か。ほんとに行っていいの?」 「そりゃお前……家に呼んどいて部屋に入れないわけないだろ」 幸耶は苦笑し、冷蔵庫からペットボトルを二本取り出した。 確かに友達の家に来たら、友達の部屋に行くのは普通か。 だけど、何でだろう。幸耶に限ってはすごくいけないことの気がする。 俺みたいな不純な人間が踏み入っていいのか……? 謎の背徳感を覚えたまま、二人で二階に上がる。夜だし他に誰もいないから当たり前だけど、怖いぐらい静かだった。 「ここ。さ、入って」 「おぉ。お邪魔しまーす」 本日二度目のお辞儀をし、どきどきしながら入室する。 幸耶の部屋は六畳ほどの洋室で、とても整頓されていた。几帳面な彼の性格を如実に表しているようで、何だか笑ってしまう。 「わ、魚いるー」 「うん。二年前は犬もいたんだけど、病気でな」 「そうか……」 机に置かれた水槽に目を向けながら、幸耶の話に頷く。 水槽の中で泳いでいるのは小さなグッピー達で、とても可愛らしかった。 「風月は何か飼ってた?」 「あぁ。俺はうさぎ飼ってたことあるよ。散歩させる人もいるけど、俺は犬やカラスが怖いから外には連れ出せなかった……」 「うさぎか。何かお前っぽいな。っていうか、お前がうさぎっぽい」 「どゆこと?」 意味が分からず、露骨に聞き返す。だけど幸耶は笑うだけで、荷物を片しながらテレビを点けた。 そういえばよく笑うようになったな、と密かに懐かしくなった。初めの頃はずうっとポーカーフェイスで、ほんのわずかに微笑むだけ。 でも今は、声を出して笑う。それはとても大きな変化だと思った。 やっぱり、彼はいつも笑ってた方がいい。そうすれば周りも嬉しくなるし、通じ合える。 心の中が温かくなるのを感じていると、幸耶は手招きした。 「ほら、座れよ。せっかくだし二次会しよう」 「二次会?」 「まだ腹に入るだろ? たこ焼きとかたくさん買ったんだし、食べようぜ」 「おぉ! 食べる!」 自分でも笑ってしまうけど、胃袋は常に成長期の男子だ。もうお祭りの開催場所で食べた分は消化され、新たなスペースができている。差し出された座布団の上に座り、二人でご飯を食べた。 「まさか幸耶の家に来るとはな~」 「いつも俺がお前の家にお邪魔してるもんな。悪いな」 「何も悪くないよ! 飯作ってもらってるし!!」 デザートのチョコバナナを頬張り、申し訳なさそうに零す幸耶を見返す。 「出張料理人の役割だけで良い?」 「充分過ぎますよ」 もう一本のチョコバナナをパックから取り出し、彼の口元に差し出す。 「でもさ。飯も嬉しいけど……幸耶に会えて本当に良かった」

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