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第34話
何度思ったか分からない。
特別なことなんてなくても、幸耶がいるだけで心が満たされる。世界が鮮やかになる。
明日も頑張ろう。────って気になる。
毎日が幸せだ。
幸耶がいなかったら、俺は本当に独りだった。
「ほんとに、ありがとう」
「……風月?」
最大限笑ったつもりだったんだけど。チョコバナナを受け取った幸耶は、激しく狼狽えた表情で俺を見た。
その理由は、彼が放ったひと言ですぐに理解した。
「何で、泣いてんの」
……あ。
頬に伝う、一筋の雫。潤んだ視界。
幸耶の優しい指先が、俺の心に触れる。
自分でもびっくりして、乱暴に目元を擦った。
このタイミングで泣くって、意味がわからない。せっかくお互い楽しい気持ちで過ごしていたのに。
「ごめんっ! 目にゴミが入ったのかも」
まさかここで、こんな手垢のついた台詞を言うことになるとは……内心可笑しくて仕方なかったけど、幸耶はどこまでも冷静に、俺の手を掴んだ。
「腫れるから。強く擦んなって」
「すまん……」
「大丈夫だよ。……いつも言ってるだろ?」
背中に手が回り、引き寄せられる。
気付けば、幸耶に抱き締められていた。
「ゆ、幸耶」
「へーきへーき。何も心配いらないよ」
とんとんと背中を叩き、子守唄のように囁く。
どんなものも受け止める、と言うかのように……幸耶は俺を自分の膝に乗せ、優しく頬を撫でた。
「俺がいる。絶対お前をひとりになんてしないから」
「……!」
正直、驚いて言葉を失った。
( 何で…… )
おかしい。あり得ない。
そう思うほど目頭と胸が熱くなり、涙があふれる。
─────何で彼は、こんなにも俺の気持ちを汲み取ってくれるんだろう。
“ひとりが怖い”。
俺の闇を広げていたのは、ただこれだけだ。誰かに伝えたいけど、誰にも助けを求められない。
光の届かない深海で、酸素を求めてもがいている。そんな毎日だった。
でも幸耶は、何も言わずに隣にいてくれる。
「……っ」
やっぱりおかしい。
何でこんなに優しい奴が、俺の傍にいるんだ。
訊きたいけど、そんなこと訊かれても絶対困らせるだけ。だから口端を引き結び、彼の肩に顔を乗せた。
……好きだ。
こんなにも好きと思える存在、この先一生会えないだろう。
好き過ぎておかしくなる……。
「幸耶……マジで、俺お前に会ってからどんどん弱くなってる」
「そ。良いじゃん」
何が良いんだと思ってると、彼は力強い声で告げた。
「弱音を吐き出せる環境になったってことだろ? もういいんだよ。今まで辛い場所で頑張ってたんだから」
「そ、そんなことは……」
「それに、お前が俺に寄りかかるようになって安心した。頼られるのも嬉しいもん」
頬をふにふにと指でつままれ、変な声がもれる。
幸耶は強過ぎるな。
「……お前、何でそんな包容力あるんだよ。自分だって大変だったのに……」
純粋に疑問だった。俺が彼なら、恐らくまだ沈んでいる。明るい場所が目の前にあったとしても、近付こうとしないかもしれない。
それなのに……。
「何でだろうな。分かんないけど……でも、俺にとってはお前が太陽だったから」
「たっ。ちょ、恥ずかしいんだけど」
「あぁ。俺も言ってから恥ずかしくなった」
幸耶は真顔だったが、照れてるらしく頬を掻いている。
「俺もずっと暗いところにいたよ。お前に会う日まで」
俺と全く同じことを思っていたんだろうか。
彼は懐かしそうに呟き、俺の手を取った。
「気が滅入っておかしくなりそうな時にお前が助けてくれたんだろ。忘れちゃった?」
少し冷たい掌。気持ちよくて、思わず瞼を伏せた。
幸耶の掠れた声も、怖いぐらい心に染み渡っていく。
「お前が声を掛けてくれたから、また立ち上がることができた。っていうか、生きなきゃ、って思ったんだよ。人の家の前で死ぬのは迷惑だろうから、動こうとしてたけど」
生きなきゃ。それも、まるごと俺に当てはまる言葉だ。
驚いて見返すと、幸耶は可笑しそうに首を傾げた。
「面白いよな。興味ある奴を見つけただけで、生きる気力取り戻すの。自分でもチョロいなー、って笑っちまった」
「……俺なんかと会ったことが、そんなに良いことだったの」
「なんか、とか言うなよ。前から思ってたけど、お前は自分を卑下し過ぎ」
幸耶は眉を下げ、困ったように笑った。床に膝をつき、視線を俺に合わせる。
「俺も、お前に会えて本当に良かったって思ってるんだ。母さんがいなくなってからどん底にいたけど、今は明日が来るのが怖くない。……むしろ早く来て、さっさとお前に会いたくて仕方ない」
「……っ!」
どうしよう。
何かそれ、かなりの告白な気がするけど。
……嬉しい。
こんなこと初めてだ。嬉し過ぎて胸が痛いなんて。
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